第3話 地上へ光を求めて

「こりゃ圧巻だな」


冷や汗を垂らしながらイッシは目の前で一斉に頭(こうべ)を垂れる少女たちを見つめいた。そして、


『どうぞご命令を。マスター』


と、まるでで示し合わせたかのように同時に話すものだから、ますますたじたじとなる。


だが、そんな間にも洞窟は揺れ続けている。


崩落までそう時間がないように彼には思われた。


「驚いてる場合じゃないな。何だかよく分からないが、とにかくここから逃げないと。あっ、そういえばさっき勇者、と言ってたっけ。勇者と言えば、正義の味方だろう。その人に助けを求めたらいいんじゃないか」


その質問に、No.0001と名乗った薄い青色の髪をした少女は、金色の瞳を彼に向けるとすんなりと頷いた。


「そうですね。マスターにされましてはその方が宜しいかと思います。その方が、私たちの処分にお困りになることもないでしょう」


「処分?」


何やら物騒な単語に鸚鵡返(おうむがえ)しに聞き直すと少女は、はい、と言う。


「このイブール王国、いえ、ミトルシア大陸のどの国におきましても、我々ホムンクルスの存在は忌まわしき者とされております。はるか昔に失われた、邪神崇拝による魔術によって生み出される私たちに与えられる扱いは、良くて奴隷と言ったところです。ですが、おそらく破棄される可能性が高いでしょう。勇者様ともなればイブール王国に仕(つか)える正義の御使者様。私たちを生かしておくことはないものかと」


ええー、と彼はその理不尽な状況に声を上げる。


しかし彼女は「ですが」と言葉を続けた。


「マスターは異世界召喚の失敗による被害者でございます。王国では数年に1度、様々な原因によって現れる召喚者を厚遇をもって保護しているそうですのでご安心ください。それに私たちのような人形の処理にお手を煩わす労からも解放されます」


少女はイッシが勇者のもとに行くことが正しいと本気で言っているようだ。


だが、彼は迷うことなく首を横に振った。


「そんなの全然駄目だ。お話にならないよ」


彼がそう言うと、少女は本当に意味が分からないという風に首を傾げた。


「どうしてでございましょうか。少なくともマスターのお命を確実に助けるためには、それが一番良い方法に違いありませんのに。それに、今後の生活のことを考えましても、おそらく王国の庇護のもと、過ごされる方が何かと都合が良いと思うのですが」


イッシは腕を組みながら大きく溜め息をついた。


「僕のことはいいけれど、君たちが殺されるか奴隷にされちゃうじゃないか。そんなことになるくらいなら、なんとか君たちが暮らしていけるようになるまで、僕が最後まで面倒を見るよ。それに、さっきも言ったけど、君たちにだって人権があるんだ。僕は別に正義の信奉者、ってわけじゃ全然ないんだけど、少なくとも、どこから見ても人間である、君たちみたいなかわいい女の子たちが、むざむざと殺されるなんて男として放っておけないよ」


そう彼が言うと、少女は大きく目を見開き、驚いた様子をした後、たちまち顔を隠して俯(うつむ)いてしまった。


しまった、あまりにも格好つけた言葉を口にし過ぎただろうか。


何せ相手があまりにもかわいい少女なので、男として口が滑ってしまうのだ。


「ええっと、そんなわけだから、君たちの面倒を僕が見る。これはマスターとしての指示・・・、いやお願いだよ。だから、勇者に保護してもらう話はなしだ。なんとか別の道からここを脱出しよう」


その言葉に少女、いや少女たちは一斉に頷いた。


『マスターのお言葉を全て受領いたしました。私たちは以後、全力でマスターにお仕えするものたちです。外に出る隠し通路が奥にございます。急ぎ外にでましょう』


そう言って彼女たち全員が動き始めた。


1000人のホムンクルスの少女たち、青い髪、赤い髪、緑の髪、長い髪、短めの髪、体格もそれぞれ微妙に異なるようだ。だが、全員が金色の瞳をしていて、松明だけが照らすほの暗い大空間にその美しい瞳が2000個も瞬くのは、あまりに非現実的な光景なのだった。


「それではお手を失礼いたします。私についてきてください」


そう言って最初の少女がイッシの手をつかむ。


洞窟はもう限界のようだ。彼は逆らわずに少女についてゆく。


しかし、なぜか後ろから、「ずるい」「狡猾」「うらやましいっす」などといった声が聞こえたような気がした。


思わずイッシは後ろを振り返るが、やはり美しい少女たちがニコリとこちらに天使のような微笑みを浮かべるだけである。


気のせいか、そう思い直して前を向く。


そして目の前の少女に声を掛けた。


「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな。なんていう名前なんだい」


だが、少女は困ったような顔をして、


「名前、でございますか。申し訳ありませんが、ホムンクルスであるわたしたちに名前はありません。先ほど申しましたとおり、管理番号No.0001とお呼びください」


彼女の答えにイッシは面食らいながら、ううん、と頭を悩ます。


そして、しばらく考え後にこういった。


「よし、じゃあ僕が君たちの名前をつけよう。1000人いっぺんに付けることはできないから、まずは君からだな。そうだな、最近ならった言葉で、最初に出逢った、っていう意味も込めてプルミエなんてどうだろう」


彼の言葉に少女は一瞬、固まったようになるが、その後、今まで見せたことのない微笑みを浮かべる。


「ホムンクルスのわたしにお名前を頂けるなんて、信じられません。本当にありがとうございます。ずっとずっと、大切にいたしますね」


すると、なぜか先ほどよりも強烈な気配が、彼の背中に突き刺さっているような気がした。


イッシはプルミエの美しい笑顔に見惚れながらも、何となく冷や汗をかきながら暗い洞窟の中をひた走るのであった。

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