第2話 最初の少女
「は? どこだここは?」
古寺一糸(フルテライッシ)は思わずそう呟くと周囲を見渡した。
そして、辺りを見回した結果、絶叫した。
「なんだこの状況はッ。なんだか周りに試験管ベイビーみたいに人が浮いてるし、洞窟みたいな場所だし、しかも暗い。なんだよ松明かよ、ってうわっ、暗くて見えなかったけど足元のこれ、魔法陣か」
一体、どうなってんだよ、とぼやきながら頭を抱える。
しかも周囲はズドンズドンと揺れているのだ。
だが、気を取り直すのが早いのがイッシの数少ない取り柄である。
彼は頭を2、3回振ると、もう一度周囲に目を配る。
そうして一番魔法陣の近くにあった試験管に近づくと中を覗き込んだ。
試験管の中は水のようなもので満たされており、小柄な少女が膝をかかえた状態で浮いていた。
薄い青色の髪に金色の瞳。
整いすぎた容姿と雪よりも白い肌は天使を体現しているかのようだ。
もちろん裸であり、男は最初、慌てて目を逸らした。
だが、彼女は目こそ開いているものの、何も見ていないかのような虚ろな瞳をしておりまるでロボットのような印象なのである。
羞恥心とは無縁の存在のように思え、逸らしていた視線を再び彼女に向けた。
「なんだか怖いなあ。人形みたいで。それに状況がさっぱり分からん。これ、意識とかないのかな。もしもーし」
そう言ってノックするように試験管の容器をたたいてみる。
これは実は反応を期待していた訳では無く、どうしようもない状況にやけっぱちになっただけの、ちょっとした気持ちでの行為であった。
だが、次の瞬間、今まで人形のように焦点の合わない瞳をしていた少女が、目をしっかりと見開き、イッシの方を凝視するかのように顔をぐるりと向けたのである。
彼はまるでお化けにでもあったように、わあッ、と驚きの声を上げた。
だが、予想外の出来事はそれで終わりではなかった。
彼女が振り向いたのに合わせるかのように、試験管の容器が鳴動を始めたのだ。
そして、容器の外側が上部にずらされる形で中の水が外部へと排出される。
男はその水をまともに受け、びしょびしょになりながら思わず目をつぶった。
そうして、再び試験管へと視線を戻した時、そこから降りたとうとする少女と目があったのである。
少女は彼の前まで歩み出ると、何を思ったのか頭を垂れて、
「マスター、おはようございます。素体No.0001番。ここに無事、稼働いたしました。何なりとお申し付け下さいませ」
と言ったのである。
・・・
・・
・
「えーっと、これは一体どういうことだ?」
イッシは急激な状況の変化に頭が付いて行かれず、若干混乱を来しながら呟いた。
すると、目の前の少女が、自分への質問だと思ったのか、彼に返事をする。
「わたしどもの製作者、魔法使いセイラム様が邪神アデキを復活させようと召喚魔法を発動させようとされていたようです。ですが、どうやら勇者たちの襲撃によって、洞窟に落石が発生し、その下敷きになったようですね」
イッシはその魔法やら邪神、勇者といった言葉になんだか大変な状況が起こっているようだぞ、とは思いつつも、目の前の少女がずっと裸なものだからいまいち頭に入ってこない。
「すまない、こんなことを言っている場合ではないんだろうが、君の服はないのか。何か着てくれると助かるんだが」
そう彼が言うと、少女は恐縮したように再び頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。マスターの前でとんだ粗相を致しました。服は容器に付帯している道具入れにございます。すぐに取ってまいります」
彼女は急いで試験管の裏に回ると、置かれていた木箱を開けて、中から粗末な服を取り出すと、すぐに身につけた。
「お見苦しいものをお見せしました。申し訳ございません」
いや、まったくそんなことはないんだが。すごいプロポーションだったし・・・。
などと彼は口の中でもごもごとつぶやくが、いや、それよりも、と気を取り直して話し掛けた。
「僕の名前は古寺一糸(フルテライッシ)。高校生だ。さっきまで学校の試験を受けていたはずなんだが、ここは一体どこなんだろう。せっかく一夜漬けしたっていうのに・・・」
もうテスト時間は終わっちゃってるだろうなあ、とぼやく彼に、少女は首を傾げて、困ったような表情をする。
「申し訳ございません。あの、コウコウセイ、ですか。それはどういった御身分でしょうか。学校や試験、とおっしゃっていますから、きっと学士様でいらっしゃるのですね」
その質問に、イッシは何となく状況が分かってきた。
いや、訳は相変わらず分からないが、ともかく受け入れなくてはならない状況だということが、理解され始めたのだ。
その時、今までとは比べ物にならないほどの大きな揺れが洞窟全体を襲った。
先ほど落石し、魔法使いを押し潰した天井の近くが再び崩れ、もともと少女のいた試験管を押し潰す。
「まずい、洞窟全体が崩れるぞ。早く君以外の子たちも起こしてあげないと、落石に巻き込まれてしまう。一緒に逃げよう。付いてきてくれ、って、ああッ、逃げるって言ってもどこに行けばいいんだ」
あたふたとしながら悲鳴を上げるが、少女の方はどこか落ち着いているようで、
「承知しました。逃げ道はわたしが存じております。外に出る隠し通路があるのです。それにしてもほかの娘たちも連れて逃げてくれるというのですか。マスターにとってはわたしたちホムンクルスなぞを助けても何ら利益もありませんのに。むしろ奴隷としての扱いしかされない、価値のないわたしたちです。そんな存在である私たちをどうして助けてくれるのでしょうか」
本当に不思議そうな顔をして彼女は言うが、イッシはその言葉の意味のほとんどが理解できないので、
「ホムンクルスってあのホムンクルスかい。ああ、でもそんなことはどうでもいいよ。人間にはみな人権ってものがあるんだから。別に試験管ベイビーだからってそのことに変わりない。そんなことは議論の余地もないところだ。それにしても奴隷、ってのはあんまりだな。それは社会のほうが間違っているよ」
とそこまで言ってから、話がずれているのに気が付いたのか、
「いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。他の子たちはどうやって呼び起こせばいい。さっきと一緒で一人ずつ容器をノックして呼びかければいいのか」
いえ、と少女は首を横に振った。
「先ほど私にして頂いたように、大声で皆に呼びかけてください。そうすれば残りの999人も一斉に眠りから目覚め、マスターのご指示に従うでしょう」
イッシはその答えを聞いてすぐさま、大きく息を吸ったのである。
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