第111話 捨てるものと拾ったもの
「私はどうすればいいんだ」
ジン・ハルバードは戦場に来ていた。
聖騎士長以上の緊急招集、その命を受けて日本へ。
「お前を殺す作戦に、私は」
それでもジンは悩んでいた。
あの日父から言われたことを、いまだに悩み、自分の正義と戦っていた。
そして剣也とアースガルズの最後の戦闘が始まった。
「お前はやっぱりすごいよ」
目の前で神のごとき力で、すべてを切り伏せる剣也を見た。
覚悟をもって、意思をもって、絶対に譲れない正義をもって。
自分では到底持ちえないほどの揺るぎない鋼の意思と世界一の技術をもって。
アースガルズにたった一人立ち向かう。
自分にはできないようなことを、剣也はいつもやってきた。
ジンは憧れていた。
そのかっこいい生き様に、自分の信じる道を突き進める生き様に。
「私もお前のように……!?…ロード様、その命令は……」
ジンはロードの命令を聞いていた。
剣也を焼き払うゼウスからの砲撃の作戦を。
その命令は、ロードのチェックメイトなのだろう。
剣也をもってしてもあの砲撃を防御することなど不可能。
「わ、私は……私は!!」
そしてその赤い光が放たれた。
理由は分からない。
でも考えるよりも先に体が動いた。
正義だなんだとずっと考えてもわからなかった。
でも体は勝手に動いてくれた。
最愛の友を、憧れの人を、救うために。
身体は勝手に動いてくれた、技術は身体にしみついて、頭とは別に動き出す。
ジンは到達した、反射の領域、覚醒の騎士。
それは覚悟の現れだった、心よりも身体が先に動き、そして心の奥底が現れる。
『答えが出た時、きっとお前はもう一度剣を握れる。そしてもっと強くなれる』
「ソード!!!!」
ジンは剣也を突き飛ばした。
全速力で加速して、剣也を光の矢から外へと逃がす、その動きは世界の頂点に名を連ねる騎士。
今だ到達できたものは数える程度、その領域にジンは到達し、覚醒した。
剣也を助け、その光に包まれたとき、ジンはやっとわかった。
自分が何を望んでいて、どんな正義をもっているのか。
(あぁ、そうか。これが私の本心なの……か……やっぱり私は……ソードを……)
そして、戦場を赤き光が焼き尽くす。
その赤と黒のKOGもろとも。
「え?」
諦めて目をつぶってしまった剣也は飛ばされていた。
全力で飛ばされ、ギリギリでゼウスの砲撃をかすめるだけにとどまった。
「な、なにが」
突如強い力で押されたような感覚を覚えた剣也。
目の前を赤い光が貫通し、すべてを消滅させた。
そして自分の腕についているのは、KOGの腕。
本体は消滅してしまったのだろう。
だがその腕だけのKOGを見たことがある。
赤と黒の禍々しいまでのKOG、グングニルを模したスレイプニル。
そして、この戦場にいることは認識していた。
でも一切手を出してこなかった。
ずっと迷っているような、そんな動きをしていた一体のKOGを剣也は認識していた。
「ジン…さん?」
剣也は理解した。
ジンさんだ。
ジンさんが、ぎりぎりで剣也を外へと押し出したんだと。
周りを囲まれていた剣也を無理やり全力のスピードで突っ込んで吹き飛ばしたんだ。
「どうして……どうして!!」
分からない。
敵であったはずのジンがなぜ剣也を助けたのか。
今となっては話を聞くことはできない。
でも、一つだけ確かなことがある。
助けられた、そして守られた。
「また……俺は守って……ジンさん」
その腕を大切に地面に置き、剣也は剣を構えて再度飛ぶ。
その目には涙を浮かべる。
「やっぱり俺は一人じゃだめだよ、ロード。また守られた。だから」
真っすぐゼウスへと飛び立った。
すでに聖騎士達も赤き光に焼かれ、陣形は崩壊している。
「……守ってもらった命。使わせてもらいます」
剣の領域を展開し、残り全ての聖騎士達を切り伏せる。
そしてついに。
~
「なぜ、避けられた。今の機体はジンか。ジンが剣也を吹き飛ばしたのか?」
ロードは理解できなかった。
オシリスはまだ理解できた、彼は教育など受けていない古い軍人だから。
しかしジンは違う。
ジンは正しく教育を受け、アースガルズこそが世界の支配者であることを教え込まれた世代。
なのに、そのジンが裏切り、剣也を助けた。
「なぜ……─!?」
ロードが一瞬放心していると、突如爆発が起きる。
ゼウスが揺れ、爆音と共に風が吹く。
天井に空いた巨大な穴から空が見えた。
そして、目の前には。
「ロード、終わりだ。降伏しろ」
白き騎士が立っていたから。
「そうか……私の負けか」
ゆっくりと飛行能力を失って地上へと降りていくゼウス。
剣也が壊したことによって、航空能力を失った。
ロードはその目の前の騎士を見つめる。
「……敗因は、結局。人か」
ロードは少し苦い笑いをしながら、すべてを諦めるように目を閉じる。
剣也にはいつだってピンチを助けてくれる人がいた。
レイナ、かぐやはもちろん。
オシリスだってそうだ、オーディンの弔い合戦と言いながらも結局は剣也を助けるためだったのだろう。
そして、今ジンは長年仕えた帝国の皇帝よりも、洗脳にも近い教育を超えて、剣也を選んだ。
自ら考え、己だけの正義を見つけ、そして敵であったはずの剣也を助けた。
彼の正義を否定はできないが、なぜ自分は選ばれなかったのか、考えたらすぐに答えは出た。
「捨ててきたものと、拾ってきたもの。その差か」
ロードはたくさん捨ててきた。
母の命も、兄も、ジークも、そして自らに忠誠を誓ってくれた友人すらも。
ありとあらゆるものを犠牲にして、目的のために進んできた。
そんな自分を助けてくれる人なんていない。
ピンチのとき、捨ててきた自分を助けてくれる人なんていない。
でもそれが覚悟だと思った。
しかし剣也は違う。
出会うたびに何かを拾ってきた。
誰も見捨てなかった、名前も知らないただのレジスタンスすらも見捨てずにアースガルズと敵対までした。
自分が見て見ぬふりをしてきたすべてのものを、剣也は拾ってきた。
それは覚悟ではないと思った。
でも違った。
「だから……私では世界は変えられなかったんだろうな。きっとどこかで失敗していた。私が間違っていたんだな」
落下するゼウスの中でロードは全てを諦めた。
いや、敗北を察した。
戦術的な敗北ではなく、心の奥から敗北した。
もはや、生きることすらも諦めて。
彼の通ってきた道は、苦しんで、涙を流して捨ててきたもの達は、本当に大切な物だったんだと今気づいたから。
もはや失ったものは戻らない、もう正解の道へは戻れない。
でも、気分は悪くはなかった。
あとはすべて、あの正しい道を進んできたものに委ねよう。
策を弄し、覚悟を決めて、なのにその上をいかれた最強の騎士に。
剣也に世界を任せよう。
だから。
「降伏だ。全アースガルズ軍、降伏せよ。もはや勝者は決まった。これ以上の交戦は認めない」
せめて最後に、自らの命をもってこの無謀な悪夢に付き合ってくれたもの達を助けよう。
それが、自分の最後の使命だと思ったから。
墜落して煙を上げるゼウス、そして武器を捨てるアースガルズ軍。
「はぁはぁ、勝ったの?」
「さすがです、剣也君」
「……そのようだな、お前達の勝ちだ」
「帝国は、いや、ロード様が負けたのですね」
かぐやとレイナの戦いも終わった。
二人の騎士も武器を落とし、命令に従い降伏した。
そして、その日第二次世界大戦は終結した。
…
「よくやった! よくやったぞ、剣也君!」
世界連合の代表の玄武が剣也に思いっきりハグをする。
カミールや、白蓮、トールも合わせて剣也に惜しみない祝福をする。
「聖騎士長含めたあの神のごとき軍団を! 君の名は未来永劫残ることになるだろう! 世界を救った英雄として!」
「……みんなのおかげです、そ、それでロードは! アースガルズはどうなるんですか!」
あの日ロードの命令によって第二次世界大戦は終結した。
そして捕獲されたロードは一切の抵抗なく、玄武達の要求を聞き入れた。
植民地の解放はもちろん。
賠償金や、奪ってきた領土の返還も含めて受け入れると言った。
「剣也君、私から説明しよう。では玄武さん彼は疲れているので一旦ここで」
「あ、あぁ! 良く休みなさい。ありがとう、剣也君」
そして一心が剣也の肩を叩きながら別室へと連れていく。
「座りなさい、まったく。勝った方がする顔ではないな」
一心に促され力なく席に座る剣也。
「すみません」
あの日剣也はロードが捕縛されるのを見ていることしかできなかった。
ロードは一切抵抗を見せず、諦めるように静かに目を閉じていた。
何とか話をしようと近づいたとき、ロードは言った。
『お前ほど簡単に騙された奴はいなかった、もう少し騙しておくべきだったな』
その発言を境にロードは一切剣也に目を合わせなかった。
何を言っても無視された。
「わかっています。あれは俺のためだってことは」
ロードと繋がりがあると、今後の剣也の生活に影響が出ると思ったロードの優しい言葉だと剣也は気づいている。
だからこそ、冷たい言葉で突き放したんだと。
「俺はどうしたら……」
「剣也君。この状態で言うべきかと思ったがやはり君は知るべきだと思うのでいう。ロードの処刑が決まった」
「え?」
剣也は立ち上がる。
勢いよく椅子が倒れ、心臓が信じられないほど鼓動する。
一番してしまった想像で、一番聞きたくない言葉だった。
「ど、どうして! あいつは要求を呑むといってるんでしょ! なぜ殺す必要が!!」
「……ロード自身の願いだよ。戦争を仕掛けたのはアースガルズだから、植民地の解放、賠償金等すべて要求は受ける。だが、それだけで死んでいったもの達に許されるわけにはいかない。だから自分が全て悪いことにして、できるだけ惨めに殺してくれと」
ロードは世界連合に頼んだ。
自らの命をもって、この戦争で大切な物を失った人々の憎しみの連鎖を止めてくれと。
「それを玄武さんは承諾した。方法は首吊り、日程は一週間後。場所は中武の総司令本部前。つまりここだ」
「うそだ……いやだ、一心さん。いやです!」
「すまないが、これは決定事項だ。私では止められん。それにロード本人が望んでいる、我々がしなくても自ら自害するといってな。だからもう」
一心は剣也の肩を叩く。
その涙で溢れた真っ赤な目を見つめながら。
「止められない。受け入れろ、剣也君。世界を前に進めるために。彼の死が世界をまとめるんだ。彼の覚悟を見届けろ」
「そんな……いやです、いやだ。あ……あぁぁ!!!!」
剣也は耐えきれないと大きな声で泣き叫ぶ。
一心は、そのまま部屋を出る。
今は一人にするべきだと思ったから。
…
一人の囚人が牢屋の中で座っていた。
いつも豪華な服を着ていたその少年は今は囚人服を着ている。
世界の敵となり、すべてを滅ぼそうとした少年は敗北した。
かつての友に、二度もすべてを叩き切られ。
「結局一勝もできなかったな。剣也が変える世界はどんなのだろうか」
少年は少しだけ笑った。
帝国剣武祭でオシリスと戦ったとき、二人といちゃいちゃできる世界に変えると叫んだのを思い出して。
あの日の試合の音声は実はこっそり聞いていた。
オシリスがするわけはないが、何か裏工作でもされないかと一応聞いていたら。
笑ってしまうほどまっすぐな願いを聞いた。
「本当に馬鹿正直でまっすぐな奴だったな。きっと突き進むんだろう、そんな世界に真っすぐ……」
(誰も助けてくれない私とは違って……あいつは多くの人に支えられて……きっと)
ロードはずっと考えていた。
何度考えても同じ答えに行きついた。
自分を切り伏せたあの少年こそが世界を変える存在で、自分はもう世界にとって不要なのだと。
だからもうここで死にたい、死ぬべきなんだ。
せめてこの命をもってアースガルズへの恨みの一端を担いたい。
剣也に敗北したロードは全てを諦めている。
コツンコツン
廊下から迎えの看守が歩いてくる。
「これで終わりか……結局私は……なにがしたかったんだろうな」
そしてロードは、手錠をされながら歩いていく。
自分の最後の場所へと。
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