第107話 別れた道

 巨大な浮遊航空艦から降りてくる一人の男。

ロード・アースガルズが東京湾に降り立った。


 背後には、ロードの戦力であろうKOGが輸送船に乗っている。


 輸送船の数は10、サイズから10機ほどのKOGを乗せているのだろうことはわかる。

つまり約束通り100機のKOGを用意していることがわかる。


「ロード……本当に来たのか」


 そして東京湾で待つ白い機体。

剣也が乗る建御雷神含め多くの世界連合のKOGが待機していた。


 日本軍もKOG100機を残し、すべて日本から離れている。

そして事前の取り決め通り、養成学校の中にはKOGを入れることを禁止されている。

また武器の類もすべて検閲することとなっていた。


「ここでいい。あとは一人で行く。先に養成学校へ行け」


「そ、そんな! ロード様。さすがにそれは危険です! ここは世界連合の勢力範囲ですよ!?」


 するとロードが護衛すべて置き去りにする命令をだし、たった一人歩いてくる。


 まっすぐと、その先には。


「つれていってくれるか、剣也」


 剣也が乗る建御雷神の前に。


 剣也はしゃがみ込み、その手を差し出す。

優しくロードを抱えて、養成学校へと歩き出した。


 その光景を見る世界。

その行動を理解できるものなど、いなかった。


 二人の少女を除いて。


「ある意味、世界一安全なところですね」

「……気に入らない。剣也の優しさに付け込んで」


 ロードはわかっていた。

剣也が交渉するといっている自分を絶対に傷つけないことを。

もし誰かに襲われても絶対に剣也なら守ってくれることを。


 たとえ世界連合の100機が相手でも剣也なら叩き切ってくれることを。


「なぁ、ロード……」


「剣也、先に行きたいところがあるんだ。少し付き合え」


「……わかった」


 剣也は、ロードの言う通りにする。

そして向かった先は養成学校の敷地内であって、今回の交渉場所である施設とはまた別の施設。


「ここにはシミュレーション室しかないぞ」


「あぁ、降りようか。お前も降りろ」


 剣也とロードはKOGから降りる。

そして顔を合わせた。


「とても久しぶりな感じがするな、まだ一月と立っていないというのに」


「なぁ、ロードなぜお前はこんなことをするんだ、世界の統一なんて」


「………少し歩こう」


 そしてロードと剣也は真っすぐシミュレーション室へと向かった。


「昔私の母は病気で死んだといったな」


「あぁ、俺がアースガルズ軍を叩き切ってレジスタンスを助けた日だよな」


 ロードがかつて剣也に話した偽りの過去。


「あぁ、だがあれは事実ではない。母は……私が殺したようなものだ、正確に言えば自害だが」


「え?」


「母はアースガルズの人質になってな。私が100の戦場で勝利すれば解放するとその時の皇帝オルゴール。アースガルズと約束した。だから私は母のために、故郷であるEUを滅ぼした。幼かった私はそれが母が喜ぶことだと本気で思っていたんだ。母を助けるために多くの人間を殺すことが。そしてその事実を知った私の母スカーレットは、私を殺そうとしたよ。そしてそれが失敗に終わった後自害した。それが真実だ」


 簡潔に淡々と話すロード。

しかしだからこそ、事実だということがひしひしと剣也に伝わった。

必死に考えて絞り出した剣也の言葉は。


「……ロードは悪くないよ」


 こんなことしか言えなかった。


「……客観的に見れば、致し方なかったのかもしれない。それでも私は私が許せない。だからその時心に誓ったんだ。いつか戦争のない世界を作ろうと」


「それが世界統一だっていうのか、そのために何人殺すつもりだ!」


「……誰かがやらないといけないんだ、剣也。お前の国だってそうだろう。長い長い戦乱の時代を超えて、日本という一つの国家になった。そして世界を見渡せばすべての国がそうだ。今安定しているのは、長き戦乱の世を超えて、数えきれない血を流した結果だ。その平和を嘘とは言わせない、それは大義のために、太平の世のために死んでいったもの達を冒涜することだ」


 その力強い言葉に剣也は言葉を失った。

剣也にはその覚悟を覆せるような考えも、言葉も持っていなかった。


「理解しろとは言わない。だが剣也、抗え」


「え?」


 しかしその言葉の先をロードは言わなかった。

そして目的の部屋への扉を開けた。


「よし。やろうか、剣也」


「?…まさか」


 そして二人が歩いた先は案の定シミュレーション室。


「俺と戦うつもりか?」


「一度ぐらい手合わせしてくれ」


 そのロードの言葉に剣也は無言でシミュレーションに乗り込んだ。

慣れた手つきでシステムを起動し、ロードも乗り込む。


 目の前には、開始の合図。

二人のKOGが向かい合い、そして。


 3,2,1……Fight!


 開始のカウントが終わり、試合は始まる。

しかし剣也は動かない、それを見たロードが動き出した。


「やはり動かないか。なら、私からいくぞ!」


 ロードは動く、おぼつかないその足で。

そして剣を振り下ろした。

しかし剣也に簡単に弾かれる。


 何度も何度も。


「どうした、剣也! なぜ戦わない! 私を倒してみろ!」


「……」


「そんなことで世界を変えられると思っているのか!!」


「……」


「お前の中の一本の芯はその程度なのか!!」


 ロードがまるで、剣也を鼓舞するように、切りかかる。

しかし、あまりに稚拙で剣也には一切届かない。


 でもその想いだけは、まっすぐと伝わった。


「そうか……」


 剣也はやっとわかった。

なぜロードがこんなことをしているのか。

なぜ相手になるはずもない自分と戦いたいといったのか。


 その理由が分かったとたん涙があふれる。


「ロード……そういうことなんだな」


「はぁはぁ、どうした! 私はお前を倒すつもりだぞ! お前はただ見ているだけなのか! 剣也!! その程度の覚悟でお前は戦ってきたのか!!」


 何度も何度も、精一杯の殺意を込めて。

集中しても感じ取れないような、ひ弱な殺意を放つロード。


「すべてを救うなど甘いことを言うな! 敵は倒せ! 殺す覚悟を持て、でなければ世界は変わらない!!」


 それを剣也は感じ取る、ロードの言いたいことと共に。


 それでもやっぱり涙が止まらなくなる。


「わかったよ……お前の覚悟」


 ロードが剣を振るう。

そして剣也が、その剣を先ほどまでとは違って本気で弾き飛ばした。


 それを見てロードは微笑むように優しく笑う。

まるで待っていたと言わんばかりに。


「それでいい」


 剣也は分かった、わかってしまった。

ロードは自分に覚悟を決めさせようとしているのだと。

所詮はシミュレーター、死ぬことはない。

それでも、ここで剣也に覚悟を決めさせようとしている。


 自分を殺す覚悟を。

剣也がロードを切る覚悟を、ここで決めさせようとしている。


 そして自分はもうその覚悟ができていることを伝えようとしているんだと。

ロードは、剣也を殺す覚悟がもうできているんだと。


 だから。


 剣也がロードを叩き切る。

そして勝者を称えるメッセージが表示された。


 御剣剣也 WIN


 そしてシミュレーターから降りる二人。


 剣也の目には涙があふれて、真っ赤に染まる。

その潤んだ目でロードを見る。


 しかし、ロードはこちらを向いてはくれなかった。

絶対にこちらを向かないという強い意思で、剣也に背を向ける。

もう二度と目を合わせないと固い意思をもって。


 それはまるで自分の顔を見られたくないように。

そしてまるで他人に話すような声でロードは言う。


「……ここまででいい、御剣殿。案内感謝する」


「は˝い˝」


 そしてロードと剣也はそのシミュレーター室で別れを告げた。

ロードは、真っすぐ交渉の場の施設へ、そして剣也は建御雷神へ。


 この日二人が手を取り共に歩き進んだ道は二つに別れた。


 たった一人の足音が廊下にこだまする。

コツンコツンと寂し気な足音が、誰もいない校舎に響く。


「い˝ま˝ま˝で、あ˝り˝がと˝う˝。剣也」


 誰にも聞こえない声で孤独な少年の震える声が静かな廊下に吸い込まれる。

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