第104話 覚悟と覚悟?

 少年は深いため息をついた。


 自分の見立てが甘かったのだろうか。

親の仇、そして家族の仇である少女二人が手を組むなど想像していなかった。


「レイナ君とかぐや君。二人が協力することが、手をつなぐことができるとは……しかしなによりは」


 そして何より想像できていなかったのは、目の前で倒れている騎士だった。

万の軍勢をたった一人受け持って、少年を逃がすように戦った。


 オーディンの騎士である彼は自分の味方にはなってくれないとは思っていた。


 しかしまさか敵になるとも思っていなかった。

きっと彼を動かしたのは。


「オシリス……当てられたのか。彼の熱に」


 かつて剣の頂に立っていた騎士は、敵になった。

いや、正確に言えば味方になったのであろう。

自分が心動かされたように、そのまっすぐで曇りなく理想を追い求めるあの少年の目に。


「剣也……私達は戦う運命なのだな。どうあがいても」


 少年は、飛び立っていく白き騎士の背中を見つめる。


 彼とは戦いたくなかった。

だからだまし討ちのように幽閉した。

世界が変わったら、精一杯謝って許してもらえなくても彼を解放しようと思った。


 もし許されるなら自分の最後は、彼に殺してほしかった。

それで少しでも彼の留飲が下がるなら、世界の恨みを受け持って死のうと。


「覚悟を決めるよ。私も。お前と戦う覚悟を」


 なぜ戦いたくなかったのか。

理由はよくわからない、でも理由をつけるなら多分自分は好きなんだろう。

あの少年が好きで、傷つけたくなくて、嫌われたくなくて。


 自分と似ているところがあり、それでいて皇帝である自分にまるで旧友のように話しかけてくれる。


 あの少年が好きだった。

一緒にいると楽しくて、自分が皇帝であることも忘れて、ただの少年になれた。


 でも自分は皇帝だった。


 世界の支配者だった、もしそんな肩書がなければ、きっと剣也と手を結んで世界を変えられた。


「お前となら……どんな世界だって……」


 しかしそれはIFの話。

だからすぐにその考えをロードは捨て去る。


「剣也、この時代ではもう無理だがでももし。もしも次の時代に生まれて出会えたなら、そこが平和な世界であったなら」


 その目は優しく友人の背を見つめる。

敵を見る目ではなく、それでも倒すことを心に決めた少年は覚悟を決める。


「もう一度お前と……ともに」

 

 親友を殺す覚悟を。



「まずは日本にいきます。そして補給しましょう。まだ何も終わってないですし」


「あぁ」


 元気のない剣也。

レイナもかぐやもなんとなく剣也の声に力がないのがわかった。


「戦えますか。剣也君。ロード様と」


「……」


「剣也、友達なのよね。ロードとあなたは。殺せるの?」


「……」


 剣也は考えがまとまってない。

そもそも世界に宣戦布告したこともさっき知った。

ロードが敵だということも自覚できていなかった。


 それでも世界中に起きている惨劇をかぐや、レイナに聞いてゆっくりと理解していく。


 ロードを殺す。

それが世界を救う方法だとしたら、剣也が求めている世界のためなのだとしたら。

覚悟を決めなければならない。


 ロードは倒さないといけない敵なんだと。


「大丈夫。大丈夫だから」


 それでもはっきりと口に出すのは難しかった。



 剣也達はそのまま何事もなく日本に到着し、補給を済ませる。

そして世界連合と剣也は合流することになった。

時刻は夜、日は落ち始めていた。


「おかえり、剣也君」


「田中さん……無事でよかったです」


「建御雷神も随分と傷ついたね、激しい戦闘だったんだろうな」


「いや、レイナが突「田中さん修理をお願いします。激しい戦闘だったので!」


「あ、あぁ! もちろんだとも!」


 そして田中は建御雷神の整備を始めるために色々触りだす。

すると一心が建御雷神から降りた剣也の肩を叩く。


「剣也君、積もる話もあるが……世界連合に紹介してもいいか。これから一緒に戦う仲間だからな」


「それはいいですが、でもいいんでしょうか。僕はこの日本で世界連合相手に刃を向けた」


「あぁ、聞いている」


 思い出すのは、帝国剣武祭の後。

ジークが死んだあの戦いで、剣也は世界連合に多大な損失を出した。

5万の兵を足止めし、アースガルズを助けることになった。


 それは世界連合からすると敵となる行為だった。


「それを踏まえても、君は受け入れる。いや、受け入れなければいけない。我々はそれほど窮地なのだから」


 世界連合とアースガルズの戦争は今なお世界のすべてで起きている。

そのどれもが敗北と言っていいほどの戦場だった。

ならば剣也を仲間に引き入れられるのなら受け入れると一心は考えていた。


「わかりました。では今からもうしますか?」


「いや、玄武さんに連絡して時間を取ってもらう。少し準備がいるだろう。君もレイナもかぐやも疲れているだろうから少し休みなさい。もう夜だし、飯も食ってないだろう。明日の朝には準備できるはずだ」


「わかりました」


 そしてレイナとかぐやと剣也はその日は解散することになる。


「剣也、何処に泊るの?」


「うーん、考えてなかった」


「じゃあ、私の家にきましょう! ね? 剣也君。そうだ、今日は私がマッサージしてあげます。疲れてますよね!」


 レイナが剣也の腕を持つ。

先ほどからずっと暗い剣也を気遣ってわざとらしく明るく振舞う。


「じゃあそうしようか。ジークさんの家ならだれにも迷惑かけないし、一度行ってるし。じゃあね、かぐや。また明──? どうしたの?」


 そしてレイナと剣也が一旦家に帰ろうとする。

しかしレイナが掴んでいない腕をかぐやが掴む。


「だめ」


「え?」


「今日は、わ、わたしが! 剣也を元気にするんだから! だからい、い、一緒にいるの!」


「かぐや……」


 そのかぐやを見るレイナ。

いつもなら憎まれ口を叩くのだが、その日はそんなことはなかった。

顔を赤くしながらも勇気を出して、剣也の寄り添う少女。


 レイナも今のかぐやと同じ気持ちだった。


 剣也を元気づけてあげたい。


「わかりました。いいですよ、かぐや」


「なによ、今日はすんなり受け入れるのね」


「今日ぐらいはいいです。夜ごはんどうしましょうか、よかったら私が作りますが」


「私も手伝う! だから……剣也。カレーにしよ。好きよね」


 かぐやは思い出す。

初めて剣也の家にいったとき、そこで食べさせてもらったカレーを。

二人の想いでの料理、そして剣也が好きと言ってた。


 少しでも元気を出してほしかったから、かぐやはカレーを提案する。


「うん、そうしよ」


 二人の必死な表情になぜか少し笑みが出る剣也。

その笑顔を見た二人はとてもうれしそうに笑顔を返す。


 奪い返した日本では、日本軍による配給がされていた。

かぐやは軍からいくつか食材をわけてもらい、レイナの家に向かう。

家には買いだめしていたものがいくつかあり、調味料も揃っていたので問題なく料理できた。


 シルフィード邸に到着する三人。


「まだ火が通っててよかったです」


「インフラは傷ついてなかったからそのまま流用してるからね、じゃあそこで座ってて」


 てきぱきと料理を開始するかぐやとレイナ。

手伝おうとしたら、今日はだめと座らされる。


「かぐや、あなたその包丁で誰を刺すつもりですか」

「え?」

「持ち方はこう、切り方はこう」

「わ、わかってるわよ! 切れりゃいいのよ!」


 二人の少女がわいわいしながらカレーを作っているのを後ろで眺める剣也。


「なんか、小学校の遠足を思い出すな」


 少しだけ笑顔になってしまう。

あの日どうなるかと思っていたレイナとかぐや。

いつの間にか二人の溝は塞がってしまっているように見えた。

剣也を救うという共闘が、二人をさらに近づける。


「ジークさん……レイナとかぐやは大丈夫そうです。安心してくださいね」


「なにかいった?」


「いや、なんでもない」


 そしててきぱきとカレーが作られ鍋に食材が放り込まれる。

ご飯を炊いて、後は待つだけ。


「よし、あとは少し煮込めば完成です!」


「なんで、あんたみたいなキャラが料理得意なのよ、おかしいじゃない」


「あなたはそのまんまでしたね」


「こ、これから覚えるわよ!」


 二人が言い合いを始めるのを止めるかのように、軽快な音楽が部屋に響く。


ピピピ♪ ピピピ♪ お風呂が沸きました。


「ん? お風呂沸かしてたの?」


「はい、じゃあ剣也君」


 そしてレイナがエプロンを脱いで、剣也の腕を持つ。


「え? ど、どうしたの?」


「今日は一緒に入りましょう。今度は湯舟まで一緒です」

 

 その提案には、元気がなかった剣也も思わず顔を赤面する。

あの日は、背中を流してもらうだけだった。

しかし今日は湯舟まで一緒にと提案するレイナ、つまり裸になるということ。


「え? ちょ?」


「はぁ? あんた何言ってるのよ!」


「私にできることで剣也君が元気になれるなら何でもします。ねぇ、剣也君。入りましょう!」


(いや、それは生理的には元気になりますが……)


 そのレイナの発言を聞いたかぐや。

最初は止めようとした、でも考え込むように、目を閉じる。


「わかった。私も頑張る」


「え?」


「私も剣也を元気にする。もう私だって後悔しないことを心に決めたんだから。あの日剣也と別れた日に。もう後悔はしないって。だから」


 そしてかぐやが剣也のもう片方の腕をつかみ、レイナと一緒に両手を掴む。

両手に花、そして立ち上がらされる剣也。


 真っ赤な顔でかぐやが剣也を、レイナが剣也を。

胸を腕にこれでもかと押し当てて、力強く引っ張る。


「い、い、いくわよ! あんたも男でしょ! か、か、覚悟決めなさいよ!」

「元気になってくださいね、剣也君」

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