第103話 剣に想いを託して

「ソフィ、どいてくれ」


「……できません。私はあなたをこの隔離塔から出してはいけない、どうしようもないときは手足を切ってでも止めろと言われています」


「ロードにか」


「ロード様にです」


 その一言は剣也の心をえぐった。

ロードが剣也を傷つける命令をだしていたことに。

それでも殺せという言葉を使わなかったのはなぜなのか、剣也はわからなかった。


「そうか……」


 剣也が下を向こうとした。

しかしすぐにとどまる、そんな暇はないと首に力を入れる。


「まだあいつと話してないんだ。ソフィ、そこをどいてくれ」


「……」


「まだ俺はあいつと、ロードと話してない。そしてもしあいつが世界を滅ぼそうとしてるなら……俺が止める。だからどいてくれ、ソフィ!」


「ロード様は止まりません。世界を変えるまで」


「俺が止める。俺がロードをとめる。俺じゃなきゃあいつは止められない。俺には世界平和なんて大義はないけど」


 うつむきかけたその顔を真っすぐ上に向けてソフィを見る。


「あいつが間違ったとき。ぶん殴って止めることぐらいはしてやれる。だって俺はあいつの友達だから!」


 その力強い声に、ソフィは一瞬怯む。


「……友達。あなたは友達としてロード様を止めるというんですか?」


「そうだ、俺はあいつの友達だ」


 その一言にソフィは力なくナイフを下に向ける。


「……ロード様をとめてくださるんですか。殺すわけではなく」


「殺さない。ソフィ……俺がロードをとめる。この手で!」


 そのまっすぐな剣也の目にソフィは、突如ナイフを落とす。

その目には、耐えていたようなその目には涙を浮かべて感情が爆発したかのように顔を手で覆う。


「……お願いします。ロード様を、助けてあげてください」


「え?」


 ソフィはいきなり泣き出した。

あまりの変化に剣也と一心は動揺する。

それに助ける? ロードを助けるとはどういうことだと理解ができなくなる。


「ロード様を止めてください。ソード様! あの方を、過去にずっと囚われているロード様を! 死に向かっているあの方を!」


「ソフィ……一体」


 その表情が演技とは思えないほどに、ロードを思う少女の顔だった。

剣也は聞いていた、ソフィはずっと昔からロードのお付きのメイドとして世話をしてきたと。


 ロードのことを話すとき、無表情のメイドは饒舌になることも。

だから剣也はなんとなく察していた、多分ソフィは、ロードのことを好きなんだと。

自分に好意を寄せるようなことを言っていたが、それは任務のため、ただの演技だということはすぐにわかった。


 そしてこの涙は嘘ではないことも。


 そして跪くソフィに剣也は近づいた。

一心が止めようとするが、剣也は真っすぐとその泣きじゃくる少女の横に歩く。


「ソフィ教えて? ロードはなにを」


「ロード様は世界を統一したあと……死ぬつもりなんです。世界のシステムを作り変え、すべての国家を滅ぼして、作り直して。そして最後には世界中の恨みを一心に背負って自分の死をもってアースガルズの罪を清算するおつもりです」


 ソフィが言ったのはロードの計画の一部だった。

世界から恨まれて地獄に落ちる覚悟をしたロードは自らの命をもって世界の憎しみを清算しようとしている。


 その事実を知った剣也は、少しだけ笑った。


「そうか、あいつはやっぱり何も変わらないな」


「お願いします、もう私ではあの方を止めることはできません。私の声は届かないんです。あなたしか。ソード様しか、ロード様の笑顔を取り戻させたあなたしか!」


 ソフィはせき止めていたものが決壊したかのように思いを吐き出し続ける。


「わかった。ソフィ。俺が絶対に止める。信じてくれ」


「……ソード様」


 ソフィはこくりと頷いた。

剣也は優しくソフィに笑顔を返し、隔離塔を後にしようと歩き出す。


 そして去り際に振り返り、ソフィに伝える。


「あぁ、ソフィ。あと俺の名前だけど」


「え?」


「俺の本名は、御剣剣也。覚えておいてくれ。ロードの友達で、あいつの剣で。そして……」


 ニカっと笑ってサムズアップ。

その表情があまりに明るく、ソフィも思わず表情が緩むほどに。


「世界最強の騎士 御剣剣也だ!」


 笑顔で隔離塔を出て行った。



「剣也君!」

「剣也!」


「二人とも助かった! ありがとう!」


 隔離塔を守るようにアフロディーテと加具土命がKOGを撃破した後だった。

もうすでに周りには敵はおらず、遠目に見えるのは。


「オシリスさん……」


 オシリス・ハルバードがロードの前に立ちはだかっている。

敵は二の足を踏んでいるのか、まばらにオシリスに立ち向かい次々と切り落とされている。


「いこう、レイナ、かぐや」


 そしてレイナが剣也を、かぐやが一心をコクピットに乗せて建御雷神が放置してある南地区の整備場へ。

KOGならばすぐに整備場につく。

しかし、そこにはいまだ立ち上がれない一人の騎士が座っていた。

建御雷神の隣に、まるで友人が河原でだべっているかのように。


 ジンが、専用機スレイプニルと共に。


「剣也君、建御雷神へ。私がジンさんを」


「いや、レイナちょっと待って」


 剣也を降ろしたレイナがジンに立ち向かおうとする。

しかしそれを剣也が止めた。

そしてゆっくりと、ジンに近づく。


「剣也君! 危ないです!」


 しかしレイナの静止を止めて、剣也はジンの目の前まで歩いていく。

すると、うなだれていたKOGの頭部が動き剣也を見る。


「ソード……」


 中から聞こえたのはジンの声だった。

力なく、いつもの自信に満ちた声とは程遠い。


「ジンさん。黙っていてすみませんでした。俺の名前は御剣剣也、日本人です」


「……そうか、レイナ君が言っていたことは本当なんだな」


「ごめん、ジンさん。俺は行きます。できればジンさんとは戦いたくはない。それでもロードを俺は止めないといけない。だから」


 そして剣也は、ジンに一礼して建御雷神に乗り込もうとした。


「ソード……お前の正義は何なんだ? 教えてくれ。お前はなんで戦う、なんのために戦う」


「俺が戦う理由ですか……」


 その一言に剣也は振り返ってジンを見る。


「そんな大層なことはいえないけど……アースガルズ人のレイナと、日本人のかぐや。二人の女の子が笑える世界にしたい。それだけです」


 あの日から何も変わっていない。

剣也はこの世界で二人と楽しく過ごしたい。

ただそれだけをずっと願っている、そして剣也の戦う理由はずっと変わらない。


「……アースガルズ人と日本人が笑い合えるか……それは……ふふ。大層な夢だな」


「簡単なことだと思ってたんですけど……なかなかうまくいかなくて」


 そして剣也は建御雷神に乗り込んだ。

もう時間はない、オシリスがいつ突破されるかはわからない。


 だから。


「……さようなら、ジンさん」


 ジンに別れを告げて、空を飛ぶ。

そして去り際にたった一言だけジンが剣也に言った。

振り絞るように、今はそれが精一杯で。


「……頑張れ、剣也」


「はい!」



「剣也、今は一旦引くわよ。日本に」

「剣也君といえど、さすがにあの量は無謀です」

「そうだな……わかった。今は引こう」


 かぐやとレイナは撤退を提案する。

なぜならロードの艦隊だけで万を超えるというのに、別の方向からはさらに大量の軍隊が現れる。


 オルグ・オベリスク率いる部隊とラミア・シルバーナ率いる部隊もロードに少し遅れて到着した。


 万を超える敵と剣也ならば戦えるかもしれない。

でもここで、わざわざ不利な戦場で戦う意味はない。

剣也奪還という目的は達成したのだから。


 たった一人の助っ人のおかげで。


「オシリスさん!」


 剣也はオシリスに通信する。


「……あの日以来だな。ソード。無事救ってもらったようだな」


「助かりました。ありがとうございます。オシリスさんも逃げて……」


「私はここで死ぬよ。それに助けたわけではない、なんならお前も我が主君の仇だからな。叩き切ってやりたいが、お前には勝てなさそうなのでな。せめてロード様に一泡吹かせてやろうとしたまでだ」


「……そんな」


「ソードよ、最後に聞かせてくれ。オーディン様は何と言って死んだ」


 剣也は思い出す、オーディンの最後の言葉を。

何も包み隠さず正直に。


「……ロードには負けないと。そういって自害されました」


「………そうか、あの方らしい最後だな。ありがとう」


「……いえ。お世話になりました」


 そして剣也とレイナとかぐやが真っすぐ日本へと帰還しようとする。


 そしてオシリスは最後に剣也に言葉を残す。


「ソード。我らは剣だ。私はオーディン様に、そしてお前はロード様に玉座の間にて忠誠を誓った。あの時の言葉、忘れるな。たとえ道が違っても、世界中が敵だとしても、我らだけは剣なのだと」


「……はい!」


 剣也ははっきりとオシリスの問いに答えた。

自分の意思をはっきり伝えるように、まっすぐな声で返事を返す。


 そして剣也達は日本へ向かって全力で飛び立った。

それを追おうとするアースガルズ軍、しかしそれはオシリスによって阻まれる。


「いったか……ソード。お前が変える世界。できれば見て見たかったよ」


 オシリスは帝国剣武祭で、死闘の中で剣也が言った言葉を思い出していた。

必死に願う少年の変えたい世界を思い出し、少しだけ笑みがこぼれる。

なぜなら、かつて自分が思っていたような優しい世界を少年が望んでいたから。


 この戦いが、オーディンの弔い合戦であることは確かだ。


 しかしオシリスの本当の目的は、剣也を救うことだった。

なぜならあの日、剣也の剣にオシリスは見たから。

武の頂点を、そして夢を、理想を体現する人の極みを。


 そして遥か昔に忘れてしまった主君と自分の夢の果てを。 

戦場が、死が、時が、嫉妬が、忘れさせてしまった二人の求めていた世界を。


『二人とただイチャイチャできる世界に変えるんだ!!』


 あの日オシリスは、思った。

その真っすぐすぎる剣に叩き切られて。

願いを、思いを乗せた剣を受けて。


「オーディン様、我々がいつのまに不可能と諦めた夢。まだ見るものはいましたよ」


『いつか、この剣で世界を変えたいと思っています。私には守れませんでしたが、皆がただ愛する人と幸せに過ごせる世界に。分不相応な願いですが……世界を変えたい』


 なんて馬鹿で、まっすぐで、幸せで、青臭い世界なんだ。

それは最愛の妻を戦争で亡くしたオシリスでは、もう二度と手に入ることはない世界。

それでも無我夢中で剣を振って、求め続けて、諦めた世界のことだと思い出した。


「いつの日か、お前が求めるようにただ愛する人と笑って過ごせる世界がくることを願う」


 だからオシリスは、託すことにした。

かつて自分が変えたかった想いを、剣で世界を変えたいと言った願いを。

いつの日か忘れてしまっていた、遠き理想郷を。


 まだ折れたことがない少年に、その鋼のような剣に。


「繋ぐぞ、剣也」


 そしてオシリスは、万の軍勢を相手に最後まで戦い抜き、その日命を落とした。


 最後の最後まで戦い抜いたオシリス・ハルバードは帝都ヴァルハラで戦死した。


 アースガルズには一切の死傷者を出さずに。


 未来に願いだけを繋いで。

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