第102話 騎士の道

「オーディン様、私が弱かったばかりに申し訳ありませんでした」


 オシリスは剣を構える。

アースガルズ軍をまるで阻むように。


◇オシリスとオーディンの過去


「はぁはぁ、9997! 9998! 9999!」


「お前はいっつも剣を振っているな、飽きないのか?」


「10000……? だれだ? ……オ、オーディン様!?」


 若き日のオーディンとオシリス。

オシリスはまだ聖騎士ではなく、ただの一兵卒。

オーディンもまだロードと出会ってすらいない子供。


 そんな二人の初めての出会いだった。


 いつもと変わらずに訓練場でただ一人無心で剣を振るオシリス。

誰よりも早く来て誰よりも遅くまで、たった一人剣を振る。


 愛する人を戦場で失ったオシリスは、何度も何度も剣を振った。

自分が弱いばかりに守れなかった愛する妻に詫びるように。

剣を振っている間だけは、張り裂けそうになる心が保てていたから。


「ど、どうしてこちらにオーディン様が!?」


「いや、なに。いつもバカみたいに剣を振っている奴がいると聞いてな。たまに遠目にみていたんだが、本当に飽きないなと思って、少し興味が出た」


「わ、わたしごときに。恐れ多いです」


「なぜ剣を振る?」


「私にはこれしかありませんから。いつか、この剣で世界を変えたいと思っています。私には守れませんでしたが、皆がただ愛する人と幸せに過ごせる世界に。分不相応な願いですが……世界を変えたい」


「……ふーん。がんばれよ」


 そしてオーディンはその場を去った。

オシリスは一人、その手に握る剣を見つめて言われた言葉を繰り返す。

皇族という雲の上の存在に言われた言葉を。


「頑張れ……」


 それからオーディンはたまにオシリスの訓練終わり際に顔を出すようになった。


「今日もこられたのですか」


「いや、いつまで続くのかなって。そろそろ飽きただろ?」


「そ、それはプレッシャーですね。でももうそろそろ別の訓練に変わると思います。ついに私聖騎士として認定されましたので! 次からは私個人のKOGが与えられます、それで剣を振ることになりますね」


「おぉ、何年もここで剣を振っていたのは無駄ではなかったか! KOGの時代にあほかと思っていたのに」


「あ、あほ……」


「まぁ、がんばれよ」


 そしていつものようにただ一言だけ残してオーディンはその場を去った。


「9999! 10000!」


「KOGに乗ってもやることは変わらないんだな」


 KOGに乗ってもオシリスは、同じように剣を振った。

毎日一万回、雨の日も雪の日も、嵐の日も訓練できる日は絶対にその日課だけは欠かさなかった。


「そうですね。これだけは欠かさないようにしています。私の原点というやつでしょうか」


「ふーん。不思議だな」


「不思議?」


「まったくもって理にかなっていない。もっと効率的な訓練はあるはずだ、なのにお前は聖騎士となって今や聖騎士長候補として、あの軍神にも届きそうな勢いだ。不思議だ」


「はは、そうですね。愚直というのでしょうか。しかし遅くとも一歩ずつ前に進めればきっといつか誰も届かなかった頂へと行けると信じています。だから私は剣を振るんです。それしかできないのですが……」


「お前は天才ではないな」


「ぐっ。心得ております。スター教官にもそういわれましたが……」


「私と一緒だ」


「え?」


「いや、何でもない。でも、お前は努力の天才かもしれんな。がんばれよ。オシリス! 私はお前の努力を知っているぞ」


 そしてオーディンはその場を去った。

来る日も来る日も、戦争が始まってもオシリスは帝都にいる時は毎日剣を振った。


 何年たったか、何万回剣を振ったか。


 そんなある日のことだった。

いつもと変わらないオシリスの鍛錬を眺めるオーディンが口を開く。

まるで、世間話のように。


「なぁ、オシリス」


「9997! なんでしょう、オーディン様! 9998!」


「私の騎士にならないか?」


「9999! 騎士? ………騎士!? わ、わたしがですか!? 聞き間違いでしょうか!?」


「もう一度言おう。私の騎士にならないか? 私はお前を騎士にしたい」


「ほかにもっと強い、それこそジークさんなどがいらっしゃるのにですか!?」


「あぁ、何年もお前を見てきて私は思ったよ。きっといつかお前は世界の頂点まで止まることなく進み続けると。だから私の騎士になってくれ。私と一緒に世界をかえよう、お前が望む世界に! オシリス! 私はお前に騎士になってほしい!」


「良いのですか? 私ごときで」


「お前がいいといっているだろう! オシリス!」


 オーディンは、頼み込むようにオシリスをKOG越しに見つめる。

何年も、ここでオシリスの努力を見てきたオーディン。

オーディンは決めていた、騎士にするならオシリス以外はあり得ないと。


 そしてオシリスもまた、心に決めていた。

小さき頃から何の忖度もなく、ただがんばれと投げかけてくれたこの方を。

挫けそうになった時は、この言葉を思い出した。


 『がんばれ』という言葉を。

そしてオシリスはKOGから降りて、オーディンの前で跪く。


「オーディン様、光栄でございます。オシリス・ハルバード、非才の身なれど、この命、この忠誠。未来永劫何が起きようとも……」


 そして真っすぐとオーディンを見つめてオシリスは言った。


「全てオーディン様に捧げます」



「オーディン様、私が弱かったばかりに申し訳ありませんでした」


 そして、今オシリスは剣を構えて見据える。

ロード率いるアースガルズ軍。

その数は万を超えている、いかにオシリスといえどたった一人で到底勝てる相手ではない。


 それでも一切怯まないその背中を見てレイナは理解した。


「オシリスさん」


「ありがとう、レイナ君。死に場所を用意してくれて、これで戦場で死ぬことができる。我が主君に謝ることができる」


「……ご武運を! かぐや、いきますよ!」


 オシリスは多分味方ではない、でも敵でもない。

彼は多分忠義に生き、忠義に死ぬつもりなのだと。

主君を失った孤高の騎士は、死に場所を求めてここへ来たのだと。


「わかった……」


 かぐやとレイナは、オシリスをその場に残して隔離塔へと向かっていく。

大部分をオシリスが受け持ったおかげで隔離塔の周りを守っていたKOGのみとなった。


 その数ならばかぐやとレイナの敵ではない。

一瞬で蹴散らし、隔離塔への扉をKOGで叩き割る。


「お父さん! いる?」


「よくやった、かぐや、レイナ!」


 そのタイミングに合わせて隠れていた一心も一緒に走ってくる。


「私が剣也君を助けてくる! レイナ、かぐやはここで敵KOGを撃破しろ」


「了解!」

「わかりました!」


 レイナとかぐやは敵KOGから隔離塔を守る。

そして一心だけが隔離塔に上り、剣也を助けに上っていく。


「な、なんだおま──!?」


 中の見張りを一人ひとり、一瞬で殺していく一心。

見張りは数人のみで白兵戦最強の一心の相手にはならなかった。


 圧倒言う間に最上階に、到着する一心。


「ここか……剣也君! いるか!」


 一心は扉越しに剣也を呼ぶ。


「?……この声。一心さん!?」


「久しいな。だが今は話している暇はない、無理やり開ける。だから扉から離れろ」


「え、え? ちょっ──うぉ!?」


 突如爆発する扉。

一心がもっていた手榴弾で固く閉ざされた扉を吹き飛ばす。


「無茶しますね……一心さん」


 そして煙の中から現れたのは。


「久しぶりだな、剣也君。会いたかったぞ。だが感傷に浸っている時間はない。いくぞ! 走りながら説明する」


「了解です!」


 そして剣也と一心は隔離塔を駆け降りる。

一心が殺したであろうアースガルズ軍に剣也は眉を顰める。

KOGごしにばかり見てきた死体を目の前で見て、実感する。


「そうですか……ロードが、世界大戦を」


「あぁ、世界の敵となった。そしてレイナとかぐやが君を救うために今戦っている。あともう一人よくわからんが、赤と黒のKOGもな」


「……オシリスさん? もうなにがなんだか……」


 混乱しながらも隔離塔を真っすぐと降りていく剣也と一心。


 しかし、一心が突如横を走っていた剣也を蹴り、壁まで吹き飛ばす。


「ぐぇ!! 一心さん!? え?」


 蹴られた剣也は痛みを感じながらも、自分の膝が浅く切られたことに気づく。

少しばかりの血、鋭利なもので切られた跡。


「今のを止めますか……面倒ですね」


「危なかったよ、救出したと思ったら足が無くなるところだった」


 物陰に隠れていた一人の少女が、剣也の足を狙って一閃した。

すんでのところで一心によって守られた剣也。


 そのナイフを持っている少女を見る。


「ソフィ……」


 金髪の美人のメイドさん。

毎日お世話してくれた少女、でも今は。


「ソード様、お戻りください。隔離塔を出ることは許しません」


 剣也を止める暗殺者。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る