第101話 忠誠の騎士
「私は……どうすれば」
ジンはただ一人地上に佇む。
オルゴール・アースガルズが始めた洗脳とも呼べる教育を受けた最初の世代。
それがジン達だった。
世界はアースガルズが統一するべきであり、それ以外の人種は劣等種である。
その思想を幼少期から根強く植え付けられた世代。
しかし、その価値観が崩れさる。
「ソードは日本人、なのに誰よりも……強い。なら劣等種とはなんなんだ。私は彼を友人だと、そして尊敬していた……なのに、劣等種を尊敬?」
信じていたものがゆっくりと、ジンの中で崩れ落ちる。
ジンは動けなくなっていた。
「悩んでいるのか」
「え?」
良く知った声がジンを呼ぶ。
自分の目標であり、尊敬し、そして大好きな父の声だった。
目の前には自分と同じ赤と黒の機体。
「何が正義かわからなくなったか、ジン」
「父上!? なぜここに」
ジンの前に現れたのは、父オシリス・ハルバード。
赤と黒の禍々しい機体の名はグングニル。
かつて世界最強と呼ばれたジンの誇りだった。
「悩め、ジン。悩んで悩んで、そして答えを出せ。誰かに教えてもらうでもなく、お前の中で答えを見つけろ」
「そんな……教えてください。父上、私はどうすれば。私にはもうわかりません、ロード様の命令を聞くべきなのか、ソードを、剣也を救うべきなのか。どちらが正しいかなど……」
「それこそが、正義だ。ジン。誰しもが自分の中に自分だけの正義をもってそして悩み、間違え、ぶつかり合う。お前達の世代は皇族こそが絶対的正義であると教え込まれてきた、しかし世界を見るとそんなことはないと気づくときがくる。今お前が悩んでいるとおりにな。だから悩め、そして見つけろ、お前の正義を」
「……」
「そして答えが出た時、きっとお前はもう一度剣を握れる。そしてもっと強くなれる。期待してるぞ、我が息子よ」
そしてオシリスがジンの横を通り過ぎる。
まるで最後の別れの言葉のように。
そして目指すは真っすぐ隔離塔へ。
「父上はどうされるのですか?」
「何決まっている。私は私の正義を貫くだけだ」
…
「はぁはぁ、もう! 何体でてくんのよ!」
「もう30機は落としたはずです。戦時下とはいえ、さすがに本拠地。甘くはありませんでした」
かぐやとレイナは背中合わせで資格をカバーしながら戦う。
その舞踊のような戦いは、一般兵達を圧倒しすでに30機以上が撃墜されている。
それでも次から次へと湧いてくる敵にいまだ進めずにいた。
「このままいくと100人切りしちゃうわよ」
「剣也君じゃあるまいし、ちょっと厳しいですね」
隔離塔は目と鼻の先、しかしその一歩が届かない。
その時だった。
レイナが気付く。
「……そんな」
その視線の先には、巨大な浮遊航空艦。
そしてその周りには万を超えるKOGが飛んでいる。
その中に乗っているのは、もちろん。
「間に合ったか。やはりレイナ君と、かぐや君か。まさか二人が手を組むなんてな。親の仇だというのに、理解できない」
ロード・アースガルズがヴァルハラを視界に入れる。
そしてその視線の先にはレイナとかぐやを映し、信じられないと声を漏らした。
「まずいわね、本当に」
もはや時間は残されていなかった。
あと数分もすればロードも合流し、レイナ達に勝機は無くなる。
それを見たレイナは覚悟する。
「かぐや、私が決死でこじ開けます。なんとか剣也君だけでも」
その発言は命を捨てるという覚悟。
防御を一切すてれば隔離塔までは到着できるはずだと。
だからあとはすべてをかぐやに託すという、レイナの想い。
「……わかった」
そしてかぐやも受け入れる。
彼女もまた同じ提案をしようとしていたから。
そしてレイナとかぐやが同じ方向を向いた。
二人の少女が決死の覚悟で少年を救おうと心を決める。
その時だった。
「「!!!????」」
二人の本能が警鐘を鳴らす。
死の気配が二人を襲い、切られるイメージが脳裏に浮かぶ。
まるで、首筋に刀を置かれているかのような、明確な死を感じた二人。
「レイナぁぁ!!」
「わかっています!!」
そして二人が全ての集中力をその元凶の方に向けた。
震える体を必死に抑える、これほどの殺気を放つ相手。
全力を出しても勝てないかもしれない、しかしそれでも止まるわけにはいかない。
そして二人が見たのは、一機のKOG。
「まさか……」
レイナは知っている、かぐやは知らない。
その禍々しいまでの赤と黒のKOG、そして自身の体躯よりも長い剣を持ち、視界すべては間合いだと言わんばかりの殺気を放つ。
かつて剣也と死闘を繰り広げ、武の頂点まで上り詰めようとした男。
「オシリスさん……」
かつての世界最強。
オシリス・ハルバードが剣をもって、愛機グングニルに乗って立っていた。
「レイナ君、どうだ。全盛期並みの強さを感じただろう。最新の義手はすごいな。元通りとまではいかなくても十分操作は可能だ」
そしてオシリスが剣を構えてレイナ達を見る。
「そうでした、あなたがいました。この帝都には」
「レイナ、なによ。なんなのよ、あの化物は!!」
かぐやとレイナも震えるように剣を握る。
勝てない。
かつて剣の頂に立っていたその剣士は、開花したかぐやとレイナをして勝てないと感じさせる。
そしてオシリスが二人に突撃する。
あの日剣也に放ったオシリスの得意技、全力の突き。
二人は身体を寄せ合い、防御しようと集中した。
しかしその突きは。
「どうして……」
背後のアースガルズの包囲網を貫いた。
そして次々とアースガルズのKOGを落としていくオシリス。
命は取らないように、KOGの破壊にとどめてアースガルズ軍を叩き切る。
「レイナ、どういうこと? 何が起きてんの!?」
「オ、オシリスさん!」
レイナはオシリスに叫ぶ。
何が起きているか全く理解できなかった。
なぜオシリスが次々とアースガルズ軍を撃墜していくのか。
「いけ、思い人を救ってこい。ここは私が受け持ってやろう」
「どうして、どうして私達を助けてくれるんですか!?」
「我が忠誠のため!」
ただ一言オシリスはそういって、レイナ達を背にすべてのKOGの前に立ちはだかった。
「オ、オシリス様! なぜですか! なぜ反逆など!」
それを見たアースガルズ軍達は次々と叫ぶ。
なぜオシリスが、三英傑にも数えられた最強の将軍が、なぜ敵に回っているのかと。
「反逆? 何を言っている。今も昔も私が忠誠を捧げるのは一人だけだ。アースガルズではない。我が忠誠は、我が主君オーディン様に」
そして、剣を構える。
先ほどよりもはっきりと。
「この命尽きるまで。それが私の騎士道だ」
広がるは球体、剣の間合い。
覚醒し、頂点に立ったものだけが出せる絶対の間合いをアースガルズ軍へと向ける。
その間合いを見たアースガルズ軍は、そのプレッシャーに後退し、震える声でオシリスに問う。
「こ、この間合いは……オシリス様、まさか」
「覚悟のないものは、超えないことを進める」
忠誠の騎士が、貫き通す。
主君を失ってもなお、その心に決めた騎士道を。
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