第100話 二輪の大輪の花

「あぁ、全機だせ! 予備もすべてだ、こちらもあと一時間ほどで到着する。絶対にソードを奪われるな」


 ロードの指示により、ヴァルハラで待機している全軍が全員出動することになる。

それは文字通り全軍、一般兵含め世界大戦に参加していない騎士すべて、


 そして。


「わかりました。はい、ヴァルハラ養成学校からすでに戦えるレベルの者は全員出します。はい、では失礼します」


 スター大佐は、軍からの要請に答え養成学校の中でも戦えるレベルの者はソードの護衛に当たらせることを指示される。


「だ、そうだ。特Aクラスの全員参加する必要がある。いいな、ジン、ゾイド」


「そうですか……ソードが謀反で捕まったかと思えば、次は奪還だとはな。一体世界では何が起きているのやら、なぁジン」


「あぁ。私も聖騎士長として……彼を、ソードを……敵から守るよ、きっと謀反など間違いなんだと。それに帝国剣武祭が終わってからまともに話せていないんだ。まだまともに……」


 聖騎士のゾイド含め特Aクラスにはすでに聖騎士レベル、騎士レベルがゴロゴロといる。

そしてかつてその世代の最強の名を欲しいままにしていた剣聖オシリス・ハルバードの息子、ジン・ハルバードもまた招集がかかる。



「あれは……専用機。いよいよ、強者の登場ね」


 かぐやとレイナがヴァルハラに到着したと同時に、遠くに一機の専用機。

おそらく聖騎士以上の存在が乗っているかと思われる。

そして追随するように、KOGが次々と現れ隔離塔を守るように展開していく。


「……正直まずいですね、さっきから前に進めていません」


「あんたがまともに機能してないからでしょ! なんなのよ、全然扱えてないじゃない」


「な!? これでもすごいうまくなってるんですよ!」


「それで? さっきからあっちへこっちへ、うろちょろして。まるで初心者じゃない」


「くっ。アフロディーテさえあれば」


 建御雷神を操作できるようになったレイナ。

しかしそれは歩けるや、飛べるといった程度のこと。

戦闘となるとまたレベルが違う。


「じゃあ……先にあんたの機体の場所にいくわよ。そこでお父さんと建御雷神を置いていく。お父さん、大丈夫よね」


「あぁ、町の中ならば私なら問題ない。隔離塔へ私一人で向かおう、まだ私のことはバレていないからな」


「……わかりました、まずアフロディーテを」


 そしてレイナ、かぐやは作戦を変更し、目的地を真っすぐと南地区の整備場へ。

敵KOGは隔離塔を守るように集まっているため、整備場はまだ手薄だった。


「はぁ!」


 かぐやが次々とKOGを撃破する。

しかしその倍以上が集まってくる。

レイナを守りながらの戦いは正直かぐやといえど難しい。


「あーもう! 次から次に! レイナ早くいけ! このままじゃやばい!」


「くっ。わかってます。でも敵が多くて」


「このままじゃやばいってのよ! どうにかしろ!」


「もう! わかりました! 一心叔父さん捕まって。ちょっと飛ばします」


「おい、まさか。レイナ?」


 一心は悪い予感を感じて、コクピットの背もたれに本気でしがみつく。


「はい! もう、突っ込みます! 死んだらすみません!」


「ち、ちょっ! できるだけきをつけ──!?」


 そしてレイナが整備場へ体を向ける。

そして、慎重に動かしていたレバーをまっすぐと奥まで押し込んだ。


 突如その白き稲妻が本領を発揮し、中のレイナと一心にすさまじいGを与える。


「お、お、お、お!???」


 亜音速の白き弾丸が、真っすぐ整備場へと落下する。

敵KOGの包囲網を突破して、まるでミサイルのような速度で整備場を吹き飛ばす。


「レイナ!? 生きてんの!? 無茶しすぎよ!」


 かぐやは焦りながらも爆炎を上げる整備場へと向かい、敵KOGからレイナを守る。

しかしその返答はなく、まさか本当に死んだかと焦る。


「レイナ! お父さん! 返事して!」


 それでも信じて、敵と切り結ぶ。


「やば……囲まれた」


 しかし、ついに敵に囲まれるかぐや。

敵はすでに20機を超えている。

かぐやは強者であり、世界最強の一角に名を連ねる。


 それでも多対一は隔絶する力を持っていなければそのレベルでも難しい。


 今のかぐやなら20機ならば倒せるだろう。

しかしそれは死力を尽くして、ギリギリの戦いを行い、なおかつ相手が一般兵レベルだった時。


「しかも……専用機が一機。聖騎士長とかだったら笑えないわね」


 かぐやの目の前には一機の専用機。

赤と黒の専用機は、まるでかつてオシリス・ハルバードが使っていた機体によく似ていた。

仮に聖騎士長レベルだったならば、絶体絶命。


 そして悪い予感というのは往々にして当たるのも世の常だった。


「投降したまえ、私はジン・ハルバード。聖騎士長だ」


 父の機体を模したジンの専用機、名をスレイプニルとなずけられたオシリスのグングニルの後継機。


「聖騎士長……こんなところにいるなんてね。手薄かと思ったのに」


「なぜ世界連合が、ソードを狙う。彼を、私の友人を、奪わせるわけにはいかない。投降するなら命ぐらいは助けてやろう」


「……何を言ってるかわからないけど、話はかみ合いそうにないわね。でも絶対に剣也は、返してもらうわ! 時間が無いのそこをどけ!」


「話し合いは無駄か、ならば語るしかないか、この剣で!」


 ジンが巨大な剣を構えて、かぐやに刃を向ける、

かぐやも迎え撃とうと真っ赤な刃を構える。


 アジア13神とアースガルズ聖騎士長の戦いが始まろうとしていた。


 しかしその戦いを阻むものが一人。


「譲ってもらえますか、かぐや。この人には借りがあるので」


「なによ。遅かったじゃない」


 爆炎の中から現れたのは、レイナ。

そして桜吹雪を白銀に散らしたような美しいKOG。

炎をかき分け、まっすぐと空へと飛び立った。

その美しさはまるで幻想的なまでに芸術作品のように煌いて戦場を照らす美の女神。


 そしてそれを見たジンは理解する。


 そこにいるのは、誰なのかを。


「レイナ君。君達がどんな大義を持っているかわからないが……悪いがこれは戦場、シミュレーションではない。だから前の時のように手加減はできないよ」


「ジンさん。すみませんが剣也君をもらいます。先ほど言ったように時間はない。だから全力でどうぞ」


 レイナの専用機、アフロディーテが剣を構えてジンを見る。


「あなたが死なないように、私が気を付けてあげますから」


「随分と大きな口を利くようになったじゃないか、あの時からまだ半年しかたっていないんだよ?」


「いいえ!」


 レイナがジンの目の前に現れる。

0から100の移動、レイナの得意技であり基本的な高等技術。

しかし、その練度がすさまじく。


「なぁ!?」


 ジンは視界からレイナが消えたと錯覚する。


「半年もたちました!」


「くっ。舐めるなよ!」


 しかしジンも反応する。

元学生最強の名は伊達ではない、剣也という規格外に敗れはしたがそれでもまぎれもなくジンは天才だった。

オシリスの血を引く最強の学生として。


 レイナとジンが切り結ぶ。

それをかぐやは見る。


「そいつは任せるわよ、私は他を!」


 かぐやもレイナに触発されたように、熱い思いをたぎらせて敵KOGを攻撃する。

20機相手に恐れを見せず、真向から突き進む。


 目指すはただ一つ。


「剣也、待ってて。今度は私が救ってあげるから!」



「なんか外が騒がしいな、この音は……KOG? 近いな」


 ベッドで横になっていた剣也は、突然の爆音で目が覚める。

耳を澄ませば、良く見知ったKOGの切り逢い、銃の打ち合いの音が聞こえてくる。


「強い……聖騎士長クラスか? 切り逢ってる。まさかレイナ? くそ、何が起きてるんだ」


 鉄格子ごしに窓から外を見る。

しかしそちらの方向からでは何も見えず、音からおそらく反対側で事が起きていることがわかる。


 それでも囚われの勇者は待つしかなかった。

 

 彼は超人的な身体能力などなく、一般人よりも少し弱いぐらいなのだから。

それでも剣也を襲う焦燥感。

もし自分が囚われている間にレイナが、かぐやが、二人に何かあったとなれば自分は耐えられない。


 だから必死に鉄格子を壊そうとあらゆる策をこうじてみる。


 しかし、なにかできるわけもなく。


「くそ……」


 剣也はただ待つしかなかった。



「レイナはうまくやったようだな、よし、私もいくか」


 一心もあの爆撃のような着地から生存し、今では整備場から離れ見つからないように建物の裏から戦闘を見る。


「隔離塔にはどれほどの戦力がいるか……剣也君を何とか連れ出してあの機体までつれていければ」


 そして一心の視線の先には、レイナと一心が乗り捨てた建御雷神。

整備場は燃えているが、大した炎ではなく建御雷神の純白の鎧には一切の傷はない。


 一心はその機体から視線をはずし、隔離塔へと真っすぐ走る。


 幸い戦闘が起きたことが原因で住民は全員逃げており、パニック状態。


 この状態ならば日本人の一心が捕まることはない。

それに逃げている人には奴隷として連れてこられた日本人もいるため猶更問題はなかった。


「あとで……必ず救ってやるからな」


 その逃げる日本人達を一瞬だけ見た一心は進む。

そして隠密で近づき、隔離塔が視界に入る。

しかしそこで一心は止まるしかなかった。


「……案の定、KOGが待機しているか。生身ではここは突破できない。レイナ、かぐやが何とかしてくれるのを待機するしかないか」


 隔離塔のすぐそばで隠れる一心。

しかし隔離塔には、囲むようにKOGが5体ほど見張りしていた。


 隔離塔の周りは見晴らしがよく、のこのこいけばいかに一心が対人戦が優れていようとハチの巣にされて終わるだけ。


 だから一心はそこで待機することにする。

今戦っている二人の娘が善戦し、あのKOGをどかしてくれることを待って。


「待っていろ、剣也君。君の嫁が頑張っているからな」



「ジンさん、弱くなりましたね!」


「くっ! 君がつよくなったんじゃないか? 正直驚いてるよ」


 レイナとジンは切り逢う、しかしレイナが押していた。

ジン自身もはっきりと感じるほどにレイナは前回に比べて圧倒的に強くなっていた。


「私は強くなりました、でもあなたはもっと強かったはずです」


「買い被りすぎだ」


「いえ、ジンさん。あなたは……迷っているんじゃありませんか?」


 レイナとジンが剣を降ろしKOGごしに見つめ合う。

その一言にジンは、剣を下に向ける。


「なにを……」


「お兄ちゃん、いや剣也君を私達は救おうとしています。どいてくれませんか、あなたもおかしいと思っているでしょう。彼が捕まっていることが」


「剣也君……なぜ君はソードのことをそう呼ぶんだ。だがそれはできない。ロード様の命令だ、彼は……罪人だ」


「違います、ロード様は……剣也君の敵です! 剣也君が解放されるとき、それは剣也君が望んだ世界が終わった時です!」


 レイナはジンが先ほどから迷っていることを切り逢っていることで感じ取っていた。

殺意がなく、何か迷いを持っている。

半年一緒に過ごしたジンを知っているレイナは彼の性格をなんとなくは理解していた。


 意地っ張りだが、何よりもKOGが大好きな真っすぐな少年。

そして同時に、剣也のことが大好きでいつも彼の横にくっついていた。


 ジンにとって剣也の存在はきっと何よりも大きく膨れ上がっていたのだろうと。


「なぜ君はアースガルズ軍なのに、それほど異質なんだ。我々の世代はずっと教えてこられたはずだ、皇族の命令は絶対、そしてアースガルズ軍以外は劣等種、世界を支配するのは当然だと」


「その教育は間違っている。私の母は日本人です、決して劣ってなどいなかった。私は母を誇りに思ってます。人種の違いに優劣などありません」


「……そんなはずはない!」


 必死に説得を試みるレイナ。

しかしジンに届かない、だから明かすことにした。


 ソードの、剣也の秘密を。


「ジンさん、あなたがソードと呼ぶ彼は……本名は御剣剣也、日本人です。だから私は彼を剣也君と呼ぶ、あの帝国剣武祭の時も!」


「な!?」


「私の兄でもなく、生粋の日本人、アースガルズの血は一切入っていません。隠していてすみませんでした」


「嘘だ……ソードが日本人? そんな馬鹿なわけがあるか! であればあの強さの説明など!」


「あなたならもうわかるでしょう。世界最強の騎士が日本人だという意味が、劣等種だと言っていた日本人が剣也君だということが。それに彼があなたが想像するアースガルズ人とは違っていることも」


 そのレイナの言葉にジンは動揺し、剣を落とす。

思い出すのは、あの日実地訓練で剣也が暴走した日。

あの時はロードの命令だったということで決着がついた。


 しかしジンは納得できなかった。

なぜならあの時のソードが、心の奥底から彼らをレジスタンスを守ろうとしていたことを感じ取っていたから。

ただ心優しいだけだろう、愛玩生物をなでるようなもの、そう思うことにした。


 でもずっとジンの中で考えていたことがある。


 でも認めるわけにはいかないことがある。


「ジンさん。剣也君は日本人、そして私の愛する人です」


「バカな……そんなはずは」


「私は彼を救います。だから失礼します」


 そしてレイナは動けなくなったジンの横をただ通り過ぎる。

ジンは剣を落としたまま、下を向く。

彼にとって剣也は特別だった、憧れていた、その技術に、その人となりに、友人としても。


 でも彼の幼少期か育てられた価値観は、日本人は劣等種であるということ。

オルゴール・アースガルズが施した教育の結果が彼らの世代。


 なのに。

その価値観が崩壊していく。

ずっと心の奥で感じていたものが、はっきりと告げられたことで決定的に崩れ去る。


「私は……なんのために戦っている。友人のため? アースガルズのため? ソードを守りたいのに、でも彼は……日本人?」


 自問自答を繰り返す。

もう彼にはその答えが出るまでは剣を握ることができなかった。


 何のために戦うのか、ただ命令に従えばよかった彼の価値観が揺らいでいく。


 ただ一人戦場で動けずに。



「かぐや!」


「やっときた! 遅いのよ!」


 かぐやは隔離塔付近で戦っていた。

なんとか10機を撃墜したが、敵はさらに増え今では30機ほどに囲まれる。


 あわや、敗北というところでレイナの増援が間に合った。


 多対一で最もつらいのは背後の攻撃。

どれだけ気を付けていようと背中は見えず、意識の外からの攻撃は防御が難しい。

かぐやは気を付けながら戦っていたから、倒せる敵も倒せずにじり貧となってしまっていた。


 しかし逆を言えば見えてさえいれば彼女達なら一般兵など敵ではない。


 だから二人は。


「背は任すわよ」

「はい!」

 

 お互いの背中を預け合う。

お互いの実力を知っていて、認め合っているからこそできること。


「……思い出しますね、かぐや」


「なにをよ」


「あの時はバカなと思っていましたが……」


 そして二人が剣を構えて前を向く。


『レイナ、かぐやは強くなるよ。君並みに』


 かつて剣也が言っていた言葉を思い出す。

今ならわかる、きっと彼は別の世界でかぐやと私が、到達することを知っていたんだと。


「あなたは強いです。私並みに。だから、かぐや。信じてます」


 その言葉は、二人の絆、開いた人種という名の溝を超える架け橋

そしてたった一つの目的のために。


 今二輪の花は、大切な人のために、命を懸けて開花する。


「上等! 剣也を救うわよ、レイナ。そしたら」

「ええ、そしたらご褒美に」


 何よりも美しい大輪の花が二輪、敵だらけの戦場で花開く。

その世界最強の少女が二人、世界最強帝国アースガルズに剣を向ける。


 その燃えるような瞳には。


「「キスしてもらいましょ」」


 大好きな同じ少年の姿を映して。

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