第99話 二人の女騎士

「レイナは無事だろうか……」


 剣也は隔離塔に一つだけある鉄格子の窓から一人空を見つめる。

もしレイナ並みの身体能力もあればこの塔からロッククライミングのように降りることもできるのだろうか。


「俺なら即死だな」


 何メートルあるか分からないが、それでも落下したら一瞬で死ぬことだけは分かるほどに高い石の塔。


「なぁ、ソフィ。世界はどうなってるんだ? 少しぐらい」


「だめです」


「そうですよねー」


「大分私に対する警戒もなくなってきましたね。抱かれるのも近そうです」


「いや、しないよ!?」


「なぜですか? 私は容姿には優れていると自負しています、健全な男性ならば据え膳ものかと」


「自分で言うか……まぁ確かにソフィは綺麗だと思う、正直ムラムラがとまら──失礼。でも……俺には心に決めた人がいる。ごめん」


「……そうですか」


 ソフィは少し微笑んだ顔で剣也を見る。

断られたというのに、悪い気はしなかった。


 ロードが言っていたことが少しだけわかった気がする。

ただの誘惑だ、ただの情欲だ。

だが、それゆえにこれだけ耐えられた男性はソフィの経験上いなかった。


 今はメイドとして剣也の監視を行っているが、実際は特殊部隊としてスパイ活動含めあらゆる汚れ仕事をやってきた。

汚い男に抱かれたことだってある、望まれるならどんなことだってしてきた過去がある。

皇族直属の特殊部隊、そしてロード直属の部下。


 それがソフィだった。

そのソフィからみて剣也は。


「強いですね。本当に」


「ん? なんて?」


「いえ。そうですね、少しうらやましいなと、あなたにそれほど愛される人が……私には一生現れないから」


「そんなことないよ、ソフィさんは綺麗だ」


「ありがとうございます、でも私は汚れてますから……もう誰にも愛してもらえないほどには。この世界の闇に染まってしまいましたから」


 そのソフィの悲しそうな目を見た剣也。

剣也は思い出す、帝国の歴史、そしてこの世界の歴史を。


 だから。


「きっと俺が変えてみせるから」


「え?」


「戦争なんてない世界に、君みたいな女の子がただ笑えるだけの世界にきっと。……そしたら笑ってくれる? まだ君の笑顔見たことないんだ。こんな関係だけど……君が悪い人には見えない」


 その一言にソフィは剣也に背を向ける。

演技ではなく本心から頬を染めて。


「………真っすぐなんですね、あなたは。こんな私に……優しい言葉を」


「それだけが取り柄だからな」


「ロード様が言っていたこと。今ならわかる気がします」


「え? ロードが?」


「なんでもありません。ん?──失礼、連絡です」


 するとソフィのデバイスが鳴る。

そのデバイスを取り、報告を受ける。

先ほどまでの表情が嘘のように、冷たい表情に変わっていく。


「わかりました……はい。そのときは。はい、了解しています」


 そしてソフィはデバイスを切断し、剣也に一礼する。


「用事ができましたので、失礼いたします」


「え? あぁ、うん」


 そしてソフィが外にでる。

一人塔に取り残された剣也、胸騒ぎがするのはなんでだろうか。


「レイナ、かぐや。世界はどうなってるんだろうか」


 それでも彼にはただ願うことしかできなかった。



 時は少し遡り、かぐや、レイナの輸送船。


「見えたな、あの陸地から領土でいえばアースガルズ帝国だ」


「敵は全く会いませんでしたね」


「アースガルズは広い、すべての国境を守り切ることは難しいだろうな。ましてや今や世界連合と反対側で真向からぶつかっている」


 そして上陸する一心達。


「では、一心さん。自分は一旦日本に戻ります。ここにいても足手まといですので……みんな、がんばれ!」


「あぁ、操縦ありがとう。田中。片道切符だ。剣也君を助けて帰るか、ここで死ぬかだからな」


 田中は戦闘員でないので、そこで引き返すことになる。

残されたのはレイナ、かぐや、そして一心。

一心はレイナと建御雷神のコクピットに乗り込んだ。

狭いが、二人ぐらいなら余裕は十分のその機体で。


 レイナはこの日のために必死に練習し、建御雷神で一般兵と戦闘できるレベルまでは乗りこなしている。


「じゃあ、いきましょう。叔父さん」


「あぁ、かぐやも準備はいいな」


「もちろん!」


「では、剣也君奪還作戦を開始する! 目標は隔離塔、剣也君を奪還したのちすぐに離脱する。かぐや、無理はするなよ」


「するわよ、剣也の命と、世界が懸かってるんだから」


「…それもそうだな。死力を尽くそう」


 そして一心達はアースガルズ本国に足を踏み入れる。

真っすぐ向かうは、帝都ヴァルハラ。


 かぐやとレイナはそこからは全力で飛んだ。

すでに国内に入った時点で補足されている可能性も高い、だから今からはスピード勝負。


 全力で飛べば30分と立たずに国境沿いからはヴァルハラに到着する。


 ただしそれは間違いなく敵も気づく。


 時間との戦い。



「ロード様! 本国に未確認のKOGが!」


「なに? なぜ探知できなかった。数は!」


「い、いえ。それが……たった二機でして。海路から回ってきたのか、この大きさでは正直漁船と同じです。探知できませんでした」


「二機? どういうことだ、何が目的だ」


「わかりません、しかし片方は白く、片方は赤いKOGです」


「……まさか、レイナ君? それにもう一機は赤い……世界連合に確かいたな。剣也の思い人が一人。まさか手を組んだのか?」


 ロードは思考を巡らせる。

白いKOG、これは十中八九建御雷神だろう。

しかし赤いKOGには心当たりがない、正確にいえば世界連合のアジア13神にかぐやがいる。

そのかぐやの機体が加具土命と呼ばれる真っ赤なKOGだったのを記憶していた。


 しかし結び付けられない。


「なぜレイナ君が世界連合と。ジークを殺した相手と手を結ぶなど……なぜ、そんなことできるわけない」


 ロードには理解できなかった。

仮にレイナとかぐやが手を組んだというのなら、なぜなのか。


 レイナの父を殺したも同然のかぐや、世界連合。

なぜその敵と手を組めるのか、それもこの短期間で。


「わからない……だが、仮にその仮説が正しいのなら……」


 ロードは思案する、しかし答えは所詮仮設しか思いつかない。

それでも、その仮説を信じて命令を下す。


「作戦は一時中止! ヴァルハラに帰還する!」


「ロード様? よろしいのですか? 前線が押し戻され、下手すると奪ったこの国も……」


「あぁ、構わん。一国取り返されたところでかわらんよ。もし私の想像通りなら……」


 ロードは、この戦争が始まって初めて。


「一国では済まないほどに、危険な男が解き放たれる可能性がある」


 余裕の表情を崩す、その額を汗で濡らして。


 

「見えました、あれがヴァルハラです!」


「あれが……帝都ヴァルハラ。私達、いや世界中の人間の血を吸ってデカくなった魔都。忌々しいわね、本当に」


 そしてかぐやは見た。

その中心に、聳える近代的な建物の中に会って異質な石造りの古城を。

周りの建物とは一線を画す巨大な城。


 その城の隣の塔、そこに剣也がいる。


「レイナ、このまま真っすぐいくわよ」


「ええ……でも、そろそろ出てくるでしょう」


 そしてかぐやとレイナ、そして一心の前に現れるのはアースガルズ製の黒いKOG。

その数は3機ほど、見張りとして付近を常駐しているただの一般兵。

それでも正式に数年の訓練を受けて育てられた騎士と呼ばれるエリートだった。


 しかし、その程度では。


「一般兵ですね。三機ですが、まかせても?」


「余裕!」


 彼女達は止まらない。

赤き閃光が切り込んで、三機のKOGをものの数秒で切り伏せる。


「手加減はしないわよ。時間がないんだから!」


 彼女達も世界の頂点に名を連ねる強者なのだから。

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