最終章 世界の平和のために編

第95話 頼れる従妹

 ロードが剣也を捕まえて、世界に向けて演説をする少し前。


 アースガルズ大病院。

その一室で一人の男が、多くの管を体に通され半死の状態でただ天井を見つめていた。


 かつて世界を支配しようとしたオルゴール・アースガルズ。

ロードの父であり、第99代皇帝。

今や病に侵されて、すでに往年の覇気はなく、ただ死を待つだけの存在。


「父上……兄上は死にました。そして今日始めます。すべてを」


 ロードがその病室へとたった一人で訪れる。


「……そうか」


 その男は自分の息子が死んだことに対してただ一言だけ告げて目を閉じる。


「……では失礼します」


 そしてロードが頭を下げて病室を後にしようとしたとき。

オルゴールは話し出す。


「ロード……私を恨んでいるか? お前の母のこと。私が憎いか?」


 かつてロードの母は自害した。

ロードが行ったEUへの侵攻に対して責任を感じて。


「いえ、私は誰も恨んでいません。……私以外は」


「ふふ。そうか。その身を焦がす憎しみ。決して止まることはない。だからこそお前が皇帝にふさわしい。私が成し遂げられなかったことを、お前ならきっと」


「……あなたの想いを引き継いだわけではありません、私がやらなければならないと思ったからやるんです」


「それでいい、存分に世界に恨まれるがいい。理解できぬよ、凡人共には。我々の気持ちなど」


 その一言にロードは何も返さない。


「……失礼します」


 そしてロードは病室を後にした。

ただ一人残されたオルゴール・アースガルズは天井を見つめつぶやいた。


「スカーレット……お前と私の息子は成ったぞ。お前の血を吸って、実の兄の血も吸って…吸いきれないほどに血でその手を染めて………あいつなら。きっと……ふふふ、ははは!!!」


 その高笑いを最後に、満足そうにオルゴール・アースガルズはその人生の幕を閉じた。



「私は世界を統一する。ここに第二次世界大戦の開戦を宣言する。世界よ、我が帝国の軍門に下れ、さもなくば……」


 ロードは、真っすぐその目を焦がし、全世界に言い放つ。


「滅びよ」


 そして演説は終了した。

アースガルズの大歓声のもと、全世界へ向けての宣戦布告。


 そしてそれを聞いた世界連合。


「やはりか……戦争は終わらぬのだな」


「しかし、オーディンの力も取り込んだアースガルズと真っ向からですか。これは厳しい戦いになりますね」


「あぁ、だがこの演説は好都合だ。あそこまで名言したのだ、国民達も命がけで協力してくれるだろう。国力では我々世界連合が勝るはずなのだから」


 その玄武の宣言のもと、世界連合に属するすべての国家。

つまりアースガルズを除いた世界中が、アースガルズに牙を剥く。


「白蓮、トール。すぐに軍備ならびに、徴兵令。戦えるものはすべて戦わなければ勝てないぞ」


「わかりました、父上。いくぞ、トール」


「あぁ、すぐにいく」


 白蓮、トールも準備を始める。

そして玄武は日本の東京で復興作業をしていた一心にも連絡する。


「……また戦争ですね、玄武さん。我々日本も戦います。せっかく取り返したんです。また同じことはさせません」


「あぁ。かぐや君、ならびに日本軍の戦力は頼りにしている」


「はい、ではまたそちらに。向かわせていただきます。はい」


 そして通信を切る一心。

その横にはかぐやが座る。

一心とかぐやはアースガルズが使っていた軍事拠点でもある13番地区養成学校で活動していた。


 そしてそこで映像も見た。


「かぐや、剣也君には?」


「……わからない、連絡がつかないの」


 あの日かぐやは一心に剣也のことを話していた。

驚かれたが、それでも納得したのは一心もどこか剣也を信じていたから。

あの少年が、負けるわけない、そう簡単に死ぬわけはない。


 そう思い続けていたから。


「そうか……彼が敵になることは考えたくはないが。ロードの騎士となったのだろう、今どうなっているか」


「でも! 剣也は絶対私の味方になってくれる! 絶対!」


「……そうだな。私も彼を信じてる。連絡がついたら教えてくれ」


 そして一心は部屋を出る。

かぐやはデバイスを握りしめ、既読がつかないメッセージを見つめる。


「剣也……なにしてんのよ。はやく連絡よこしなさいよ。わたしを守ってくれるんでしょ」



 一方 レイナと田中。


「田中さん、どうすればいいですか?」


「そうだね、まずは日本の東京へ向かおう、ただしこの機体で向かうと撃ち落されかねないな……」


 世界連合にとってこの機体は敵の機体。

それも剣神ソードシルフィード、5万の兵相手に戦った帝国の剣。

真っすぐ向かえば、迎撃されてレイナの操作では撃ち落されかねない。


「もうそろそろ電波が入りますね、かぐやに連絡できます。ちょっとかけてみます」


 アースガルズから日本へと向かっていたレイナ。

この世界では、アースガルズ領であった日本とアースガルズ本国では通信できる。

今では世界連合が占領したため、日本とアジア連合も通信できるようになっている。


プルルルプルルルル


「はい、レイナ? よかった。連絡つかなかったから」


「先ほどまで海洋上でしたので、今日本に向かっています」


「どういうこと? 剣也は! 今どこなの、どうなってるの?」


「落ち着いてください。ついてから全部話します、それほど操作の余裕はないので……。今そちらに建御雷神……あの白い機体で向かっています。攻撃をしないでもらえますか?」


「ちょっと待ってね……お父さん。今からアースガルズの白い機体が来る。攻撃しないで、レイナがくるの」


「ん?……よくわからんが……とりあえず攻撃しなければいいんだな。わかった。すぐに伝えよう」


(レイナもくるのか)


 一心はレイナの話もかぐやに聞いていた。

そしてレイナが生まれたことは知っていた、しかしその母黒神咲子とはジークとの結婚を機に疎遠になっていたため面識はない。


 ならば敵であるアースガルズとして生きているレイナのことをかぐやに知らせないほうがいいと思い黙っていた。


 それに一心はジークのことが許せなかった。


 事実をしらない一心は、妹を助けなかったジークのことが許せなかった。


 でも、レイナは違う。

たった一人の妹が残した忘れ形見。


(守らねばな、かぐやと一緒に)


「きたわ。あの機体ね」


 そこはパイロット養成学校のグラウンド、かつて入学式が行われた場所だった。


「あそこにいるんだな、レイナが、そして田中も」


「うん、ここに着陸するって。離れててっていってたけど……!?」


 かぐやが見つめる先にあるその白い機体。

しかし、一切の減速をせずに真っすぐとグラウンドに突っ込んでくる。


「ちょ、ちょっと!! なにしてんのよ!!」



「田中さん! 止め方教えてください!!」


「そ、そんなものはない!! ゆっくり! ゆっくりおりてって──!?」


「きゃぁぁぁ!!」


 レイナと田中が乗る建御雷神は盛大に地面に落下した。

ギリギリで何とか垂直落下ではなく、斜めに落ちることに成功したのは、レイナの操作技術あってのことだった。


「うわ……死んでないでしょうね」


 まるでミサイルのような速度で校庭に落下する建御雷神。

200メートルほど砂をまき散らしながら滑っていく。


 砂煙が晴れてもなお、動かないその機体を見て、かぐやは生死を心配する。


「ゴホッゴホッ! さすが凄い頑丈ですね、通常機なら大破ですよ」


「死ぬかと思った……」


 倒れる建御雷神の背中のコクピットからレイナと田中が現れて、地面に降りる。


「なにやってんのよ、あんた操作下手になったの?」


「そういうならあなたが操作してみるといいです。剣也君じゃなきゃ、この機体は扱えません」


「私ならできるわよ」


「できません」


 目が合うとすぐに喧嘩を始めるかぐやとレイナ。

しかし、すぐに違和感に気づく、今はそれを止めれくれる人がいないことに。


「……やめよレイナ。剣也がいないと止めてくれる人がいないわ」


「そうですね、すみません」


 そしてレイナは、一心と目が合う。

すると、その雰囲気を察したのか一心がレイナに近寄ってくる。


「初めましてだな、私は黒神一心。あーなんだ、一応君の叔父ということになる。咲子は私の妹だからな」


「は、初めまして……レイナです。黒神咲子の娘のレイナ・シルフィードです」


 初対面のレイナと一心。

どこか気恥ずかしそうにしている二人。


「かぐやから話は聞いている。君にあったらなんて言おうか考えていたんだが……そうだな……私と咲子は中の良い兄弟とは言えなかった。それでもたった一人の妹だったんだ。家族として愛していた。大事に思っていた」


「……はい」


「だからな、レイナ」


 そして一心がレイナの前に立ち、その手を迷いながらもゆっくりとレイナの頭に置いた。

レイナはその頭に置かれた手を見つめる。


「私を家族と思ってくれ。妹の娘なんだ、私の娘のようなものさ! それにもうお転婆な娘がいる。あと一人ぐらい増えたってなんてことはないんだよ。それに君はかぐやよりも手がかからなさそうだしな」

「どういう意味よ」


 かぐやがその発言にツッコミを入れる。

そしてレイナは、そのなでられた手をずっと見つめていた。


「黒神さんと呼べば?」


「何を言ってる。一心でいい」

 

 そして。


「……似てます」


「ん?」


 するとレイナの目が潤みだす。


「この手……パパに。パパの手にそっくりです」


 一心とジークは体格がほぼ同じ。

どちらも軍人として鍛えぬかれた体格で、手の大きさはほぼ同じだった。


「そうか……辛い思いをたくさんしたね、私は君の味方だよ、信じてくれ」


 そして一心がレイナの頭をわしゃわしゃとなでる。

まるで、その仕草はジークがたまにレイナにするように。


「は˝い˝、一心叔父さん」


 その返しに一心はにっこり笑って受け入れる。


「田中、久しぶりだな。苦労をかけた、全部話してくれるか?」


「はい、ですがまずは」


 そして田中がレイナを見る。

その田中と目が合ったレイナ、そして一心とかぐやをまっすぐ見て思いを伝える。


「お願いがあります、叔父さん。かぐや! 剣也君を…」


 頼れるのはもうこの人達だけだから。


「助けてください!」

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