第93話 終結
時は少し戻る。
「剣也、お前はヴァルハラ城のできるだけ上空で滞空していてくれ。私が合図を送る。合図とともに、そのまま一直線に玉座の間に降りてきて……兄上を」
「わかった。大丈夫だ」
「……あぁ」
ロードの作戦は、単純だった。
オーディンをおびき出し、剣也に倒させる。
しかし慎重なオーディンをあぶりだすことは難しい。
「兄上は、いつも勝利を確信してからでなければ現れない。いつだって安全なところで戦っている。だから私は全兵力を戦場に出す。これは本当にだ」
「そんなことをしたら……」
「あぁ、私の周りには守る戦力はいなくなる。兄上もアースガルズの戦力はすべて把握しているし、こればかりは欺く方法はない」
「そして私は自分の命を犠牲にして兄上を呼び出す。総司令本部にいると思わせてな。その方法は多分兄上の浮遊航空艦からの砲撃だろう。逃げる暇も与えずにな」
「でもロードはそこにいないと」
「あぁ、私はヴァルハラ城で待つ、少し小細工を使うがな。そして私が死に、総司令本部が消滅したとき、兄上は間違いなくこの城で指揮を執ることにするはずだ」
「そして、俺が」
「あぁ、お前が」
…
そして今。
「さぁ兄上、チェックです。ひっくり返せますか?」
オーディンはその騎士を見て、絶望した。
リールベルトも、そのほかの軍人もすべて。
そもそも銃程度を武装したところで、生身で勝てる存在ではないKOG。
それも相手は、オシリスを倒して世界最強となった白き騎士。
剣神ソード・シルフィード、あの日の戦いは全員が見ていた。
自分達では逆立ちしても勝てるような相手ではないと。
オーディンは後ずさり、扉を出て逃げようとする。
しかし剣也が許さない。
その片手の剣を扉へとなげて、通路をふさぐ。
この広間の扉はその一つだけ、ならばもう袋のネズミとなったと同義。
「逃げられません、兄上。もう終わりなんです」
「なぜ……なぜだ!!」
オーディンはいまだ認められないと大きな声でわめき散らかす。
「兄上、降伏してください。降伏するなら命ぐらいは助けます。ただし一生牢に繋ぎますが」
「ロードぉぉぉ!!!」
ロードを睨みつけ、目から血を流しそうなほどに力を込める。
しかしロードは冷ややかな目でオーディンに視線を返す。
「くそ、くそ!! なぜだ、なぜ私はお前に勝てない! 私は兄だぞ、なぜ弟に勝てない!! なぜ!」
オーディンは思いの丈を吐き出し続ける。
ロードへの嫉妬、オーディンの心の奥底にあるのはいつだってロードへの嫉妬だった。
幼き日に教えたチェス。
はじめは嬉しかった。
弟ができるということに、少しだけワクワクした。
だから自分が最も得意で大好きなチェスを教えた。
一緒に遊ぶために、そして教えてあげるために、兄としての威厳を見せるために。
なのに、ものの数日で自分が何年も積み上げてきたものをあざ笑うかのように上回られた。
初めて敗北を味わった、ものが違うとはっきりと思い知らされた。
そして父もロードにご執心だった、軍人達もロードこそが皇帝になるべきだと、そのカリスマ性に憧れていた。
悔しかった。
「私は! 私こそが! 世界を統べるべき存在だ!! なのに、なぜみんなお前についていく!!」
その幼き頃に歪んだ感情が生み出したオーディン・アースガルズという存在。
そして銃を取り出した。
狙うのはロード、震える手でロードへと向ける。
「お、お前さえいなければ!! お前さえ現れなければ!! 私は!!! 私こそがぁぁ!! 死ねぇぇ!!」
一発の銃弾がロードに向かう。
しかしその銃弾は、剣也の神速の剣によって弾かれる。
その剣ごしに見えたロードの表情は少し悲しそうに。
「なぜそんな目をする! お前は! なぜお前は私をいつもそんな目で見る!! 私を憐れむな! 私はオーディン、第一王子だぞ!! くそ、くそぉぉぉ!!!」
オーディンは泣きわめき、悔しそうに叫び続ける。
何度も何度もロードへと発砲する。
しかし剣也を突破することなど、オーディンでは不可能だった。
「はぁはぁは………なぜ…」
そして膝をついて、うなだれる。
「剣也……すまないが」
「あぁ、わかってる」
そして剣也が剣を構える。
それを見たオーディンが突然笑いだす。
「ふふふ、ははは。そうだ、私は負けない。私は負けないよ。お前には」
そしてオーディンはその銃を自分の眉間に当てる。
「これで勝負はなかったことになる、私はお前には負けない!! お前にだけは、負けてない!!」
そのオーディンの奇行を、ロードは静かに見つめる。
もはや、あれは救えないと。
そして。
パーン!
そして乾いた音と共に、その銃弾がオーディンの脳を貫いた。
血が床にしみわたり、オーディンは鈍い音共に床に倒れる。
それを見たロードは、静かにつぶやく。
「あなたにもついてきてくれる人がたくさんいたはずです……兄上」
軍人達が次々と、銃を落とし手を挙げる。
主君の死。
降伏するには、十分すぎる理由だった。
「オーディン様……私も……お供します」
そしてもう一人、膝をついてうなだれるのは眼鏡の少年。
そしてリールベルトは、オーディンが持つ銃を手に取って。
ロードを、そして剣也を、にらみつける。
そして同じように自害した。
「リールベルトさん……」
剣也はそれを建御雷神の中から見つめる。
その最後の顔が、あまりにも知っている顔と違いすぎた。
◇
「ソード君、困ったことがあったら何でも聞いてくれ! 私は君の先輩なんだから!」
「了解です、頼りにしてます」
「はは、先輩なのに君の足元にも及ばないけどね」
「いえ、先輩なんて初めてですから……こんな感じなんですね。なんでしょう、何でも相談できる兄?」
「はは、年だけは食ってるからね」
「そうですね!」
「そうですね!?」
◇
「さようなら、リールベルトさん。演技だったとしても……おれは先輩のこと好きでした。もし兄がいたら……こんな感じだったのかなって」
剣也はリールベルトが裏切ったことは知っている。
いや、初めから敵だった。
しかし、それでも半年一緒に過ごして思った感情は、ただただ優しい先輩だった、兄のように。
乾いた銃声が響き渡った古城でオーディンは死んだ、追従するようにリールベルトも。
そしてロードが世界の支配者として君臨する。
勝利というには、あまりにも後味が悪い。
でもこれが勝利するということ、人を殺すということだと剣也は理解する。
それでも思い出が剣也の心をえぐって、涙を流させる。
「剣也、今までありがとう」
「俺はなにも……何もしてないよ」
「……いや、違う。今日までだ」
「え?」
その言葉の意味を理解することは剣也にはできなかった。
しかしその場でロードが答えることはなく、静かな玉座にロードの声が響きわたる。
「オーディンについていた、アースガルズ軍よ。私は一切この件について不問とする! 武器を捨てろ!」
そのロードの宣言は、オーディンの陣営の残存勢力を士気をすべて根こそぎ奪い取った。
彼らもまた皇族の命令は絶対のもと、オーディンの部下として行動していただけだから。
次々と投降するオーディンの部下達、そしてロードは再度通信で前線を張っているアースガルズ軍へと命令を出す。
そして同時に世界連合と共に戦っていたオーディンの陣営すべてにも。
「オーディンは死んだ、全アースガルズ軍へ次ぐ。アースガルズへと帰還せよ。世界連合に与しているものもすべてだ。私はすべてを不問にする」
硬直していたすべての戦場のアースガルズ軍へとその通信は届けられる。
それはもちろん、味方にも。
「オーディン様が……やりましたな、ロード様。おい! お前達帰るぞ! 戦争は終わる! あのあほ共を助けてやれ! もう味方だ!」
「了解です、オルグ様!」
「ロード様……一体どうやったかはわかりませんが、さすがです。お前達! 全員かえりますよ、世界連合についているオーディン様の部下にも伝えてあげなさい! もう我々は戦う必要はないと」
「了解です、ラミア様!」
敵味方とわず、すべてのアースガルズ軍へと届けられた。
戦場は混乱する、先ほどまで一緒に戦っていたオーディンのアースガルズ軍が次々と離反して、敵陣営へと向かっていくのだから。
そしてそれを全て受け入れるアースガルズ軍。もはや戦力差はそこにはない。
それを見た白蓮は。
「父上! 一体何が起きているのです!」
「わからん! オーディンが同盟を破棄すると言ったとたん、これだ。オーディンが死んだと、しかし何が起きたかは……真偽のほども」
玄武もカミールも、世界連合はすべてが混乱する。
「白蓮! これでは戦いどころではないぞ! 敵も味方もわからん! 陣形もくそもない」
「……くっ。わかった。全軍撤退! 世界連合軍は一時撤退とする!」
そして世界連合も引いていく。
これを合図にすべての戦場での戦闘が終わり、それぞれが国へと帰還した。
アースガルズ人はアースガルズへ、世界連合軍は、世界連合総本部 中武へと。
この日世界大戦は終結した。
オーディンの死と共に。
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