第92話 この世界のルール

「ついたか」


 オーディンの航空艦、がヴァルハラを視界に入れる。

一万のKOGがロードを逃がさないように囲むようにヴァルハラを包囲する。


 そして目の前には帝都ヴァルハラ。

巨大な建物がいくつも並び、その中心にはまるで古城のような巨大なヴァルハラ城。


 まだ距離はあり、目視ではうっすらとしか見ることはできなかった。


「どうだ? リールベルト」


「まだ部屋にこもって指揮を執っているとのことです。ではオーディン様ご命令を」


「あぁ、神の雷。機動準備」


「了解しました!」


 そしてエネルギーが充填され始める。


 と同時に、通信がオーディンへと向けられる。

アースガルズ軍全員に向けた放送を浮遊航空艦ゼウスは受け取った。


 その送り主は。


「兄上! 何をするつもりですか!」


「……ロードか。どうした慌てて。それとも敗北を悟ったか?」


 その映像には、見慣れた光景。

ロードと、かつての自分の部屋、軍事総司令室の背景が映る。

ゼウスが近づき、ヴァルハラが包囲されたことを知ったロードからの緊急通信。


 その声は焦りに満ちている。


「……あなたは間違っている!」


「私がか? 違うな、間違っているのはお前だロード。世界には支配者が必要だ」


「神にでもなるおつもりですか」


「そうだな、私は神になろう。この世界の家畜共の。そして選ばれた我々アースガルズが世界を統べるための神に」


「我々人類はいつかきっと分かり合える」


「夢物語を……ならば、止めてみるがいい。屍となって」


 そしてオーディンは航空艦ゼウスの指令室の玉座を立つ。

そして命令を下した、ゼウスが持つ最大最高火力のエネルギー砲。


 街すら一瞬で灰にする神の雷となずけられたその砲撃を。


 たった一人の男を殺すために、たった一言。


「放て」


 起動レバーが押され、エネルギーが充填されていく。

赤い光がゼウスの砲台に集まっていき、光の粒子が煌めく。


 帝都ヴァルハラにいた多くのアースガルズ人が空を見上げる。

まだ空も明るいのに、なぜまるで夕焼けのように空が赤いのか。


 そして。


 直後帝都にいた全員が耳をふさぐ。

甲高い音が世界に響く、そのエネルギー砲が放たれて赤い一閃が帝都を襲う。


「な、なんだ? 雷? 爆撃?」


 住民たちが慌てて周りを見渡した。

まるで巨大な爆弾でも落ちたのかと。

 

 そして見た光景は。


「お、おい……あれ……あそこって……」


 信じられないものだった。


「軍の……総司令本部が……無くなった……」

「いまあそこって……ロード様が指揮をとられて……」


 倒壊した、燃えた、それならまだわかる。

しかし、そんな次元の話ではなく、文字通り消し飛んだ。

総司令本部があった場所には地面深くまで巨大な穴。

 周辺は熱で土すら溶け出している。


 総司令本部は消滅した、そしてロードも。


「命中、総司令本部は……消滅しました。そして」


 映像も砂嵐しか映さない。


 間違いなく今の砲撃で映像は途絶えた。


 その部下からの報告をオーディンは黙って聞く。

そして見つめる先は帝都、その表情は決して嬉しそうなどではなかった。


「終わりですね……オーディン様」


「……そうだな、あれでは骨も残らんだろう。屍となってといったが、これでは死体も残らんな」


「……はい、映像も途絶えました。今確実にロードは死にました」


「……そうか。終わったのか」


 オーディンは、それでも少し信じられないという気持ちで天を仰ぐ。

ロードという存在を殺すことができたことを、あの天才を殺すことができたことを。


 しかしあの砲撃で生き残るわけがない。


 そしてオーディンはそのままゼウスを真っすぐと航空させ、ヴァルハラへと到着した。

もうオーディンの敵はいないから、あそこは我が国となったのだから。

見渡せば砲撃によって逃げ惑う民、消滅した総司令本部。


 そして悠然と遥か昔からその姿変えない古城。


 我が家でもある城を見つめる。


「ヴァルハラ城へ行け、そこが今から総司令本部だ。私の城のな」


「了解しました」


 オーディンは、そのまま浮遊航空艦ゼウスを自分の居城であるヴァルハラ城へ。

広場に着陸させ、その場に降りる。

ロードが死んだ今、アースガルズ軍は瓦解し始める、だからこそすぐに指揮を執ってまとめ上げる必要がある。


 なぜならこの後に控えているのは世界連合との戦いなのだから。


 だから気持ちを切り替える。


「ロードは死んだ。私が皇帝だ」


 そしてもう一度口に出す。

信じたくて言い聞かせるように。


 そして向かうのは、ただひとつ。


 必ず自分の物になると確信していた席。

まさか、奪われるとは思わなかったその席。


 玉座の間へと、オーディン、そしてリールベルトが足を進める。


「ついにですね、オーディン様」


「しかしこれは始まりだ。まだやることは多いぞ、リールベルト」


 巨大な扉を勢いよく開き、そして巨大な広間へと。

ヴァルハラ城には、誰もいなかった。

主を失ったその古城は、ただ悠然と聳え立つ、新しい主を待って。


「ついに、私のものになるのだな」


 オーディンはその一歩を踏み出した。

灯りがついておらず薄暗いその玉座の間。

ここは、パーティも開かれる大広間、天井も高く、あの日帝国剣武祭が宣言された場所。

煌びやかな装飾が施され、その椅子に座ることが許されているのは世界でただ一人。


 そしてオーディンはその玉座を見た。


 そして。


「なぜ……」


 声を失った。


「お待ちしていました。兄上」


 薄暗い玉座に座っていたのは、ロード。

跡形もなく消し飛んだはずのロード・アースガルズが玉座に座る。

不遜な態度で、たった一人。


 薄暗い部屋の玉座に座る。


 オーディンは信じられないという顔をする。


「なぜおまえはここにいる。なぜお前は生きている。お前は指揮をとっていたはず……総司令本部で」


「私は指令本部にはいませんでしたよ、ずっとここで指揮をとっていました。兄上と会話したあの映像は事前にとっていたものです。話があまりかみ合わなかったでしょう? まぁあなたが私としっかり対話などしないのはわかっていましたから」


 ロードは、総司令本部室で一人籠って指揮を執ると全員に指示した。

オーディンのスパイがどこにいるかわからなかったため協力者は得られずに。


 ただ一人この玉座にて通信で指揮を執り続けた。


 そしてあの映像だけは、事前に撮っていたものを流しただけ。

オーディンとのやり取りをロードは事前に予測していた、良く知った兄ならきっとこう返すと分かっていたから。


「……そうか、しょうもない小細工をしよって。しかしここにお前の軍はいない。戦力差は歴然だ」


 そしてオーディンが手を挙げる。


 多くの軍人がその玉座の間に入ってくる。

そして外にはKOGも待機している。


 ヴァルハラにはロードの軍はいない。

それは識別信号からも明らかだった。

この国に、ロードを守るKOGはいない。


 たとえ、ゼウスの神の雷を虚偽によって凌いだとしても勝利はない。


「降伏するなら命ぐらいは助けてやろう。ただし一生牢に繋がれるがな」


 しかしロードに焦りはない。


「兄上。覚えていますか? あの日のことを」


「あの日?」


 ロードが静かに立ち上がる。


「ええ、あの日。幼き頃私があなたに初めて勝利できそうになった日のことです。私がチェックをしたとき、あなたは盤をひっくり返し、試合すら無かったことにした。あなたはいつもそうだ。私と戦わず違うところで戦っている。帝国剣武祭のときもそうだった」


「それが戦略というものだ。負け惜しみを言うな」


「そうですね、あなたはいつもルールの外で戦っている。たとえそれが正義とはかけ離れていても、目的のためには手段は択ばない」


 そしてロードは手に持っているデバイスでメッセージを送信する。


「でも、否定はしません。この世界のルールは、何でもありですから。だから私もあなたから学ばせてもらった……盤上の外からの戦いを。だから!」


「なにをいって──!?」


 直後、雷鳴が鳴った。

オーディン達は頭を伏せる。

まるで天が爆発したかのような音共に、空から何かが降ってきた。


「まさか……」


 オーディンは見た。


 爆音と共に天井が穿たれ、太陽の光がそれを照らした。


 二振りの剣を持つ、純白の白き巨人の騎士。


「さぁ、兄上、チェックです」


 オーディンとロードの間に降り立つ騎士が剣を向ける。

二振りの世界最強の剣を。


「盤をひっくり返せますか?」


 オーディンの絶望の顔に向けて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る