第91話 浮遊航空艦『ゼウス』

「なぜだ!」


 世界連合総司令本部。

そこで玄武は声を上げる。

世界大戦がはじまって一週間近くが経過していた。


「戦力差は3倍とは言わんでも、2倍に近いはずだぞ。なぜことごとく敗北していく!」


 部下からの報告は、常に敗北の報告。

白蓮も、三英傑と戦っており戦場は手が離せない。


「……私達は見誤っていたのかもしれません。ロード・アースガルズという存在を。いや、もしかしたら成長しているのかも」


 その横で報告を聞いていたカミールも額に手を当て考え込むように、空を仰ぐ。

かつてのEU大戦は戦力では向こうが上、ならば敗北も仕方ないと思っていた。

しかし今度はどうだろう、EU、アジア連合、そしてオーディンの力が合わさり戦力差は二倍近い。


 なのに、勝てない。


 第一次世界大戦がはじまってから戦場は、世界中で広がり、アースガルズの国土のいたるところで局所的な闘いが起きていた。


 しかし、そのどれもが。


「ここまでやって全戦全敗、一度たりとも国境を越えられんとは……かろうじて白蓮とトールの場所が押しているか」


 玄武はロードの力を知らない。

アジア連合は、アースガルズと戦争をしていなかったから。


 しかしカミールは知っている。

EUは、ことごとくあの悪魔に敗北したのだから。


「たった一人の才能が……世界すら飲み込むか」


 カミールは、あの悪夢を思い出す。

何をやってもその上をいかれて敗北してきた過去の大戦を。

どんな策を弄しても、どんな奇策を弄しても、すべて見透かされて上回る。


 あの悪夢のような戦いを。


「オーディンは、何をしている! あいつはどこにいっているんだ! あいつの戦力もすべて出させるべきだろう!」


 普段穏やかな玄武が声を上げる。

その反応から、彼の苛立ちをあらわすように。

オーディンの戦力の大半は世界連合と共闘していた。


 だからこそ、この場にいなくても文句はなかったのだが。

こうも敗北が続くとそうもいってられなかった。


 すると、その叫びを待っていたかのように。


「オーディン様は、もうここにはおられません」


 オーディンの部下らしき一人のアースガルズ人が総司令本部に入ってくる。


「お前は……オーディンの部下か。説明願おうか。オーディン殿はどこへ?」


「説明は不要かと、オーディン様はすべて計画通りと笑っておられましたから。ご伝言を預かっております」


「計画通り?……なんだというんだ」


 そしてその部下が、アースガルズ軍人が口を開く。


 そのあとに自分がどうなるかわかっていながらも主の命令を忠実に。


「同盟は今この時をもって破棄させてもらう……と」



「長旅お疲れさまでした。オーディン様」


 オーディンを出迎えるリールベルト。

同盟破棄を命じて、オーディンはやってきた。


 そこは、ロードも知らないオーディンの避暑地。

アースガルズにあってなお、広大な面積をオーディン一人のプライベート空間として利用している。

四方を山に囲まれたその地に、一万を超えるKOGが待機していた。


 オーディンがあの日に逃がした軍は世界連合と共闘しているもの以外、すべてここに格納している。


 もちろん、直接ではなく後を追えないように遠回りしてだが。


「全軍準備はできているな。リールベルト」


「はい、もちろんです」


「あいつはヴァルハラにいるんだな?」


「はい、部下からの報告では今も総司令本部で指揮を執っているとのことです」


「そうか、あいつらしいな。最後までプレイヤーであることを望むか」


 ロードのもとへもぐりこませている部下からは総司令本部室で今も指揮を執っているとのこと。

集中したいとのことなので、一人で部屋に入ってからは通信のみで指示を出している。


「はい。今ヴァルハラにはろくな戦力はありません」


「あぁ、戦場にでているものでほぼすべてだろう」


 オーディンはこの時を待っていた。

世界連合との戦い、ロード・アースガルズならば、あの天才ならば。

この戦力差でもきっと勝利に近い形までもっていく。


 世界連合とオーディンの軍を合わせた大軍隊を相手でも。


 しかしそれはそれ相応の戦力を出さねば達成できない。


 オーディンはアースガルズ軍の戦力をすべて理解している。

だからこそ、すべての戦場を確認して今アースガルズの全軍は国境沿いの戦場に全てでていることを把握した。


 そしてここは、アースガルズ内のロードも知らない、オーディンの避暑地。


「では行こうか」


「はっ!」


(ロード。私はお前とチェスをするつもりはない。お前は盤上では強い。しかし、それゆえにそれ以外では、付け入る隙を持つ)


 ロードの弱点をオーディンは知っている。

帝国剣武祭の時もそうだった。

ひとたび戦場にでれば、負けなしの指揮官。

だからこそ、その自信が穴となり、搦手はオーディンが一枚上手を取ってきた。


「いつでもいけます、オーディン様」


 そしてオーディンは、空飛ぶ要塞に乗り込んだ。

最先端技術の粋を集めてつくられた空飛ぶ浮遊航空艦。

世界に戦争を仕掛けるために開発させたオーディンの切り札。


 最先端テクノロジーで一週間近く空に滞空が可能な巨大な船。

その大きさは、海を渡す空母にも匹敵する。


 オーディンはその船に名を付けた。

浮遊航空艦『ゼウス』、世界の支配者が乗る船として。

その船の最大の特徴は、半径10メートルを超える巨大な筒から放たれるエネルギー砲。

神の雷と名付けられたエネルギー砲は、最大出力で町一つを燃やし尽くす。


 オーディンの切り札だった。


 そしてゼウスが空に浮かぶ。

追従するように一万のKOGが後を追う。


「さぁ、いこうか。我が愚弟を殺し、真の皇帝は誰かを教えるために」


 オーディンの狙いはただひとつ。

ロードを殺し、政権を奪い返す。

そして世界連合に潜り込んだアースガルズ軍ともども牙を剥き世界連合も倒す。

だからこそ、アースガルズ軍にはできるだけ損害は軽微である必要がある。


 すべてはオーディンの計画通り。


 アースガルズを、世界を、すべてを手に入れるための。


「全軍前進! ヴァルハラへ! 目標は総司令本部! 砲撃を使ってロードもろとも消滅させる」

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