第90話 世界大戦 開戦

「オーディン様、準備ができました」


「……そうか」


 リールベルトの報告に、オーディンは立ち上がる。

世界大戦の宣言から一月近く、世界連合の準備は完了した。


 そしてオーディン・アースガルズも同様に。


 ロード・アースガルズも同様に。


 世界の覇権を握るための戦いの主役達が舞台にあがる。

かつてない規模の全世界の人間が当事者となる戦争へ。


「兄より優れた弟か……」


「いえ、オーディン様こそ世界の支配者になられるべきお方です。ロードなどよりも」


「あいつは天才だよ。私とはものが違う。だが、だからこそ」


 リールベルトの発言を取り消すように敵であるロードを褒めるオーディン。

オーディンは誰よりも認めている、ロードという特別な才能を、それでも。


「上に立つ男ではない。あいつはプレイヤーであって、リーダーではないのだから」



「剣也、入る……何をしているんだ。お前達は」


 ロードが病室に入ると、そこには半裸のナース服のレイナが剣也の上にまたがっている。


「ち、違う! これはレイナが! 無理やり!」


「これから命がけの戦いが始まるのでせめて、抱いてもらおうかと。どうですか? 興奮しますか?」


「羞恥心はどこに置いてきたんだ! だめだって! なんでそんなにかぐやとの約束を破らせようとするんだ!」


「羞恥心はあの日ママのお墓に置いてきました。それにかぐやには負けたくないので。でも……仕方ありませんね、今日のところはこれで勘弁してあげます」


「はぁ……毎日毎日、もうこれは拷問だよ」


 いちゃいちゃしている自分の騎士を見てため息を吐くロード。

レイナも服を整えて、剣也の隣に座るりロードの話を聞こうとする。


「もう体調は十分なようだな」


「あぁ、もう退院してもいいと思うんだけど、レイナが許可をくれなくて」


「もう少し、病院にいてください」


(まだオシリスさんとの修行の途中ですし)


 できれば、びっくりさせたいレイナは毎日オシリスと死に物狂いの訓練をしている。

一日の中で、この時間だけが幸せな時間。

覚悟を決めたレイナは、あらゆる技術をオシリスから吸収する。


 元々才能の塊だったレイナは、元最強からの厳しい訓練を行うことで開花する。


 その強さは今や聖騎士長レベルに至ったと言っていい。


(昨日はジンさんにも初めて一回勝てましたし、私はまだまだ強くなれる)


 強くなりたいと意識するだけで、人は変わるのだということを体現するかのように。


「で、ロード。どうするんだ?」


「あぁ剣也。お前に頼みがあってきたんだ。今回の作戦は、最後の締めだけはお前に頼みたい。最後のチェックを決める役目を」


 ロードは剣也の肩を叩き、真っすぐと見て思いを伝える。


「お前に頼みたい」


「いいのか?」


「あぁ、道は私が作る。舞台もだ、だから剣也、その剣で終わらせてくれ、我が兄を」


 その目の奥には悲しさが宿る。

あんな兄でもロードにとっては、兄なのだから、何か思うところはあるのだろう。


 剣也はそう理解して、それでも覚悟を受け取った。


「……任せろ、俺はお前の剣だから」


「あぁ」


 

 アジア連合、世界連合の総本部 中武 首都神威。


「では、オーディン殿。宣言はお願いします? 今回の戦争。錦の御旗を持つのはあなたですから」


 玄武とカミール、そしてオーディンが目の前の大軍を前に開戦を宣言する。

アースガルズ製の機体、EU製の機体、アジア連合製の機体。

それぞれが見た目が異なる機体を持つが、今日この日のためにすべては白く塗りつぶされる。


 黒色のアースガルズのKOGに対比するように。


 そしてその10万を超える真っ白な軍隊を見下ろすように壇上に上がるオーディン。


「今私の前には、世界の力が結集している……」


 その始まりは静かに、世界中に響き渡る。


「この白く塗りつぶされた機体、戦争の道具、KOG。その名は我が父、オルゴール・アースガルズがかつて名付けたものだ。我々は遥か昔は木の棒で戦った。そして剣が生まれ、そして弓で、そして銃で。我々は戦い続けた。それが人の歴史だ。戦いこそが人の歴史。誰にも否定できない事実。だがその中で我々人類は間違いなく進歩してきた」


 かつてオルゴール・アースガルズが皇帝となった時。

開発されたのがKnight of the Giant、まるで巨人の騎士だと皇帝が名付けた。


「そして生まれたのが、諸君らが乗っているKOG。今我々人類が到達した最高地点の技術。英知の結晶だ。なぜ我々はその兵器にたどり着いたのか。木の棒からたどり着けたのか。それはひとえに変わっていないからだ。半裸で世界を歩き回った時代から私達は何も変わっていない! 私達の心の奥底にあるもの。それは!」


 ひと呼吸おいて、考える時間を聴衆に与える。


 そしてオーディンは答えを述べる。


「死にたくないという本能だけだ。戦争は世界の技術を前に進める。それは平和ではあり得ない速度で真っすぐと、人類の底力を見せつけるようにありえない速度で。それはなぜか。それは我々が死にたくないからだ! 死にたくない、殺されたくない、だから相手を殺す。それこそが人間が持つ最も強い感情だ」


 オーディンの声が強くなる。

死にたくないからと強調する。


「我々は戦う、なぜか! 死にたくないからだ! 我々は戦う、なぜか! 自由に生きたいからだ! そのためならば、人種の違いも、文化の違いも、かつての恨みもすべてを超えて手をつなげる! 我々人類は前に進める! それが今! 諸君らが、アースガルズ人が、アジア人が、欧米人が、共に並び立つ理由だ! だから!」


 そしてオーディンが拳を掲げる。


「勝利しよう。これが我々人類の最後の戦いであることを願って。全兵士に命令する! 全KOG起動!!」


 その叫びと共に、待機しているKOGすべてが起動し、空に浮かぶ。

十万をこえるKOGが、陸続きになっているアースガルズ帝国に牙を剥く。


「進軍先は、帝都ヴァルハラ! 進軍目標は」


 その世界すべての目標は。


「ロード・アースガルズ! ただ一人!」



 第一次世界大戦は開戦した。

その戦場は、かつてない巨大な戦場、把握するだけでも20を超える。


 アースガルズの国土は広い。

そのため、戦場は一つ二つどころではなく、全面戦争の言葉通り、戦場は数多生まれる。


 しかし、アースガルズには優秀な指揮官が多い。


「敵さんがきよったぞ。丁寧に出迎えろよ、お前達!!」


「了解です、オルグさん! 銃弾の雨がウェルカムドリンクっすね!」


「その通りだ! 鉛玉を腹いっぱい食わせてやれ! 総員、構え!」


 三英傑が一人、オルグ・オベリスク。

本物の戦争を生き抜いてきた猛将の一人、彼の戦場は多くの死者を出す。

ただし、敵はその倍以上が死んでいく。


 そしてもう一人。


「作戦は、伝えた通り。ロード様ではありませんので、適時修正は必要です。わかりましたね」


「ラミア様のためならこの命惜しくはありません! 存分に駒としてお使いください!」


「あなたは優秀な駒ね。大丈夫、ちゃんと意味のある死をあげるから」


「ありがたき幸せ!」


 戦略、戦術、両方が世界トップレベルの女傑。

ラミア・シルバーナ30歳、恋人なし。


「ジーク先輩、私が仇を取ってあげます。あいつらの屍。何体あれば、笑って逝けますか……」


 ジークを愛した、一人の後輩が戦場を指揮する。


 今や二人となった三英傑は、戦場を蹂躙した。

世界連合も数の上では優勢だった、しかし明らかに人財ではアースガルズが勝利している。


 そして最後の一人。

首都ヴァルハラのアースガルズ軍総司令本部室でたった一人ロードは座る。

その目の前には10を超えるモニターを用意して。


「戦場Bのオメガ隊を、エリアA-23へ、戦場Eのアルファ隊は、その場で待機、右からの敵影が見え次第対処。戦場Cはブラボ隊はエリアCー2へ、伏兵がいる。ベータ隊と共に叩け……そして」


 目の前のスクリーンにはオルグや、ラミアなど優秀な指揮官に任せた戦場以外すべてが映し出される。


 集中したいからと、たった一人。

その部屋から通信で指令を各指揮官に伝えていく。


「指示を伝えるだけで、精一杯ですのに………さすがです。ロード様」


 目まぐるしく動き回る戦場すべてを把握する。

それはまるで名人が、多面打ちするかのように。


 次々と敗北していく世界連合、ロードの戦場にただの一度の敗北もなく。


「戦場B、制圧完了です。続いて戦場Cも……損害軽微! 圧倒的勝利です!」


 その戦争で、世界連合は思い出す。


 かつてEUを滅ぼしかけた最強の指揮官の力を。

戦場の知恵比べでは誰も勝てない悪魔の頭脳を。


「兄上。早く出てこないと、世界連合を倒しますよ。まぁそれも狙いなのでしょうが」


 世界を手玉にするロード。

彼の目にはすべての戦場が見えていた。


 そんな攻防が一週間近く続く。

終始アースガルズが押しているように見えた戦争。

それでも戦力差で拮抗し、戦場は動かない。


 いや、正確にいえば。


「これで戦場は大きく動かなくなっただろう、主要な拠点はすべて抑えた」


 ロードの狙い通りに次第と戦場は硬直へと導かれる。


「さてと、舞台は整えた。後は最後の準備だけだな」



「じゃあ、行ってきます。田中さん」


「……頑張れ、剣也君。私はいつもこう言ってばかりだな」


「剣也君、無理はしないでください。私もアフロディーテの整備が終われば……あと数日かかるそうです……すみません」


「ま、まぁ、盛大に壊したの俺だしね」


(ロードにいって、整備を遅らせてもらったのは内緒だが)


 剣也としては、これですべてが終わるのならば、レイナとかぐやには危険な目には合ってほしくない。

だから、ばれたら絶対に怒られるとわかっていても、ロードに頼み込んでレイナの専用機の整備を遅らせてもらった。


 通常機でついてこようとするもんだから、それでは足手まといになると無理やり納得させた剣也。


「大丈夫、俺は目的を達成する。そしたら……レイナ。今日の続きをしよう」


「絶対ですよ、じゃあ。これぐらいはいいですよね。ん……」


 そして剣也に唇を向けるレイナ。

剣也はそれに答える、これぐらいはかぐやも許してくれるだろう。


 そして建御雷神に乗り込む剣也。


「ロード、聞こえるか?」


「あぁ、舞台は整った」


「じゃあ、やるよ。俺が終わらせる」


「……頼む、我が兄を、オーディンを」


 感情を動かさないように、タンタンとロードは話す。

そして剣也に出す命令は、ただ一つ。


「殺してくれ」 

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