第89話 白衣の天使

 演説が終わり、ロードを見る剣也。


「……こういうことか……オーディンが世界連合と手を組むなんて」


「あぁ、オーディンと世界連合どちらも相手どらなければならない。先ほど言っただろう。三つの勢力のうち二つが争えば、残り一つが特をする。

ならば、二つが手を組んで一つを責めればいいだけだ。そして兄上ならそれをしてくると思ったよ。なぜなら兄上だけがそれをできる立場にある」


 ロードの読み通りの行動をしてくるオーディン。

帝国剣武祭の日戦えば、漁夫の利となるのは世界連合だった。

しかし、手を結んだ後に戦えば話は違う。


「どうする、ロード。俺は戦うよ」


「そうだな、しかしお前はまず体調を万全にしろ。まだ症状も残っているだろう」


「それはそうだけど……」


 帝国剣武祭で肺炎となった剣也。

最新医療で治療したとはいえ、そのあとにも無理をしたため症状は悪化していた。


「それに、ここからは私の戦場だ。お前はもう十分戦ってくれたよ。あとは任せて少し休め」


 ロードが立ち上がり、剣也に背を向ける。


「俺だってまだ!」


 立ち上がって抗議する剣也、それを手で制するロード。


「剣也……確かに私はお前に負けた。だから心配されるのもわかる。でもな」


 そしてロードは振り返る。


「私を誰だと思っている。私のでる戦場に敗北はない」


 少しニヒルな笑いを浮かべて剣也を見る。


「お前がいない限りはな」


 世界を震えさせた無敗の指揮官、ロード・アースガルズの真骨頂。

戦場では、彼の横に並ぶものはいない。

EUの半分をただの一度の敗北もなく奪い取った悪魔の頭脳。


 その少年は誰にも負けない世界の敵。


 彼に勝てるとしたらただ一人。

 

 世界最強の白き騎士だけ。



 ロードに追い返されて、病院にとんぼ返りした剣也。


 それから数日が立ち、体調も随分とよくなった。


「剣也君、建御雷神の整備を始めるよ。しばらくかかりそうだ。その間にしっかりと休むんだよ、いつ世界連合が攻めてくるかわからないし」


 病室で寝転がる剣也のもとに田中が戻ってくる。

ジークの葬式以来だが、少しずつ元気を取り戻しているように思えた。


「大分ましですけどね。……田中さんはこれからどうするんですか?」


「……わからない。ジークさんの最後の言葉は、君を頼むということだった。今世界連合にいくべきなのか、ロードがオーディンを倒すのを待つべきなのか……機械ばかりいじっていたからこういうことには疎くてね。政治力は余りないんだ」


 日本は確かに世界連合によって奪還された。

しかし、ジークの言葉を裏切って剣也を捨てて日本に戻るべきなのか。

それとも最後まで剣也をサポートするべきなのか。


 田中はわからなくなっていた。


「確かに私のレジスタンスになった理由は、日本のためだ。いや、正確には……。まぁそれはいい。とにかく大切なものを奪われたからだった。でも今は」


 そして田中は剣也の頭をなでる。


「君だって私の大切なものなんだ。だから捨てるなんてできないよ。剣也君」


 その手はとても優しくて、どこかジークさんを思い出す。


「田中さん……」


「まぁ、敵が来たら私は一目散に逃げるからよろしく。私の戦闘力のなさはすさまじいぞ」


「ふふ、了解です。足止めは任せてください」


 笑い合う二人、するとふと田中が何かに気づいてもう一度笑う。


「さてと、じゃあ私はお暇するよ。また連絡をくれ。いつでも動かせるようにしておく、ロードが帝都の整備場を貸してくれてね。ヴァルハラ城の近くだ」


「それはよかったです! 了解しました!」


「じゃあ、あとは若い者だけで」


「え?」


 そして田中が病室をでる、すると入れ替わるように入ってきたのは銀髪の少女。


 銀色の長い髪、肌は白く、目は蒼い。

胸は大きく、ありとあらゆるところが女性らしい。


 そしてなぜか。


「なんでナース服なの? レイナ」


「好きかと思って……借りてきました。エッチなことしますか?」


「ぶっ!」


 盛大にむせる剣也。

なぜかナース服をきたレイナが病室に入ってくる。

美人は何をしても似合うが、ナース服が嫌いな男なんていないはずだ。


 エッチな看護師にエッチなことをしてもらう想像をしない男なんていない。


「冗談ですよ、剣也君。望まれるならいいですけど。やぶっちゃいます? 約束♥」


「どこでそんなこと覚えてくるんだ……」


 あの日からレイナは、感情豊かに笑うようになった。

母の死を思い出し、それでも剣也のために乗り越えた。


 しかしその矢先の父の死。

それでもレイナは乗り越えた。

かぐやと泣き合ったあの日に、すべてを出し切ったかのように。


 もちろんまだ悲しいだろう、それでも明るくなったと思う。


「剣也君、食事です。食べさせてほしいですよね?」


「いや、自分で──」


「病人は言うことを聞いてください。めっ! です」


「なにそれ、もう一回して」


 剣也の前に指を一本立て、自分の腰に手をやり、可愛いポーズで剣也の反抗を許さない。


「めっ! です。あれ? 剣也君どうしました?」


 目を閉じて、ジークさんのことを思い浮かべる剣也。

冷静になれ、冷静になれ、約束しただろ。


 するとレイナが剣也の横に来て、ベッドに座る。

いい匂いが剣也の鼻孔を貫いた。


(かぐや、約束破ったらごめん。男は頭じゃなくて、下半身で考える生き物なんだ)


「レイナ!」


「きゃっ♥」


ブーブーブー


 かぐやへのレイナとのいちゃいちゃは禁止するという約束を破ってしまいそうになる剣也。

しかし、まるで怒ったかのようにデバイスが鳴る。

そしてデバイスを開きメッセージを見る剣也。


==========

約束破ったらもぐわよ

==========


「なにを!?」


 とたんにたまひゅんして血の気が引く剣也。


 先ほどまで幸せ空間だったのに、寒気が襲う。


 続くメッセージには、本題が入っていた。


======================

本題だけど、世界連合+オーディンが進軍準備を開始した。

もうそっちにも情報は行ってると思うけど。


私は日本の防衛を任された、というか志願した。

だから剣也と戦うことは絶対にない。

それに私の目的は日本の奪還で、

そしてまた奪われないことだから。

======================


「そうか……もう始まるのか」


 かぐやのメッセージで戦争が始まることを再度理解する剣也。

かぐやは戦場にはこないそうなので、それはひとまず安心した。


「オーディンを倒せば……世界は平和になるのかな……」


「きっとなります。平和をみんな望んでいるはずですから」


「……そうだね」


 そしてレイナは、席を立つ。

食べさせてくれるといったのはただの冗談だったようだ。


「じゃあ、私は行きます。長居はできませんが、また明日来ますね」


「うん、なんか忙しそうだけど大丈夫?」


「はい! 私は強くなるんです!」


「……そっか」


 少し頭をかしげる剣也。

レイナは、何かをやろうとしているが自主練習かな? と納得する剣也。

そしてナース姿のレイナが部屋を出る。


 残された剣也は少し寂しそうに、また眠りにつく。


 来るべき日の戦いに備えて。



「またきたのか……」


「なんどでも来ます。私は強くならないといけないから。だから私に戦い方を教えてください」


 レイナは同じ病院の別室に男に話しかける。


 真剣に、まっすぐな目で。


「あいつのためか?」


「はい、並ぶために」


「……生半可な努力では、背中すら見えんぞ。あの男は」


「望むところです」


 そして男と少女は見つめ合う。

少女の目の奥の炎を見つめる男。


「……いい目だ、お前の父を思い出す。……その前に一つ聞かせてくれ、レイナ君………なぜナース服なんだ?」


「剣也君を喜ばしてきました。好きですよね? 男の人ってこういうの」


「ふっ。ははは! そうかそうか、そりゃみんな大好きだ。喜んでいただろうあいつは。お前にべたぼれのようだったしな」


 そしてその男は高らかに笑う。

レイナはその発言を聞いて赤い顔でくねくねと喜ぶ。


「それに、もう私の前では偽名すらつかわんか。あの時盛大に叫んだからな。私以外も聞いていただろうが、まぁ仇名ぐらいにしか思ってなさそうだがな」


 そしてその男は立ち上がる。

ベッドで横たわっていた男は身体を包帯で巻かれていた。

右腕が無くなり、隻腕の男。


「いいだろう、実はもう退院してもいいのだが、少し無気力になっていてな。だが、そうだな、次の世代を育てるのも私の仕事か……繋いでいかなくてはな」


 そして男は立ち上がって、レイナを見る。


「私はお前の恋人のように優しくはないぞ?」


「だからです。剣也君では私を甘やかせる。それに私は剣也君を除けば貴方ほど強い人を知らない」


 レイナは、剣也と並び立つために、足を引っ張らないために修行することにした。


 その時真っ先に思いついたのが、この隻腕の男。

あの日剣也と死闘を繰り広げ、世界の頂点を争った間違いなく剣也を除けば世界最強の男。


 だからレイナはこの人物以外はないと思った。


「いいだろう、鍛えてやる。ただし、泣き言を言ったらすぐに辞めるからな」


「はい! よろしくお願いします!」


 そしてレイナは頭を下げて、綺麗な姿勢でお辞儀する。


「オシリスさん!」

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