第88話 世界大戦

 時は少し遡る。


「玄武さん! 本当ですか! オーディンと手を組むというのは!」


 玄武のもとに、カミールが現れる。

まだ玄武の独断で決めただけ、しかし玄武が決定するということは、中武、そしてアジア連合の決定となる。

ならばEUも相応の理由がなければ断れない。


「はい、とりあえずお座りください。説明しましょう。それに…もうすぐ来る頃です」


「くる? まさか」


「はい、きますよ。その同盟相手が、今日ここに」


 その細い目がカミールを見つめて目を開く。



 巨大な円卓を囲み三人の代表が座る。

それを囲むように多くの各国代表や、軍人達も。


 和やかな雰囲気などではない。

なぜなら目の前には世界の敵になりえた存在が座っている。

世界を滅ぼすと言ってのけた、かの帝国の王子が得も言えぬ雰囲気を醸し出す。


 アジア連合代表 玄武。


 EU代表 カミール。


 そして。


「そう殺気を出さないでもらいたいのだがな、今から味方になろうというのに」


 アースガルズ帝国 第一王子 オーディン・アースガルズ。


「そう簡単にはいかないでしょう。なぜなら我が国は半分近くをあなたの国に滅ぼされたのだから」


「今は私の国ではありませんがね、我が弟に奪われましたので」


「アジア連合に侵攻すると言っていたのに、まんまとロード・アースガルズに帝位を奪われたそうですな。優秀な弟をお持ちで」


 その発言に、オーディンの後ろにいた一人の従者、リールベルトが声を上げる。


「その発言は我が主への侮辱だぞ」


 剣に手を乗せるリールベルト、その一瞬にすべての軍人も銃を抜く。

緊張感が部屋を包み、今すぐにでも流血沙汰が怒りそう。


「いい、リールベルト。下がれ」


「…はっ」


「申し訳ない。私への忠誠ゆえだ。許してやってくれ」


 それは舐められないためのパフォーマンスだということは代表達にもわかっている。

オーディンが怒るわけにはいかないので、変わりに部下が怒りを見せる。

それでもこの空気で剣を抜けば、どうなるかぐらいはリールベルトもわかっている。


「まぁ、カミールさん、一旦話をさせてもらえますかな? 私に免じて」


「いいでしょう、玄武さんがそういうのなら」


 諫めるように玄武が場の空気を和ませる。

まるで亀のような雰囲気の玄武、その声は自然とよく通り場の空気が落ち着いていくのを感じる。


(これがアジア連合の代表か……とんだたぬき爺だな)


 それを見てオーディンは玄武の指導者としての質を見抜く。


 その細い目の奥に見える権力への執着を。


「オーディン殿、まずは聞きたい。仮にロード・アースガルズを打倒した後どうするか、アースガルズ帝国をどうするか」


 その申し出次第では、ロードを倒した後敵となるのはオーディンとなる。

だからまずはそこを明かそうとする玄武。


「平和条約を結ぼう、国交も解放し、貿易も行う。そして一番お前達が気にしているであろう植民地だが……」


 オーディンはにこやかな笑顔をこちらに向けて、言い放つ。


「すべて解放することを約束する」


 部屋がざわつく。

その笑顔は、作られた顔であることはわかる。

それでもどこか信じてしまいそうな、どこか安心してしまう世界連合。


「確かに我々が一番聞きたかった言葉です。ですが、だからこそ解せない。信じられない。取り繕っているとしか思えない。それは真実なのか、本心なのか?」


 カミールが疑う顔で笑顔のオーディンを力強く見つめる。

しかしオーディンの返す言葉は、想定外の言葉だった。


「これが真実である必要が?」


「なぁ!? ふ、ふざけるな!」


 その発言にカミールは机を叩き立ち上がる。

まるで嘘だと言うオーディンの言葉に。


「もう一度言いましょう。これが真実である必要がどこに? 民衆は正義を望んているのでしょう? それが民主主義のあなた方のやり方だ。お気楽なことだ」


「喧嘩を売っているのか!」


「まぁ、待ちなさい。カミールさん。ここで何を言っても、書面で何を書いても無駄であることはあなたもわかっていることでしょう。相手は国。ならば約束をたがえても罰することなどできないのだから」


 苛立つカミールをなだめる玄武。

カミールも普段は冷静な男、しかし出身はEU。つまり地獄を見てきたからこそオーディンに対しては熱くなってしまう。


「そ、それはそうですが……」


「そう、だから今は力を借りる。我々も力を貸す。それ以外のことは必要ない? 我々はただ信じようではありませんか。ねぇ、オーディン殿」


「さすがは玄武殿。話が早くて助かる。だから私は民衆が望むままに演説してみせよう、世界の味方、ロードの敵とね」


 そのやり取りをみて、カミールも冷静になる。

そして考えむように額を指で叩く、そして冷静になって出した結論は。


「……いいだろう、しかし約束をたがえた場合。わかっているな」


 オーディンを仲間として引き入れることを了承する。


「わかっているとも、カミール殿」


 それは到底許せる行為ではないけれど、それでも感情を抜きにすれば悪い話ではない。

世界最強の帝国を倒すために、そして最強の敵ロードを倒すためならば、この詐欺師のような男とだって手を組もう。


 それが。


「世界のためなら私個人の感情など我慢しよう」


 そして玄武とカミールと、オーディンが手を結ぶ。


 そして最初の同じ顔で、優しく微笑むオーディンは笑顔を返す。


「私を信じていただきたい、世界連合の皆さん」



 そして時は世界へ向けた演説へ、ロードと剣也が見つめるのはオーディン。


「我が弟は神聖な帝国剣武祭で、我が騎士オシリスへ毒を使った卑劣な方法で、勝利した! 平和を望む私から世界を支配するために皇帝の座を奪ったのだ、力ずくで!」


 オーディンは嘘を並べる。

すべてが嘘、しかし民衆は分からない、気づかない。

彼らには伝えられる情報のみが真実で、世界の真実などわからないのだから。


「私はかつて、妹を殺したアジア連合を恨んだ。しかし! 本当はロード・アースガルズが殺した! 権力を手に入れるために! すべては仕組まれていた!」


 かつての発言すら簡単にひっくり返し、ロードのせいにする。

オーディンが悪なのかどうかなど、そんなものプロパガンダで簡単に塗り替えられる。


「私は平和を望む、我が弟は世界の敵となった、だから皆の力を借りたい。もし! 私が皇帝になったときは、アースガルズは変わる! 全植民地の解放を約束する! 国交も復興し、世界に平和が訪れる! だから手を取り合って戦おう!」


 そしてオーディンは机を叩き、ひときわ大きな声で言い放つ。


「世界平和のために!」


「うぉぉぉぉ!!」


 そのオーディンの発言を聞いて、民衆たちは騙される。

誰が悪で誰が正義かなど、真実を知らない民衆では言葉で簡単に変えられるのだから。


 オーディンの演説は民衆の心を動かした。


 世界の敵はロード・アースガルズただ一人。

そう刷り込まれた民衆が、その敵の敵、つまり味方となったオーディンを受け入れるのは容易かった。


 そして玄武に壇上を譲る。


「今話した通り、オーディン殿は我が世界連合の味方となった。これで戦力も十分、全植民地の解放は近い! 世界連合の代表としてここに宣言する! 我々は、自由の軍は必ず勝利する!」


 そして玄武は高らかに叫ぶ。

戦争の宣言を、いまだこの世界で起きたことはない大戦の宣言を。


「ここに、アースガルズとの世界大戦の開戦を宣言する!」

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