第87話 裏切りの王子
「ロード!」
「ソードか」
剣也が帝都の軍部総司令室に入る。
本来ならばここは皇帝であり、アースガルズのトップの部屋。
厳重な警戒もあり、何人もの警備兵が守っている。
ただし、剣也だけは顔パスだった。
世界最強の騎士は同時にロードの剣。
それを阻むものなどこの国にはいなかった。
「今後どうするかを聞きに来た。俺にできることならなんだってする。でもかぐやを傷つけるようなことだけは許さない」
書類を眺めるロードの机に手を置いて、まくしたてる剣也。
「どうした……急に。なにかあったのか?」
「……戦争を止めたいんだ」
「……そうか、まぁ落ち着け。私も少し休憩するか」
そしてロードは席を立ち、紅茶を入れる。
剣也を座らせて来客用の机に座らせ向かいに座った。
ゆっくりと紅茶注ぐロード、そしてぶどうも。
「まず今の世界の状況を理解しているのか? お前は」
「わからん!」
元気よく返す剣也。
なんとなくはわかっている、それでもロードほどは見えていない。
だからわからないことはわからないとはっきりと言う。
するとロードが机の上に世界地図を広げてくれる。
まるで地球の世界地図のようだったが、地形はまるっきり同じというわけではないようだ。
そしてロードがチェスの駒を取り出し置いていく。
「まず、我が国アースガルズ帝国、世界最大の国家であり……いまや、世界の敵」
アースガルズ帝国の上にキングを置いたロード。
「そして、その敵世界連合、EUとアジア連合が合体した国土でいえば我が国と匹敵し、むしろ上回る世界最大の集合体」
そして世界連合の実質トップである中武にクイーンを置く。
「そして最後の一つ、わかるか?」
ロードの問いに、剣也は答える。
横に置いてあったルークを取り出し、キングの隣に置く。
「オーディンだろ? どこにいるかはわからないけど……」
「あぁ、それは私にもわからない。一体兄上はどこに兵を隠しているのか」
そしてロードが剣也が置いたルークを取って駒を動かす。
そのルークは、キングの横へ。
「アースガルズ?」
「我が国は広い。正直すべてを把握できていないし、奪い取ったはいいものの、統治できていない場所も多い。日本もそうだっただろう?」
「日本も東京以外は放置だったもんな……」
「そう、だがきっとこの国のどこかにいると私は思っている」
「なるほど……じゃあ今その三つの勢力がにらみ合いしてるってこと?」
「あぁ、軍事力でいえば、4:3:7といったところか。アースガルズ、オーディン、世界連合といった形だな」
「結構均衡してるんだな、でも世界連合が一歩抜けてるか」
「あぁ。単純なKOGの数だがな。そもそもあっちは合体しているのに、こちらは半分に割れている。だがわが国には私と剣也。お前がいる、それに三英傑含め優秀なパイロットも。私の憶測の見立てでは実際の戦力差は……5:2:5かな」
「KOGは増やせないのか? こんなに人がいるのに。量産すれば」
「パイロットの数、そして予算の問題もある。お前KOGがいくらするか知っているよな?」
「……」
沈黙する剣也、それを見て呆れるロード。
「お前の国の当時の通貨でいくと……量産機で50億、専用機で100億を超える。お前の建御雷神なんて500億近い研究費用の賜物だぞ?」
「ふぁ!?」
あまりの桁違いに、変な声が出る剣也。
高すぎて想像もできない、500兆円にくらべれば……いや、それでも高すぎるな。
「お前がバカスカ切りまくった機体は人ひとりの人生では賄えないほどの高価なものだ、だからこそパイロットの育成が必要なんだ」
あの日100機を切って落とした剣也。
日本円にすると……5000億円を木端みじんにしたことになる。
とたんに頭がくらくらしてきた。
「まじか……そんなにするのか。今後は大事に使うよ」
「お前はそのままでいい。我が国のエースなのだから。金のことなど気にするな」
「俺にそんなに期待するなよ? たかが一パイロットだし。戦局を変えるなんて……」
「どんなカードにだって勝てるカードだ。いわゆるJOKER、これほど使いやすいカードもない。もちろんお前が勝手に暴れるだけでも戦場はめちゃくちゃだろうがな」
「そんなもんか?」
「あぁ、相手の将軍級、エース級にぶつけても勝手に勝利してくれるからな。戦場の指揮はそれだけで大幅に下がる。お前も日本でみただろう、ジークという存在の大きさを」
剣也は思い出す。
後から聞いた話だが、あの戦力差をジークという存在がもたらした士気の高さで三日持たせたらしい。
ミサイルや、爆撃、そんな人の手から離れた戦争では士気の高さなど関係ない。
しかしKOGなら、士気の高さは軍の強さに直結する。
士気が最大と士気が最小なら戦力差が倍でも最大のほうが勝利するとロードは言う。
それほどまでに、騎士の戦いはその精神、技術がものをいう。
だからこそアースガルズはどの国よりも騎士養成に力を入れていた。
「うん。そうか……わかった。戦争を終わらせるためなら……俺は人を殺す覚悟はある。もう何人も殺してきたんだから」
「あぁ、そうだな」
その剣也の返事を聞いて少し複雑な表情をするロード。
しかし剣也はその表情の意味を読み取れなかった。
「話を戻そう。では剣也。お前がオーディンの立場ならどうする?」
「オーディンの立場……この戦力差なら真向から戦っても勝てないよな。うーん…わからん、隠れる?」
「隠れるか、生き延びるためならそれもいい。だがあの人はそういう人ではない。必ず主権を狙う、平凡な日常を送るぐらいなら死んだ方がましだと言う人だからな」
「じゃあ、どうするんだ?」
「剣也、世の中にはあらゆることが三つでバランスを取れるようになっている。三本あれば椅子になるように。ジャンケンのように、司法、行政、立法のように」
「急に難しくなったな、三権分立だっけ?」
「なんだ知ってるのか、驚いたな」
「バカにするな」
(言葉しか知らなけど)
「つまり、三つあればバランスがとれる。今その状態で不安定ながらも世界は安定していると言ってもいい、例えば世界連合とアースガルズがこのまま戦争を続けると誰が喜ぶ? 最後に勝つのは誰だ?」
「それは……オーディンだよな? 漁夫の利ってやつか。共倒れしているときに一番元気な奴が現れると」
「そう、だから動いた二つが負けとなる。しかしこの均衡を崩す方法がある、そして私はそれが起きると思っていたから軍の再編成を何よりも優先し、軍備を整えなくてはいけなかった。最悪日本を奪われてでも」
「もったいぶらずに教えてくれよ」
「あぁ、それは」
すると、一人の軍人が息も絶え絶えで走ってくる。
ノックをして、大きな声で扉越しにロードに伝える。
「ロード様! 世界連合が全世界に向けて演説を開始しました! すぐにご覧になってください!」
「……わかった」
そしてロードはテレビのようなものを付ける。
世界連合の世界中に発した電波も受け取れるテレビ、つまり情報規制されていないもの。
そこには、ありえない光景が映る。
剣也は声を失った、しかしロードだけはわかっていたかのように目頭を押さえてにらみつける。
「やはりこうなったか……」
「あれは、アジア連合の代表の玄武って人だよな。でも……その横にいるのって…」
その映像には、多くの観衆の前で演説する玄武。
そしてその隣には、もう一人見知った顔の男が立つ。
そして演説が始まった。
「今日我々は世界連合に新たな仲間を迎え入れることになった!」
玄武が大きな声で叫ぶ。
「今我々は最大の敵と戦うため、かつての敵と手を結ぶことにした。かつてEUを滅ぼしかけた、かの虐殺皇帝ロード・アースガルズを打ち取り世界を平和に導くために! 最大の仲間を!」
「うそ……だろ、なんで」
剣也は信じられないと声を漏らす。
なぜなら玄武が、紹介するように手で導く視線の先。
そこには。
「世界連合の民達よ。私はオーディン。アースガルズ帝国の第一王子オーディン・アースガルズだ」
静観な顔立ちと鍛え上げられた肉体。
見ているだけで、好感を持ってしまう。
そういったカリスマ、オーラとでもいえるものを放っていたその男。
「今世界は危機に瀕している、我が弟、ロード・アースガルズの手によって。彼は平和を望む私を廃嫡させて国外へと追いやった、自らの思想を達成するがために。世界中に大量の血を流そうとしている。だから世界連合の民達よ」
にっこりと笑う裏切りの王子が偽りの笑顔を世界に向ける。
「世界平和のために、私と共に戦おう」
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