第86話 両手に花

「俺は違う世界からきたんだ。こことは違う別の世界」


「え?」


 剣也の一言は剣也を愛する二人の少女をもってしても信じられるものではなかった。


「剣也? なにをいってるの?」


「信じられないのはわかっている。俺だっていまだに本当なのか信じ切れていないんだから。でも」


 そして剣也はかぐやの肩を、レイナの肩を強く握る。


「信じてほしい。俺は違う世界からきた、そしてその目的は……かぐや、レイナ。二人とイチャイチャする……失礼。二人を救うためなんだ」


「今イチャイチャって──「ん! ゴホッゴホッ! 二人を救うために来たんだ。大事なことだからもう一度言うね。二人を救うためにきたんだ」


 大きな咳払いでかぐやの声を打ち消す剣也。


「わかりました。信じます」


 するとレイナがあっさり過ぎるほどに剣也の言葉を信じ切る。


「レイナ? 本気?」


 剣也自身も信じられないとレイナを見る。

しかし、レイナだけではなかった。


「正直よくわからない。でも剣也の過去もその強さも、信じられないものばかりだし。私も……信じてあげる。そのことじゃないわよ。剣也を信じるの。あなただけは絶対に私を裏切らないとおもったから」


「かぐや……本当に信じてくれるの?」


「嘘つく理由もないし、嘘だとしてももう少しまともな嘘をつくでしょ。それに……私は貴方を信じる。今さっき裏切られたばかりだけど」


「うっ。それは……」


「それで剣也君。なぜ私達に?」


「俺は前の世界で一人だった。でもかぐやとレイナ。二人が俺を救ってくれた。二人にそんな記憶はないだろうけど、本当に救いだった、そして大好きだった」


「剣也…」

「剣也君…」


「変な理由だけど、俺は前の世界で君達二人が争ってどちらかが死ぬ未来を見た、それを変えたくてこの世界に来たんだ。だから二人には争ってほしくない、そして二人を本気で好きだということも信じてほしい」


 剣也は立ち上がり頭を下げる。

そして差し出すのは両手、まるで付き合ってくださいと言わんばかりのその両手は二人のヒロインに向けられる。


「俺はどっちかを選ぶなんてできない。でもどっちも捨てるつもりもない。だから……だから絶対に命を懸けて守るから。二人を俺が守るから! 護られて欲しい!」


「……」


 二人がその手を見つめて静かになる。


「かぐや……どう思いますか? この発言」


「そうね、ありえないわね」


 その声を聞いて剣也はやっぱりと気を落とし力が抜ける。

しかし直後手を握られるのは柔らかい二人との手。


「守る? 私達そんなにやわな女じゃないわよ」

「そうです、剣也君。私は誓ったんですからあなたに守られるのではなく、あなたと共に戦いたいと」


「かぐや、レイナ……」


「見せてもらいましょうか、剣也の甲斐性。本当に二人とも幸せにできるんでしょうね。ちょっとでも私への愛が不足したら殴るわよ」


「あぁ! もういらないと言っても注ぐよ、この溢れんばかりの情熱を」


「もう、都合がいいんだから。でも……楽しみにしてる」


 かぐやが両手で剣也の手を強く、優しく包む。


「私の心はもう決まっています。あなたが他の誰を愛そうと、私のことを嫌いになろうと、たとえ世界中が敵になっても……私の心はあなたのものです。あと」


 レイナも両手で剣也の手を包みそして耳元へと体を近づける。


「身体もです♥」


「ふぁ!?」


 突如耳元でささやかれた剣也は変な声を上げる。

童貞には刺激が強すぎる、そして感情を取り戻したレイナは積極的過ぎる。

ジークさん、とんでもない娘さんを育てましたね。


 空を見上げればサムズアップしているジークが見えた。


 あ、違うわ。あれ中指だわ。


「ちょ、ちょっとレイナ! 抜け駆けは禁止だから! そういうことはちゃんと話し合ってから!」


「それは先手必勝なのでは? 奥手の方は指を咥えて一人で慰めていてください。私はもう遠慮も躊躇もしないことにしたんです。いつ終わりが来るかわからないこの世界で、あなたもそうなのでは?」

 

「なぁ!?」


 そしてレイナとかぐやは言い合いを始める。

その言い合いは微笑ましくて、先ほどの本気の喧嘩に比べたらなんて可愛いんだと剣也は笑う。


「ふふ、二人といると退屈しないな、ケンカはやめてほしいけど。でもそろそろ……」


 そして剣也は帰宅を提案する。

日も落ち始め、深夜になると帰るのも苦労するし、なにより。


「ロードと話さないと。かぐやはどうする?」


「私も白蓮に相談するわ、今後どうなるかわからないけど。剣也前のデバイスもってるわよね? アースガルズ軍の」


「うん、まだあるよ」


「じゃあそれで連絡する。日本とアースガルズなら連絡つくはずだから」


 アジア連合では通信できなかったが、アースガルズの特別区であった13番地区であるならばインフラが整備されているため電波は届く。


「了解、じゃあまた連絡する。いこっか、レイナ」


 そして剣也とレイナが一緒に帰路へと歩いていく。

それをみたかぐやは思い出す。


ズキッ。


 久しぶりの感触が胸と締め付ける、


 だから、その裾を掴む。

あの時は素直にはなれなかったけど。


 いまなら。


「ん? かぐやどうし……!?」


 心から剣也に好きと言えるから。


 そしてかぐやは真っ赤な顔でキスをする。

下手くそで荒々しくて、情熱的に。


「よ、予約! この先は予約だから! レイナ、あんた勝手なことするんじゃないわよ!!」


 真っ赤な顔で剣也に指さすかぐやはレイナにくぎを刺す。


「さぁ、どうでしょう。約束はしかねます。ねぇ? 剣也君」


 ひらりと交わすレイナは、妖艶な顔で指を咥えて剣也を見る。

それをみたかぐやは拳をにぎり、悔しそうにレイナを睨む。


「ぐぬぬ……今だけは我慢するわ…」


「かぐや、大丈夫。我慢するから。信じて」


「……わかった。信じる。じゃあね、剣也。帰ったら連絡頂戴よ! 絶対だよ!」


「あぁ、約束する。じゃあ……かぐや……最後に」


「きゃっ!」


 力いっぱいかぐやを抱きしめる剣也。

今度は今生の別れじゃない、必ず再会すると心に誓ったのだから。


 そして剣也とかぐやは一時的に別れ、再会を誓う。

別れの言葉は、あの時言えなかった言葉じゃなくて。


「またね! かぐや」


「ひゃ、ひゃい!」


 強く抱きしめられて腰が抜けたかぐやは変な声で返事をする。

それを見て剣也はわらって、手を振って別れた、そしてアースガルズへ飛び立った。


 この後世界がどうなるか、今はわからない。


 でもきっとこの三人なら、強い絆で結ばれたこの三人なら。


 世界を救えるはずだから。



 同時刻 世界連合総本部 中武。


「まさかそんな申し出をしてくるとはな。それほど切羽詰まっているのかな? そちらは」


「断られても結構。その場合はまずあなた方からになりますがね」


 玄武が一人の使者と会話する。

金髪で眼鏡の委員長のようなその少年はアジア連合の代表国、中武の首都『神威』で交渉していた。


「あなた方らしい交渉の仕方ですね、脅迫と変わらない」


「あなた方に利益しかないはずですが? それで、回答はいただけますか?」


「我々の目的は全植民地の解放、それを飲めるというのならこちらも検討の余地はあるというものです」


「それは目的達成後なら交渉可能ですね」


「では、ただ力を貸せと?」


「ええ。しかし認識が違いますね。一時的な同盟ですよ、かの敵を倒すためだけのための」


 その高圧的な態度に苛立ちを感じながらも玄武は考える。


(利益はあっても損はなし……か)


 その申し出は一見横暴のようにも見える。

しかし実のところ世界連合には一切の不利益は発生していない。


 むしろ。


「……いいでしょう、一時的です。今だけあなた方を仲間と受け入れましょう」


「仲間? 勘違いしないでいただきたい、これはただの共同戦線。目的が達成されればすぐに解消されるもの」


「……それで結構、目的が同じなのですから今だけです」


「では、よろしくお願いしますよ」


 そしてその少年は立ち上がる。

眼鏡を光らせて対談を終えた金髪の少年は、主の命令でやってきた。


「オーディン様も喜ばれることでしょう」


 世界連合とオーディンの同盟の交渉人として。

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