第83話 レイナとジークの過去2/2

「いきなりなんだ半年もふらふらしよって。しばらく休むと言って、軍を飛び出したかと思ったら急にお願いとはな」


 ジーク・シルフィードは上官に頼み込む。


「お願いします。日本の駐在軍の管理を私にやらせてください」


「……そうか。わかった、私から推薦しておこう。幸いお前は聖騎士長、実績も十分だし問題ないだろう。誰もなりたがらないしな」


「ありがとうございます」


「会えたのか」


「いえ。……それと今日をもってKOGの騎士を引退いたします。聖騎士長の資格も返上いたします」


「はぁ……わかった。しばし休め。皇帝陛下があれでは、当分戦争はないだろうしな。ご苦労だった」


 そしてジークは日本の駐在軍のトップとして日本の復興に尽力する。

その結果日本での略奪行為はすぐに沈静化する。


 ただし、アースガルズの支配下として、13番特別区として。


 ジークの目的は娘のレイナが生きやすい場所を作ること。

そして。


(せめて日本人が、これ以上殺されないように)


 そのために日本の軍事のトップになったのだから。



「レイナ……帰ったぞ?」


 ジークは日本に家を建てた。

そこにレイナと二人で住むことにした。


「レイナ、今日はここに行ってみよう!」


 ジークは思い出の場所を一つ一つ回っていく。

もしかしたらレイナの記憶が戻るかもしれないと。


 しかし。


(どこも残っていないか……)


 その想いでの場所達はかつての記憶の通りにはいかなかった。

瓦礫の山、木は燃えカスになっていて、美しい光景など微塵も残っていない。


「レイナ……行きたいところはあるか? 食べたいものは?」


 しかしレイナは何も返さない。


 それでも根気よくジークはレイナに話しかける。


(どうすればいい。咲子。どうすれば)



「記憶障害は、時間をかけてゆっくりと戻していくしかありませんね、これといった特効薬があるわけでもありませんし」


「そうですか……」


「正直、人の脳のことなどほとんどわかっていないのが現実ですから。すみません、お力になれず」


「い、いえ。ありがとうございます、先生」


 ジークは医者に相談した。

なんとかレイナを前のように明るい子に戻せないかと。

色々試したが、まったく効果がなくただの一度も声を挙げなかった。


「あ、そういえば。人間の記憶は匂いや味覚の方が繋がりが強いと聞きますね、ほらあるでしょう。匂いを嗅いだら、ふと記憶がよみがえることが」


「なるほど……匂いですか」


 そんなある日、ジークは思いつく。

台所に立ち、試行錯誤。

でかい図体のターミネーターには似つかわしくないエプロンを付けて。


「適量だと? グラムを書け! なぜ適量と書く!」


 料理本とにらめっこしながらやったこともない料理に挑戦する。

匂い、味覚、ならばといつも食べていた日本食を再現しようと悪戦苦闘。


 そしてできたものは。


「べちゃべちゃの米と……しょっぱい味噌汁。そしてだし卵焼きというより、スクランブルエッグ四方固め。やり直しだな」


 普段料理など一切しないジーク。

食事はいつも配給で済まし、レイナにもそれを与えていた。


 しかし思い出せば妻の咲子はいつも和食を作ってくれていた。

なんとか再現できないものかと料理に挑戦するジーク。


 しかし結果はこれだった。


「難しいな……」


 すると。


「レイナ!?」


 レイナが一人歩いてくる。

自ら主体的な行動などほとんどしたことのないレイナが料理をしている音に歩いてきた。


 そしてジークを見て、落胆するように気を落とす。

まるで思っていたものが其処になかったかのように。


 それを見てジークは気づく。


「そうか……咲子かと思ったんだな……すまない、レイナ」


 しかしジークの目には炎が宿る。


「この方向性だ、よし。待ってろレイナ! 咲子の味を再現してみせる!」


 その日から毎日練習するジーク。

指は血だらけに、火傷もした、それでも何度も料理を行う。

日本食など誰にも聞けないし、妻の味を覚えているのは自分の舌だけ。

だから必死に再現しようと試みる。


 そしてついに。


「う、うむ。まぁ食べられるレベルではあるな!」


 料理として、美味しいと感じられるレベルに到達する。

あれからレイナは毎日のように料理をしているジークを後ろから見ていた。


「レイナ、ママほどではないが。やっとうまくできたんだ。食べてみるか?」


 そしてジークはその料理をレイナに出す。

レイナは、箸を器用につかみ、卵焼きを口へ運んだ。


「どうだ?……レイナ」


「………」


「そうか…」


 しかしレイナは言葉を返さない。


(ダメ…か)


 ジークが気を落としそうになった瞬間だった。


「……しょっぱい」


「レイナ!!」


 その日レイナは初めて口を開く。

涙を流して、しょっぱいと言いながらそれでも料理を口へと運ぶ。


「ママはもっと……甘く作った……もっと……」


「あぁ、あぁ。そうだな、もっと甘かったな」


 ジークはレイナを抱きしめる。

レイナは感情の乏しい瞳から涙を流す。


 ジークも同様に。


「これから練習しような、一緒に。いっぱい練習しような、ずっと一緒に」


 その日からレイナとジークは一緒に料理することが多くなる。

一瞬記憶が戻ったのかと思ったが、一時的だったようで記憶は完全には戻らなかったようだ。


 それでも。


「レイナ、手伝ってくれるか?」


こくっ。っとただうなづく。


 あの日からレイナは意思を持つ。

相変わらず記憶はなく、感情に乏しい。

しかし意思疎通はできるようだった。


 ジークは記憶の戻らないレイナに、養子だと説明することにした。


 咲子の話を無理に思い出させようと過去を話した時。

レイナが過呼吸になり意識を失ったから。


 まだゆっくりと時間をかけて思い出す必要のあることだと判断したジークは、自分を父ではないようにふるまった。

養子としての借りの父親として。


 それでも。


「私は借りの父親だが、パパと呼んで欲しい」


「わかりました。パパ」


 それはジークの最後のわがままだった。


◇過去終わり


「レイナ……今こそもう一度話そう。お前の母さんのことを。お前の母さんは黒神咲子、日本人だ。兄を日本軍人にもつ生粋の日本人の血のな。今どうなっているかわからないが、兄の名前は黒神一心。お前と同い年の娘を持つ強い男だ、まぁ私と結婚することに反対されそこから疎遠になってしまったが……でもその人達がお前の最後の血のつながっている親族になる。もし出会うことになったら……争わないでほしい。私が死んだということは日本人か、それに準ずる他国の者に私は殺されたのだろう、でもなレイナ。私も彼らと同じように大切なものを奪ってきた、だから今は無理でも……いつか心が許したとき、憎しみの連鎖をレイナで止めてほしい。それが最後のパパの願いだ」


「かぐやとレイナは……やっぱり従妹なのか」


「そして、すまなかった。最初はレイナ。お前のために養子であるということにした、しかし時間がたつにつれ、言い出せなくなったんだ。お前の母を助けることができなくて、私はお前に恨まれていると思ってしまった。だからずっと言えなかった。すまなかった」


「うっうっ、恨んでなんか。パパのことを恨んでなんかないです」


 レイナは映像を見ながらずっと泣いていた。


「そして最後に……レイナ、私は死んだ。でもお前は生きるんだ、そしてそこにいるんだろう。御剣。レイナを頼むぞ、お前なら任せられる。ではこれで映像を終了する。

レイナ最後に、一度も言えなかった言葉を……」


 そしてジークは、最後にレイナに告げた。


 借りの父としてふるまってから、距離をとっていて、一度も言えなかった心からの本心の言葉を。


「愛している」


 そして映像は終了した。


「私も……私もパパが大好きだった。毎日毎日私のためにたくさんのことをしてくれたパパが……私も好きだって伝えたかった。ありがとうって言いたかった!」


 レイナが最後に伝えたかった言葉も同じ言葉。

あの日戦場で伝えたかった、一度も言えなかった感謝の言葉と共に。


「レイナ……」


 剣也はレイナをただ抱きしめる。

でもその声はもう届かないことを知っている。


 それでも。


「ジークさんは、最後までレイナを愛してたよ。最後までレイナを頼むって……」


「パパ、パパ!! うわぁぁ!!」


 レイナはひとしきり泣いた、剣也と共に。


 日が暮れるまで二人はやっぱり泣いていた。



 太陽が落ち、日が暮れる。

夕暮れの灯りが二人を優しく包み込んだころ。


 レイナは口を開く。


「ありがとう、剣也君。もう大丈夫」


「レイナ…」


「私かぐやに会ったの。戦場で、赤いKOGに乗ってた」


「え? あの赤いのがかぐや?」


「うん、その時言われたの。私には守る者がないから弱いんだって。でも今日決めた。もう大切な人を失いたくない。だから私は貴方を守る。命を懸けて」


「俺もだよ、命を懸けてレイナを守るから」


 レイナと剣也は抱き締めあう。

ひとしきり泣いた二人は、ジークの死を乗り越える。

それがジークが求めていたことでもあったから。


「これからどうなるんでしょう。私はどうすれば」


「それは俺にも……」


 そしてレイナと剣也は立ち上がる。

その足はしっかりと地面を踏みしめて、前を向く。


 ジークの死はとても辛かった。

 

 それでも立ち止まるわけにはいかないから。


「でもがんばろう、レイナ」


「はい」


 少女は笑顔で少年に返す。

その顔にはもはや感情がないなど言わせない。

レイナも剣也も立ち上がる。


 ジークの死を乗り越えて、はっきりと。


 そして二人が帰ろうとした時だった。


 目の前には黒髪の少女が一人、一凛の花をもって歩いてきた。


 剣也達は知らなかった。

黒神咲子の横にある墓のことを。

そこは黒神家の墓であることを。


 少女が、日本を奪還した少女が最初に来るのは。


「え?」


 最愛の家族への墓参りだったことを。

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