第81話 送る者と送られるもの
「そうか……間に合わなかったか」
アースガルズ、首都ヴァルハラ
総司令本部でロードに報告が入る。
日本への援軍の準備が完了した時だった。
日本の駐在軍の敗北、そして撤退との報告。
元々奇襲であったこと、圧倒的戦力差であったこと。
あらゆる条件が悪すぎた、せめてロードが指揮を執れれば、兵力が残っていれば、剣也があと数時間早く目が覚めれば。
しかしそれは叶わない。
今軍の再編成は何よりも優先しなければならない事だとロードはこの先の未来を見据えて対応していたから。
「はい、ジーク・シルフィードは……戦死いたしました、最後まで……前線で戦い続けたと」
「……そうか、報告ご苦労。少し休もう、全員よく頑張ってくれた。皆のおかげで軍の再編成は問題なく完了した、これでいつ敵が来ても戦える」
「間に合わず……申し訳ありません」
「いや、これが最善だった。ありがとう」
そして全員が深々と頭を下げ、ロードだけを残して部屋を出る。
ロードは深く椅子に座り、一人天井を眺める。
「ジーク……」
◇過去 ニチア同盟を結んだ直後。
「それにしてもお前も物好きだな、私は泥船だぞ。なぜ乗り込む」
「あなたが皇帝にふさわしいと真に思っているからです、昔私があなたの叔父を殺した時、私はずっとあなたに恨まれていると思っていました。いつか殺されるとすら思ってましたよ」
「恨んでいたよ、最初はな。でもいいんだ、お前という人間を知ってわかった。悪いのは戦争であって人ではないと。叔父もそうだったんじゃないか?」
「……殺された相手を恨むなというのは、それもおかしな話です。そしてあなたの母スカーレットが死んでからもあなたは戦場に出続けた、なぜ戦うのか聞いたとき、言った言葉を覚えていますか?」
「……覚えていないな」
「『たとえ世界から悪魔だと言われても、真の平和のために私は止まらん。たとえ何を犠牲にしようとも。それが母を殺した悪魔の最後の契約だから』10歳の子供が言うセリフではありませんね」
「そんな言葉だけでか?」
「はい、この人は成し遂げるはずだと確信しました。たった10歳の子供に恥ずかしながら」
「……そうか、お前も物好きだな。私の本当の目的を知ってもついてくるなんて」
「そうですね。ですが、もう乗ってしまいましたから。だから目指しましょう、世界の平和を。それがたとえ世界中から恨まれる修羅の道だとしても」
「……ありがとう」
ジークはにっこり笑い、跪く。
「最後まで、お供させていただきます。この命尽きるまで」
◇
「ジーク、私は止まらない。あの時言ったとおりに」
ただ一人ロードは天井を見つめ続ける。
でなければ、零れるもので散らかっている書類を汚してしまいそうだったから。
…
翌日。
「世界連合は勝利した!!」
白蓮が演説を開始する、その映像は全世界に放送された。
アースガルズ帝国でも同様に、全世界に電波となって響き渡る。
もちろん民衆は見ることはできない、ただしアースガルズ帝国でも一部の限られた者は見ることはできる。
「歴史は転換点を迎えた! この日本の解放を経て、世界連合はアースガルズ帝国に勝利した!」
第100代ロード・アースガルズはその映像を総司令本部で見る。
かつてオーディンが使っていた場所で。
その隣には剣神 ソード・シルフィード。
帝国最強、世界最強のロードの騎士。
しかし二人とも今日は礼服を着ていた。
この後のために。
「いまだかつてあの帝国から領土を奪ったことがあっただろうか、あの帝国から勝利を得たことがあっただろうか! 今日我々は勝利した。世界連合は、かの国に勝利した!」
勝利という言葉を繰り返す白蓮。
日本解放という事実と共に世界に響く勝利の声。
「我々は止まらない。必ずやアースガルズ帝国を打倒し、ロード・アースガルズを倒す。そして世界を解放する! 虐げられている者よ、家族を奪われた者よ、今こそ立ち上がるときだ! 反撃の狼煙は上がった!! 私は約束しよう!」
白蓮が一際大きな声で宣言する。
「世界の力を結集し、必ずや、すべての国家を解放し! アースガルズ帝国を滅ぼすと!!」
そして演説は終了した。
「ロード……どうするんだ、これから」
「……今はまず行こう。私も考える時間が欲しい」
「……そうだな」
そして二人は席を立つ。
向かう先は葬式の場、剣也が連れ帰ったジークを、埋葬するために。
暗い空。
太陽は見えず、昼間だというのに薄暗い。
雨が降りそうな、その空の下。
ジークの遺体が運ばれていく、1000を超える軍人に囲まれて。
その隣には銀髪の少女が、顔を伏せて棺の横を歩いている。
「先輩、どうして…私を、私を呼んでくれれば……あぁぁぁ!!」
三英傑の一人、ラミアが運ばれる棺を見て涙を流す。
「阿呆が……どうせ……最後まで前線で戦ったんだろ、お前のことだ。誰よりも……前で………阿呆が…」
オルグ・オベリスクもその日だけは声が聞こえない。
かすれる声で、運ばれていくジークに声をかける。
かつてジークに憧れたもの、ジークに救われたもの、ジークを育てたもの。
たった一人の軍人の死にアースガルズ中の軍関係者が参列する。
そして、十機以上の帝国のKOGがアースガルズの国旗をもって、ジークの通る道を作る。
それはまるでアーチのように、軍神と呼ばれた最高の軍人を送るために。
そして運ばれた先には、ロード・アースガルズと剣也が待つ。
そしてジークを埋めるために彫られた穴も。
ジークの棺を置き、KOGが空に銃を構える。
3発の弔銃をもって、戦死者に向けて弔意を表す。
そしてロードがジークへの言葉を贈る。
「彼は勇敢に戦った、その最後の時が訪れるまで。アースガルズ軍として、彼ほど勇敢で、優しく、尊敬できる男を私は知らない。
彼は最後まで守るべきもののために戦い、守るべきものを守り切った。彼は敗北していない、彼は勝利した。なぜなら彼はいつも守るために戦っていたから。軍神 ジーク・シルフィードの名は軍人の在り方として永劫に刻まれることになるだろう。
そして、第100代皇帝ロード・アースガルズとして、そしてたった一人の男として。彼の我が帝国への忠誠に最大の感謝を。ありがとう、ジーク、今はただ眠れ」
ロードがジークの棺に向けて頭を下げる。
同時に、集まったすべての軍人達、剣也も頭を下げる。
そしてジークは埋葬された。
軍神は死に、日本は奪われた。
この痛みはアースガルズ帝国に大きな傷を残すことになる。
同時に、恨みとなって大きな力に変わっていく。
ただ一人少女だけは、父の言葉で素直に恨むこともできずただ心の中に傷を作り、血を流す。
涙という名の綺麗な血を、延々と垂れ流し続けた。
葬儀は終わり、人々は帰路につく。
雨が降り始めて、参列者たちの涙を隠す。
「剣也……」
「先に帰ってくれるか……ロード」
「あぁ、これを。彼女と一緒に」
そしてロードが剣也に自分の傘を渡し従者を下がらせる。
「ありがとう、いいのか? お前は」
「あぁ、少し濡れて帰りたい。この雨なら都合がいい………もう枯れたと思っていたのだがな」
ロードは空を見上げて、ゆっくりと一人で去っていく。
皇帝の背中というにはあまりにも寂しそうにたった一人で。
そして残されたのは、墓の横に立つ一人の少年と一人の少女。
剣也は傘をさして、少女が濡れないように横に立つ。
何も言わずに、ただ傍に、その肩を濡らしながら。
雨が強くなっていき、時間だけが流れていく。
少女と少年はただずっと泣いていた。
枯れるまで、ずっと。雨が全てをかき消してくれる限り。
…
「レイナ……一緒に行って欲しいところがある」
「……え? どこに?」
そして剣也はレイナの肩を抱いて優しく告げる。
いつの間にか雨はやみ、薄い光が照らし出す。
「日本に行こう」
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