第80話 剣神 ソード・シルフィード
「アースガルズが後退していくぞ!! 殺せ!! 全員だぁ!!」
世界連合の一部隊の隊長だった男は叫ぶ。
後退する敵を倒すことほど簡単なことはない。
なぜなら攻撃しても反撃がないからだ。
「ここでできるだけ戦力をそぎ落とせ!! どうせまた戦うことになるんだぁ!!」
その隊長の判断は正しい。
アースガルズへと逃げ帰られれば、きっとまた牙を剥いてくる。
ならば倒せるときに倒すべきだ、これは全面戦争なのだから。
しかし。
空気が爆ぜる音がする。
「な、なんだぁ!? 雷!?」
直後アースガルズを負っていたKOG達がすべて飛行能力を半減され、枯れ葉のように落下していく。
「ど、どうした! なにが───」
そしてその隊長の目の前に現れる一機の機体。
真っ白で、純白で、そして。
「お、おまえかぁぁ!!」
二振りの剣を持つ稲妻のような機体。
隊長が気づいたときにはすでに切られていた、飛行能力を失った隊長は墜落する。
死を覚悟した、最後に思い浮かべるのは家族の顔。
しかし、ゆっくりと枯れ葉のように落ちていく。
ギリギリの飛行能力を有して、死なない程度の速度で落下した。
「はぁはぁはぁ、助かった。打ち損じたのか」
隊長は真っ青な顔で地上から空を見上げる。
その白い稲妻が目ですら負えない速度で動き回る。
同時に次々と落下していく世界連合のKOG、それを見た隊長はさらに顔を青ざめる。
「まさか……狙っているのか……」
その疑問は、確信に変わる。
なぜなら、周りには同様に撃墜されたKOGが飛行能力だけを奪われてはいつくばっていたから。
死者は0、それはこの規模の戦場ではあり得なかった。
狙ってでもやらない限り。
「うそ……だろ、俺は何を見ている……」
撃墜された兵士達はその白き騎士を見ながらただ、その場で立ち尽くし、唖然とすることしかできなかった。
…
「俺が全員止めるから」
その目には涙を流して戦場を駆け巡る。
世界最強の優しい騎士は、誰も殺さず戦場を壊す。
「見ててくれ。ジークさん」
そして剣也は次々と世界連合のKOGを壊していく。
「全員の飛行能力、継続戦闘能力を奪う。彼らも悪じゃない。そうですよね、ジークさん」
剣也は選択した。
殺さない、そして殺させないことを。
それは、ただ圧倒するよりもはるかに難しい。
丁寧に、壊れないように、優しく切る。
(それにかぐやもこの戦場にいるかもしれない……なら彼女を傷つけることは絶対にだめだ)
今の剣也にはそれができた。
脳がクリアで、何でもできる。
全能感が、扉を開けたさらに先へと踏み込んだ剣也を包む。
世界はスローで、自分だけが違う世界を動いているかのように。
今なら。
「撃て撃て!!! たった一機だ! 撃ち落せ!!」
銃弾だって切って落とせる。
「撃て撃──…嘘だろ? 切った? 漫画じゃないんだぞ」
対KOGの弾丸は遅い。
弾は大きく、その速度は目でも視認ぐらいは可能なほど。
しかし切るとなると話は変わる。
そんなこと、できないし、やろうとも思わない。
およそ人の反応速度を超えている。
なのに、その白きKOGははっきりと銃弾を剣で弾く。
今の剣也なら、銃口と引き金さえ見れれば、予測して切って落とすことすら可能だった。
そしてその二振りの剣がまるで槍のように変形し、距離を詰めたかと思うと目の前に突如現れる。
「や、やられ──」
声を上げる暇もなく、周辺のKOGをすべて叩き切る。
そして剣也は、武の極みへと到達し、万の軍勢を相手に言い放つ。
「一時間は稼がせてもらう」
…
「私は何を見ているんだ」
白蓮含むアジア13神が集まった。
トールも自らの直属部隊、雷神隊10名を集める。
今世界連合の最大戦力が一同に集まった。
「白蓮……こんなことを言うのは、間違っているとはわかる。しかし私はあれを見て思ったよ」
トールも、ただ剣也を遠目で眺めて口を開く。
「極まった動きとはかくも美しいものなのだと」
そこに集まった操縦士たちは間違いなく世界最強達。
アースガルズでいえば、聖騎士長にだってなれるものもいる。
その全員がその剣也の動きを見てただ思うのは。
「強い……私達全員でやっても……多分……勝てない。でもなんだろう、最初は怖かった。でも…」
かぐやは感じていた、その白きKOGの圧倒的技術力を。
そして同時に感じるのは。
「すごくあったかい?……あんなに丁寧に優しく……なんでだろう……重なる」
かぐやはその敵をどうしても重ねてしまう。
かつて自分を守ってくれたあの剣士に、あの思い人に。
「なぜ殺さない……甘さ? あれほどの強者が? どういうことだ」
強者だからこそ、強者がわかる。
ただし、あれは自分達が理解できる上にいる存在だと。
切り逢えばものの数秒で切り伏せられると。
一般兵を仮に鼠と例えるなら、かぐや達は猫。
その強さには圧倒的隔たりがあり、負けることなどありえない。
しかしあれはどうだ、あの縦横無尽に戦場を荒らしまわる存在を。
仮に同じように例えるならばその強さは獅子のごとき。
猫と獅子では話にならない、鼠と同様に一撃のもと息絶えるだろう。
「で、総司令殿。どうするの、ただやられるの? あ、また十機ぐらいやられた。突撃でもしてみる? 彼なら優しく倒してくれそうだけど」
かぐやは白蓮に問いただす。
そして撤退していくアースガルズ軍を見る白蓮。
「目的は達成した、この戦場の勝者は私達だ。だから……全軍……一時後退、追撃戦は終了し、遠距離からあの白い機体を攻撃せよ」
そして白蓮が命令を下す。
その命令は屈辱的ともいえる一時撤退からの距離をもっての遠距離攻撃。
全軍をもってすれば勝利することも可能だろう、それでもその意味が今はない。
大量の損害を出した後逃げられるのが落ちだろう。
だから。
「全軍撤退! 遠距離からの攻撃にとどめよ、これ以上被害を出すな!」
それを見た剣也はただ建物に隠れ、現れを繰り返すのみ。
世界連合はたった一機のKOGのために、戦線を下げる選択をした。
狙うはひとえにエネルギー切れ、もちろん全軍で突撃すれば数の暴力で倒せる可能性は十分あった。
それでも確実な選択肢をとった白蓮。
目的は達した、あの白いKOGもエネルギーが切れてしまえば戦えない。
もって数時間だろう、ならば戦線は崩壊しているのだがらゆっくりと待てばいい。
そのあとゆっくりと日本を取り返すだけ。
きっとあのKOGは逃げるはず。
白蓮の作戦は見事にはまり、そこから損失は皆無だった。
それでも。
「屈辱だ……たった一機に5万の兵が足止めされるなど…」
世界の力を結集させた大部隊が立った一機に足止めされた事実は消えない。
「神がかるとはあのことだな、白蓮。私は正直自分が目指すところを見た気がするよ」
トールが剣也を見てつぶやく、トールとて雷神と呼ばれる高速の機体を操るパイロット。
ならば自分の上位互換とも呼べる剣也を見て、戦争を抜きにして思うのはただ一つ。
憧れだけだった。
「白きKOG、剣聖を倒した男か……ならば剣神とでも呼ぼうか?」
「剣の神…か。いい得て妙だな。神がかった操作技術、そして一切の遠距離武器を使用しない、剣だけで戦う武の極致……剣神か」
その日から剣也は呼ばれることになる。
世界連合から、そしてアースガルズからも。
剣神 ソード・シルフィード。
軍神を親に持つ、剣聖を超えて、誰よりも剣に愛される。
剣と一体化した真の化物、剣の化身だと。
そして。
「みんな避難は完了した……な。せめてジークさんを」
剣也はジークの機体を背負い全速力で飛んで、日本を後にした。
「行ったのね……なんでだろう、頭ではわかっている。そんなことはあり得ないって。でも」
かぐやはその白いKOGの背中を見てつぶやいた。
「でも、どうしてもあなたと結びつけてしまうの……剣也……」
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