第79話 父と息子
「剣也君、聞こえるかい?」
「はい!」
ここは海の上。
アースガルズから日本へは飛行船なら半日ほど。
しかし、建御雷神なら、田中が改造した建御雷神の速度なら2,3時間ほどで到着する。
その速度は、音速を超える。
槍のような形で飛ぶ建御雷神の飛翔フォルム。
両手の剣を盾のようにしたときの応用で、長距離音速飛行を可能にした。
「残念ながらエネルギーの余裕はない。往復を考えるとそちらでの稼働時間は1~2時間。その間に決着をつけて帰ってきてくれ」
「……わかりました」
「それとオープンチャットは使わないように、君が日本人だとバレる場合がある。わかるね?」
「……了解です」
帝国剣武祭から一切の補給を行っていない建御雷神。
最高速度の最大出力で飛ぶのだからエネルギーの消費は激しい。
それでも半日近くフルスロットルで戦えるのは田中の研究のおかげだった。
「剣也君、こんなことを言うのはどうかとも思うんだけど」
「なんです?」
「私は日本人だ、アースガルズの敗北を願うものだ。それでもジークさんとレイナ君には生きていて欲しい。どうか助けてくれ」
その田中の願いは矛盾している。
田中の目的は、レジスタンスだった目的はひとえに日本の奪還。
ならば軍神の敗北、レイナの敗北こそ願うべきこと。
しかし感情がそうは動かない。
「……田中さん……大丈夫です。救ってみせます!」
「……頼む」
そして剣也はさらに速度を上げる、遠くに見える陸地。
そこは旧東京、そして現戦場。
かぐやとレイナが戦う戦場へと剣也は向かう。
…
「あの機体は……レイナ!」
戦場に到着した剣也、レイナの識別信号を頼りに戦場を探す。
そして見るのは一つの機体、将軍機を抱えるレイナ。
そしてそのレイナの機体を貫こうとする蒼い機体。
その光景を見た瞬間、稲妻が落ちる。
「そこをどけぇぇえ!!」
直線に立つKOGを吹き飛ばし、一直線に落ちる白き稲妻が白蓮の槍を吹き飛ばす。
「!?……なんだ!?」
砂埃が舞った戦場で、白蓮は目を凝らす。
一瞬に何が起きたかわからなかった、わかったのは何かが自分の槍を吹き飛ばしたということだけ。
そして煙が収まり現れたのは白い巨人。
「あれは……あの映像でみた……ロードの騎士! ソード・シルフィードか!」
白蓮はその白いKOGを見た瞬間理解した。
あの映像でオシリスを倒した相手だと。
そして叩き落とされた槍を拾って構える。
「あのオシリスを破ったのというんだ、相手にとって不足なし!」
その槍を構える白蓮を見て剣也は一人コクピットでつぶやいた。
「お前らがやったのか……」
剣也の視線の先はジークの機体。
レイナの様子から、機体の装飾からそこにジークがいるのはすぐに分かった。
しかし動かない、深く差された槍の後を見て、剣也は理解した。
そしてゆっくりと剣を構える。
操縦桿を握りなおす、強く。
今から戦うということを自覚して、殺意の波動をまき散らす。
「!!!!?????」
それを見た白蓮が、トールが、かぐやが警報を鳴らす。
その三名ともが瞬時に距離をとって、大量の汗をかき顔を青ざめ息を切らせる。
剣也の間合いの遥か外まで、全力で後退した。
まるで心臓を握られたかのようなプレッシャーを感じて、防衛本能が体を支配した。
「アジア13神全員! 至急集まれ!!」
「雷神隊も私のところに集まれ!!」
白蓮とトールは同時に叫ぶ。
白蓮はアジアの主戦力をすべて。
トールは自分の部隊全員、つまりEUの最高戦力を。
それでも寒気が、冷や汗が止まらない。
その白き機体を見ているだけで、死のイメージが止まらない。
「なんだこいつは! 白蓮! こいつはなんだぁぁ!!」
トールが叫ぶ。
「……こいつは、ソード・シルフィード。帝国剣武祭でオシリスを倒して帝国最強の騎士となった男の機体だ」
「そんなことはわかっている! このプレッシャーは何だと言っている!」
「あぁ、私はオシリスは腕が落ちたと思っていたが、認識を改める。こいつが倒したんだ、あのオシリスを。さらに上回る実力で、お前も感じているんだろう」
「あぁ、痛いほどに。……ここまで勝てる気がせんのは、初めてだ。数で押すしかないだろう、それこそ戦略級で。一対一は無理だ、数秒も持たない」
「認めたくはないが……私とて感じているよ、戦場で恐怖を感じるのは久しぶりだな。今部隊を集める。それまであいつが待ってくれるかはわからないが……」
白蓮とトールは動けない。
そしてかぐやも同様に。
「怖い……なに…この機体……」
言葉を失い、その場で立つ。
一流達は理解した、実力があるからこそわかってしまう。
その相手が自分達とは次元が違うステージにいることに。
遥か高見に到達した存在。
武の極みにいる存在だということに。
…
「お前らがやったのか……」
剣也は静かに怒りを溜める、しかし今優先すべきは。
そして剣也はアースガルズ軍専用回線で通話する。
田中の助言通り敵味方関係のない、オープンチャットは使わない。
どこに剣也のことを知っている存在がいるかわからないし、まだソード・シルフィードの名は捨てるわけにはいかないから。
剣也のプレッシャーで白蓮達が固まっている間に、レイナとジークのもとへと駆け寄った。
「レイナ! 大丈夫か!」
「剣也君……パパが…パパが……」
「はやく手当をしないと、まだ息があるかもしれない!」
状況を一瞬で理解した剣也。
ジークを助けようとする、しかしここは戦場。
まずは安全を確保しなければならない、どうしたものかと考えを巡らせていた。
その時だった。
「ゴホッゴホッ! 御剣…か」
「ジークさん!?」
「パパ!?」
ジークがかすれた声で目を覚ます。
一瞬安堵したレイナと剣也、しかし続く言葉で声を失う。
「完結に話す。私はもう死ぬ。この傷では助からない……」
「そんな……」
「嘘! 嘘! 嫌だ! 嫌!!」
「聞きなさい、レイナ!」
泣きじゃくり、話を聞こうとしないレイナに怒鳴るジーク。
いつも優しかった父が初めて怒鳴った、その必死な叫びでレイナは黙る。
「御剣お前に二つ頼みがある。残念ながら戦線は崩壊した、もう立て直せないだろう。だから今から全軍撤退命令を出す。その撤退の時間を稼いでくれ、今のお前ならわかるだろう。彼らもまた悪ではないと」
「はい、わかってます」
「無茶だとは思う。しかしお前なら」
「……できます、俺なら」
剣也は最後の言葉を聞き逃さないように集中する。
「……あぁ。そしてもう一つ。……これは個人的な頼みで悪いんだが……」
「なんでも言ってください」
「ふっ。そうだな、では我が息子よ、頼む、娘を幸せにしてくれ」
そのジークの頼みは剣也への願い。
たった一人残していく娘への想い。
それを聞いた剣也は真っすぐとはっきりと答える。
「……はい、命に代えても。レイナを幸せにします」
「そう言ってくれると思った。レイナ……すまないな、せっかく助けにきてくれたのに、驚いたが……嬉しかったよ、すまない。結局やられてしまって」
「ううん……私が! 私がもっと強かったら!」
「いいんだ、レイナ。順番がきただけなんだ」
「パパ! 私全部思い出したの! パパは! パパは、本当のパパだって! 全部! ママのことだって!」
「……レイナ、そうか。もっと母さんのこととか、直接話したいことはあったし、謝りたいこともあったんだが……時間はない。最後に一つだけお願いがある。聞いてくれ」
「……う˝ん˝」
「彼らを恨まないでほしい、憎しみの連鎖を続けないでほしい。私のためにお前が戦うなんて、憎しみをもって戦い続けるなんて……安心して眠れない。私も彼らから家族を、大切なものをたくさん奪ってきたし、これは順番が回ってきただけなんだ。それが時代が変わるということなのだから。だから……頼む。復讐にとりつかれないでくれ」
「うっうっだって……だって。そんなの……私許せない……」
「レイナ、時間がきっと解決してくれるから……忘れないでくれ。一方的だが……時間がない、すまない」
そしてジークは回線を切断した。
「パパ? パパ! まだ言いたいことが! パパ! 私パパが!」
そしてジークは回線を全軍に切り替えて通信を開始し、最後の命令を告げた。
「13番地区駐在アースガルズ軍全員に告げる! このエリアは放棄する!! 全力でアースガルズ本国まで後退せよ! 真っすぐわき目も降らずに! 一人でも多くが生き残れ!!」
そのジークの命令に、全員が従い、まっすぐと後退していく。
「パパ! 嫌! 嫌!」
それでもジークの傍から離れないレイナをジークの部下達がやってきて連れて行こうとする。
しかし抵抗が激しく動かない、それを見た剣也が剣を抜く。
「レイナ……ごめん」
「剣也君!? なにを!」
剣也はアフロディーテに一撃を入れ機能を停止させた。
ブチっという音とともにレイナの機体アフロディーテは沈黙する。
今のレイナは言葉で動くことはできないとおもったから、無理やりに連れていく。
「剣也君! 嫌! やめて! お願い!」
そして停止したアフロディーテはそのままジークの部下のKOG数体に連れていかれる。
そしてジークは再度剣也に通信をつないだ。
「すまないな、御剣。恨まれるような…ゴホッ…ことをさせて」
「……いえ、あとで謝ります、許してくれるまで。幸せにしないといけないので」
「ふふ、じゃああとはたの……む」
「はい」
「いい息子を持った……私は本当は息子も欲しかったんだ。厳しく育てて私よりも強い世界最強の騎士にするのが夢でもあった。……だか最後にこんなに……いい息子を持てるとは、あり…がと……う。け……ん…や」
「は˝い˝、俺もジーク˝さ˝んを本当の˝父の˝よ˝う˝に˝」
「………」
「ジークさん? ジークさん!!」
しかし剣也の呼び声は届かない。
ギリギリで粘ったジークは、その日命を落とした。
戦場で最後まで、守る戦いをした軍神は、自分の娘を守って死んだ。
最後の最後まで、ジークはジークらしく死んだ。
その生き様は剣也の中にしっかりと刻まれる、まるで本当の父のように。
おぶってくれた、あったかい背中を思い出し、心が張り裂けそうな気持ちになる。
少しの間でもまるで本当の父親のように、剣也はジークのことが好きだった。
父親からの愛情を受け取ったような気がするほどに、ジークのことが好きだった。
もっと一緒に過ごしたかった、もっと一緒に笑いたかった。
でもその温かい背中はもういない。
「パパ……」
涙でうまく操縦できない。
それでも。
剣也はジークに頭を下げ、そして空へと飛び立った。
剣を両手でゆっくり構えて、前を向く。
その光景は滲んでみえる、止まらない涙でうまく前が見えない。
それでもしっかりと見据えてる。
託された思いがあるから。
「ジークさん、任せてください。アースガルズ軍は全員逃がして見せる。もちろんレイナだって絶対に幸せにする」
次々と出撃する数万を超えるKOGを相手にたった一人剣を構える。
目の前には黄と青と赤の騎士。
そしてその背後には五万を超えるKOG。
世界最強の騎士が、託された最後の願いをかなえるために。
「俺が! パパの、世界最強の息子が絶対に!!」
世界相手に立ちはだかる。
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