第78話 決別

「……そう、あんたね。そういえばいたわね、そんなやつ」


 かぐやはドスの効いた低い声でレイナを呼ぶ。


 彼女の中で、レイナはすでに敵だった。

日本の敵、アースガルズに与する自分達の敵だと、あの日大好きな人を殺したアースガルズ軍だと。


「かぐや……久しぶりですね」


「そうね、あの日以来かしら。私達レジスタンスがアースガルズ軍に皆殺しにされてから」


「この戦いは無意味です。引いてください」


 レイナはかぐやに言う。

きっとロードがいつか日本を返すから、戦うことは無意味だと。


 しかしここは戦場、言葉足らずのレイナの真意はかぐやに届かない。


 もっと落ち着いて話せていたら。


 しかしそれでも彼らは止まらないだろう、どれだけ騙されてきたか、どれだけ奪われてきたか。

たった一人の敵の言葉で止まるほどに、家族を、愛する人を奪われ続けた彼らの憎悪は弱くない。


「無意味……そう。いつもあんたはそうよね、まるで自分が勝つのは当たり前と言わんばかりに上からと」


「いえ、そういう意味では!」


「だまれ! もう私は逃げない、迷わない! この国を取り返すまで絶対に止まらない! 邪魔をするなら、お前だって!!」


 かぐやが烈火のごとき怒りを剣に込めれレイナに切り込む。


「殺す!」



(レイナ? なぜここに、いや専用機で真っすぐ来たのか……私を助けに)


「くっ!」


「助かったな、軍神! あれはお前の娘か?」


 レイナのおかげでぎりぎりで助かった軍神。

しかし以前として白蓮とトールの猛攻を防ぐことで精いっぱい、レイナを助けに行く余裕はなかった。


「引けないのか! さっき娘がオープンチャットで言った通りだ! この戦いは無意味! ロード様ならきっと日本を返してくださる!」


「あの悪魔がそんなことをするわけないだろう!」


 ジークの説得は一蹴される。


「仮にそうだというなら、全員武器を捨てて投降すればいい。私達はお前達とは違う 捕虜を皆殺しになどせん!!」


「それを飲めると思っているのか!」


 無条件降伏、そんな命の保証もない行為をジークは許すわけにはいかない。

捕虜になったものがどういう未来をたどったか、アースガルズほど詳しいものはいないから。


 たとえ世界連合が正しく捕虜を扱ったとしても。


「なら、戦うしかないだろう! これは戦争だぞ、軍神。やるかやられるか、勝者が正義となり時代を作る。敗者はただ失うのみ」


「そして負けるのはお前達アースガルズだ、世界の敵として!」


「くっ! それでは歴史を繰り返すのみだ! お前達が勝利して、アースガルズを滅ぼした先にあるのは、お前達同士の戦争だぞ!」


「そんなものはわかっている! それが人だ、戦いこそ人の歴史。それはもう変えることなどできない! 文化、人種、主義主張! 少し異なれば摩擦が生まれ、軋むのは当然だ!」


 白蓮、トール、ジーク。

それぞれが思いをぶつける戦い。


 彼らは全員が職業軍人、嫌な命令も聞いてきた。

殺す必要もないと思った人も殺してきた、それが命令だから、国のためだから。


「分かり合えんのだ、人は! 力を持つ限り、強者と弱者がいる限り! 力を振りかざすのが人だから! 例え痛みをしっても、数十年後にはまた何も知らない世代に変わる!」

「人が頂点に立つ限り! 人の欲望が世界を動かす限り! 真の平和など訪れない! だから私達は一時の仮初の平和を得るために命を懸けて戦う、刹那のごとき仮初の平和のために繰り返す!」


「平和のために戦うなど!」


「お前もわかっているだろう。平和など戦争の間の休息にすぎぬのだから」


 白蓮とトールとジークは戦う。


 なんのために?


 戦った先にあるのは次の戦いだけなのに。



「邪魔をするな!!」


「くっ!」


 レイナとかぐやが相対する。


(強い、半年前とは比べ物にならないほどに…)


 しかし戦いは一方的だった。

アジア13神のかぐや、対するレイナは聖騎士クラス。


 聖騎士長クラスでなければ、勝負になるはずもないほどのアジア最強の強者。


「あんた弱くなったわね!」


「なにを!」


「どうせ、この半年! 漠然と日々を生きてたんでしょ! 幸せな日常を!」


「そんなこ──くっ!」


 レイナは半年を思い出す。

この半年自分は何をしていた? ただ剣也と毎日を幸せに過ごしていただけ。


 満たされていた。

正直、日常を、剣也と暮らす日常をただ心地よいと思っていた。


「私はね! 死ぬ気で鍛えた!! もうあの日のように、大切なものを失いたくなかったから!」


「!?……ここまで強く…」


 レイナは守ることで精いっぱい。

その猛攻を、烈火のごとき怒りを受け止めることはレイナにはできなかった。


「なんであんたが弱いか教えてあげようか!」


「くっ!」


「ないからよ、命を懸けてでも守りたいものが、貫きたい思いが。あんたにはない。ただ日々を、毎日をただ時間の流れに身を任せるあんたには! 感情もなく生きているあんたにはないからよ!」


 かぐやの猛追がレイナを襲う。


「でも私にはある。それは、昔っから変わってない! それはね、この国を! 日本を! お前達から取り返すことだぁぁ!!」


(それがお兄ちゃんの、剣也の想いだから)


「しまっ!?」


 レイナの、アフロディーテの剣が宙を舞う。

かぐやの、カグツチの赤い剣が弾き飛ばした。


「じゃあね、レイナ。アースガルズ人でもあんたのことだけはまぁ……嫌いじゃなかった」


 体勢を崩したレイナ、そこにかぐやの赤い剣がレイナを貫く。


 もはや避けることは叶わない、致命的な一撃。


 だからそこで二人の関係は終わるところだった、しかしそれは阻まれる。


「レイナ!!!」


 止めたのはジーク。


 レイナを突き飛ばし、間一髪のところでレイナを救う。


「パパ!? すみません、たすか……え?」


 飛ばされたレイナが、体勢を立て直してジークを見る。

しかしそのあとの言葉が続かない、鼓動が早くなり血の気が引いていくのがわかる。

目の前に起きている事実を信じることができなくて、体に寒気がめぐっていく。


 レイナの視線の先、そこには白蓮に貫かれたジークの機体があった。

 

「パパ!!」


 震える声で父を呼ぶ。

しかしその声は帰ってこない、ジークからの返事がない。


「よくやった、かぐや!!」


 レイナを助けようとしたジーク。

その隙を白蓮が、見逃すはずはなかった。


 その蒼き槍がジークの腹部を貫いていた。

真っすぐと、その槍がコクピットを貫いた。


「いやぁぁ!!!」


 力なく、地面に落下する機体。

レイナがその機体目掛けて真っすぐと飛んでいく。

落下寸前でジークの機体を抱えて、地面に激突は免れた。


 ゆっくりと、地面に落ちる父と娘。


 娘はただ父を呼ぶ。


 しかし。


「パパ!? パパ!!」


 レイナの声は届かない。


 それを見たかぐやは、静かにレイナを見下ろし、つぶやく。


「……ごめん」


 かぐやには今のレイナの気持ちが痛いほどわかる。

大好きな家族が死ぬ辛さを、大切な人を殺される悔しさも。


 それでも戦うしかなかったから、こんな道しか選べなかったから。


 後悔はしない、してはいけない。


 それでも、かつて一緒に過ごして、友達と呼べたレイナ。

もしも同年代の女の子の友達がいたらと何度思ったことだろう。


 一緒に放課後カラオケにいったり、一緒にカフェでだべったり。

 

 そして一緒に恋バナをして盛り上がる。

どことなく自分と似ているレイナ、もし普通の学生だったなら、もしかしたら同じ人を好きになって喧嘩したかもしれない。


 きっと別の出会いだったなら、せめて同じ国の出身だったなら、違う関係にだってなれたはず。


 でも。


「もう私は止まれないから……ごめんね、レイナ」


 怒りが収まり、静かになるかぐやは冷静にレイナを見る。

そしてその場を離れようとした、もう彼女を殺す意味もないから。


 軍神は死んだ。


 ならばこの戦場の勝者は決まった。

世界連合の勝利へと戦場は流れた、ジークが倒れたことを知ったアースガルズ軍は士気が急激に低下。


 戦線は崩壊していく、いたるところで涙を流すアースガルズ軍。


 戦意は喪失し、前線は崩壊していった。


「よし、白蓮!」

「あぁ! 全軍につぐ! すべての戦力をもって日本を奪い返す! 待機している部隊すべてだ! 戦局は決した!」


 その白蓮の命令のもと待機していたすべてのKOGが出撃する。


 支柱を、そして指揮官を失ったアースガルズ軍は一瞬で瓦解した。


 戦場は一方的なものへと変わり、世界連合が押し切っていく。



 少女は一人コクピットの中で涙を流す。

何度も父を呼ぶ、だがその声にこたえるものはいない。


 そして。


 戦場も待ってはくれない。


「白蓮!? なにを!」


 全軍に命令をだし、戦場を押し切った白蓮が戻る。

直後蒼い機体が、白蓮がレイナへと槍を向ける。


「あれは専用機、そして君と戦えるほどの敵だ。殺せるときに殺さなければならない。知り合いだったんだろう……だから私がやろう」


「ま、まって! もう目的は!」


「だめだ、姫。これは戦争だ」


「で、でも!」


「くどい!」

 

 白蓮が叫び、かぐやは黙る。


「敵は殺す、私達にできることはせめて止まらないことだ。お前達の死は世界の平和につながったと! 止まることは許されない! だから!」


 白蓮が、青龍が、蒼き槍がレイナへ向かう。


 かぐやは思わず目を閉じる。

その蒼き龍の一撃がレイナを一瞬で貫く。


 はずだった。


しかし聞こえたのは、まるで雷鳴、空気が爆ぜる音。


 そして。


キーン!


 鉄と鉄がぶつかり合う、まるで剣ではじいたような音。


「レ…イナ?」


 恐る恐る目を開くかぐやは見た。


「え?」


 純白の美しい機体が、白蓮の槍を吹き飛ばす。


 稲妻のごとき速度で空から降ってきた。

その白き稲妻が、音すら置き去りにした速度で弾く。


 その機体は、剣を持っていた、両手に二振りの剣を。


 その左手には守る力を、右手には貫く力を。


 その両手の剣には、二人への想いを確かに乗せて。


「お前らがやったのか……」


 怒りの騎士が戦場に落ちた。


 空気が爆ぜて、雷鳴が轟く。

世界最強の騎士が、大切なものを守るために。


 その拳を、その剣を。


 ただ怒りで震わせて。

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