第77話 覚醒した軍神

 時は少し戻り日本防衛戦 三日目 朝日が昇る前。


「知らない天井だ」


 人生で一度は行ってみたい言葉を、正しいシチュエーションで言えた少年は目を覚ます。


「おはよう、剣也君」


「田中さん!」


「体調はどうだい? 結構な薬漬けにされてたが…。肺炎になっていたから無理はしないようにね」


 そして剣也はあたりを見渡す。

ここは医務室、しかも個室でめちゃくちゃ豪華。

きっと貴族とかが使うようなんだろう、ロードが奮発してくれたのかな?


「胃がちょっとムカムカしますし、頭痛しますけど体調はいいです!」


「はは、まる三日近く寝ていたからね、帝国剣武祭が終わってからもう三日だよ」


「そ、そんなに……何から聞いたらいいんでしょう。世界ってどうなってます?」


 ロードが皇帝になったのか、だとしたらオーディンはどうなったか。

剣也はゆっくり起き上がりながら世界情勢を田中に問う。


「あぁ、すべて話そう」


 田中は彼が知る限りのことを全て話す。

ロードが皇帝になったこと、そして世界連合が戦争を仕掛けてきたこと。


 そして。


「レイナが一人で!?」


 父を救うために、レイナが一人で13番地区へ向かったことも。


「あぁ、今朝。アフロディーテ、彼女の専用機でね。あと数時間もすればつくだろう」


(世界大戦……かぐやとレイナが戦う……それはだめだ、絶対にだめだ)


「田中さん! 建御雷神は!」


「え? あ、あぁ、まだ闘技場だけど……君以外まともに動かせないし」


「貸してください!」


「え? どうする気だ? まさか…」


「決まってるでしょ」


 剣也はベッドから飛び起きる。


「ヒロイン達を救うんです.、そのために世界を変えて、ここに来たんですから」



◇出撃前ロードとジークの会話


「ジーク、指揮権はお前にゆだねる、無理だと判断したらすぐに撤退しろ。確かに日本は重要だが……正直敵戦力も把握できんし、私も指揮をとれない」


「了解しました。でも粘りますよ。最後の最後まで。ここで守り切ればロード様の目的にも大きく近づく」


「……私にはお前がまだ必要だ。だから死ぬなよ」


「世界のためなら……この命惜しくはありません」


「ロード様、私は戦います。命を懸けて」

 

 時は戻り日本防衛戦 三日目の早朝。

目の前にいる敵KOGを見てジークはオープンチャットで話しかける。


「報告にあったが、お前達二人ともこの戦場に来ているとはな」


 ジーク・シルフィードは相対した。


「久しぶりだな、軍神ジーク。かつてはまんまと逃げられたが、我が祖国を焼いた罪ここで償ってもらう」

「私は初めましてだな、軍神。私は白蓮。よく覚えておけ、お前を殺す男の名だ」


 EU最強の操縦士、雷のような黄色い機体ミョルニルに乗った雷神トール。


 アジア最強の操縦士、流れる川のような蒼い機体青龍に乗った白蓮。


 そしてもう一人。


 真っ赤な機体に乗った少女と相対した。

今は押し返された前線を押し戻そうとしたときだった。


 ジークなら必ず押し返してくる。

そう読んだ白蓮たちの作戦通り、軍神は部隊を率いてやってきた。


「ジークさん! くそっ! じゃまだ!!」


 ジークの部隊は、世界連合の部隊によって抑えれれる。


 数にして倍以上、しかしジークの鼓舞によって上昇した指揮の高さが戦力を拮抗させていた。


「ふっ。こんなロートルを殺すために、わざわざ来てくれるとは。騎士冥利に尽きるというものだな」


「謙遜するな、お前が死ねば間違いなく戦線は崩壊する。それほどに支柱なのだよ。軍神の名とお前という人格は」


 白蓮の言う通り。

三日持たせていることは奇跡ともいうべき士気の高さ。

それはひとえに、部下全員からとても慕われているジークという存在が大きかった。


 ジークが戦場で誰よりも前で、命を懸けて戦う。


 そのジークを殺させないために、守るために全員が戦う。

軍全体が、守る戦いだと心に刻んだ戦場は強固な砦を築き世界連合の猛攻を防ぎきる。


 しかし裏を返せば。


「だ、そうだ。軍神。だからお前が折れれば終わる。ではあの時の続き。はじめようか!!」


 ジークが討たれることは、守るものを失うということ。

つまりそれはアースガルズ軍が崩壊することを意味していた。


 トールが、背に背負った巨大なハンマーを手に持ち稲妻のごとき速度で距離を詰める。


 ミョルニルの専用武器、巨大なハンマーは多対一において無類の強さを誇り戦場を駆け巡る。

一対一でもその強さは健在でその一撃を受けることは並みの兵士では防御不可の破壊の鉄槌。


 その巨大な鉄槌がジークを捕らえて砕こうとする。


 並みの騎士なら、その一撃で終わっていた。


 並みの騎士なら。


「ふんっ!」


 ジークは返す、帝国最強の一角の軍神はその致死の一撃をはじき返した。


 柔よく剛を制す。

まるで合気のように、そのハンマーを剣で優しく包み、流れでそのまま押し返す。


 それはKOGでやるには高等過ぎる武芸の達人の技。

生身においても達人級の武芸達者のジークはその技をKOGで再現する。


 それを見たかぐやはつぶやいた。


「強い……現時点では私よりも間違いなく」


 かぐやの見立てでは、アジア13神の自分よりは、いや他の13神全員よりも間違いなく。


 ジーク・シルフィードは圧倒的に強い。


 ただし、アジア最強の白蓮だけはその強さにも。


「卑怯とは言うまいな!! 軍神!!」


 届きうる。


「くっ!」


「ジークさん! 今助けに! うわぁ!!」


「今は自分のことに集中しろ! 私は大丈夫だ!」


 白蓮が持つ蒼き槍がジークを貫こうとするが済んでのところで剣ではじく。

その槍術はトールとはまた違う並みの騎士では防御不能の変幻自在、まるで蒼き龍のごとき一撃。


 トールと白蓮。


 その二人の猛攻をジークは必死に振り払う。


 人数差、そして機体スペック。

全ての置いて上回られている、それでも守る、捌く。


 その強さは鬼神のごとき。


「私は負けん!」


 命を削る戦いが続く、並みの精神では耐えられない。

槌、槍、剣の戦いは、ジークの強靭な精神で保たれる。


 一撃で命が消し飛ぶ猛攻、しかしすべてをかわし受けきるジーク。


 極限の命のやり取りは、過去の記憶を呼び起こし、全能感が体を包む。


 ジーク・シルフィードは、間違いなく覚醒していた。


「量産機でよくぞそこまで! さすがは我が国を半分以上滅ぼした男だな!!」


「それを言うなら、お前に何人私の部下がつぶされたと思っている!!」


 KOGごしに通話し合うトールとジーク。


「噂通りだな、軍神! 現役の時はもっと強かったのか?」


「私はいつだって今が一番強い。なぜなら!」


「ぐっ!」


「守りたい者は年を取るごとに増えるからだ」


 ジークが白蓮とトールの攻撃をはじく。

集中の極みへと達したジークの強さは、今間違いなくオシリスと同程度まで到達した。

惜しむべくは量産機では、その力を出し切れないこと。


 しかし世界最強級の二対一ですら、耐えるだけならできるほどに、今ジーク・シルフィードは覚醒した。


 トールと白蓮では押し切れないほどに、ジークは防ぐ。

力が拮抗し、天秤はつり合う、ほんの少しで傾くほどに。


 烈火のごとき火がくべられるだけで傾くほどに。


「守りたいものがあるのが、あんただけとは思わないことね」


 白蓮とトールの攻撃を捌いたジークの裏を取ったかぐや。


 二人の猛攻を防ぎ切ったその一瞬の隙を逃さないほどには、かぐやも最強の一角に足を踏み入れる。

本物の戦場で命を懸けたかぐやの経験値は訓練とは比べられないほどに多く、圧倒的成長を遂げていく。


「な!?」


 かぐやがジークの裏を取る。


 その赤き一閃が背後からジークを狙う。


 完璧な一撃、この一撃のためだけに潜んでいたかぐや。


 その一閃はもはや避けることは叶わない。


「さよなら、軍神。日本は返してもらうわ」


 その赤き剣がジークを貫こうとしたときだった。


キーン!


 弾かれる赤き剣、戦場に鳴り響く金属音。

かぐやは絶好の機会を奪われたその専用機を睨みつけて話しかける。


「……だれ? あんた」


 現れたのは桜吹雪を舞い散らせた、白雪のように美しい機体。


「私はレイナ・シルフィードです。覚えていますか?」


「あぁ……そういえばあんたアースガルズ軍だったわね」


 その声は何度も聞いた、友の声。

でも今は。


「久しぶりですね、かぐや」


 敵の声。

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