第三章 世界連合編
第72話 復讐の姫
「ロード様、オーディンが逃げていきますがよろしいのですか? 今でしたら」
帝国剣武祭が終わってすぐ、部下がロードに進言する。
今ならオーディンを倒せるのではと。
そのために、これほどの戦力を闘技場の外に待機させたのではないのかと。
皇帝になる前のロードが動かせる数少ない軍事力が闘技場近くに集合していた。
それでも少なくない数のはず。
「いや、いい。向かってこないならば。最悪なのは今この瞬間に戦争が起こることだ。内心ひやひやしたが、兄上が自暴自棄にならなくてよかったよ」
そのロードの進言通りに待機する部下達、しかしこの絶好の機会を逃す理由がわからない。
しかしすぐにわかることになる。
「あれは……」
オーディンを迎えに大部隊が空から現れる。
オーディンの軍事力、その数はまともに戦えば首都が更地になるほどの。
「我が兄ながらその周到性には恐れ入る、あの状況でも負けた時のために準備を怠らないなんてな。いや、勝った時のかもしれんがな、私を殺すための」
ロードは知っていた、オーディンがこの日のために戦力を集めていることを。
弾薬や、備蓄の流れが戦争でも起こすのかという異常な流れをつかんでいたから。
今日敗北していたら、そのまま自分は殺されていたかもしれない。
一応戦力は動かせるだけ用意した、しかし皇帝前の自分では動かせる分は限られている。
「我が騎士のおかげでもある、あの状態でも最後まで倒れずにいてくれた。あれがなければもしかしたら……」
今オーディンが全力でロードを殺しに来た時、戦力では負けている。
しかし剣也が最後までその場で立ってくれていたおかげでオーディンは退却を選択した。
なぜなら剣也によって時間が稼がれれば、ロードが皇帝になったことによって味方になった貴族の戦力が増援にくるから。
その時敗北するのはオーディンのはずだから。
「なるほど……本当にギリギリだったのですね」
「あぁ、もし兄上が戦争を選んだらアースガルズは本当に窮地に立たされることになったがな。世界連合と戦わなくてはいけないこの時に」
アースガルズの戦力の半分をもつオーディンと内部戦争中に世界連合が攻めてくる。
それだけは絶対に避けたいが、オーディンなら選択しないとロードはわかっていた。
なぜなら。
「私よりも、他国に敗北するほうが許せないですよね。兄上、あなたはそういう人だ」
そしてロードはただオーディンが逃げるのを見つめる。
かつては慕っていたはずの兄との決定的な別れ理解して。
◇過去
「ほら、ロード。これはチェスっていうんだ! 私がお前に教えてやろう!」
「兄上……よろしいですか? 私は……穢れた……」
「ん? 構わん! 何を小さいことを! さぁこっちへ来て隣に座れ! 遠慮するな。私はお前の兄だからな! 弟の面倒を見るのは兄の仕事だ!」
◇
もう二度と笑い合えることはできないのだと。
…
時間は少しだけ遡る。
剣也が、まだオーディンの策略で牢獄に囚われた日。
つまり帝国剣武祭が決定された翌日。
場所はアジア連合、国の名は中武。
世界最大の連合国家の中でリーダーといえる存在の国。
アースガルズを除けば世界最大の国家であり、人口およそ10億を超える超大国。
その国の首都 神威、アジア連合総本部がある町。
ここには軍部の総司令部もあり、アジア連合の政界、財界、そして軍部のTOP達が集う街となる。
アースガルズの帝都ヴァルハラにも劣らずの大都会。
その軍事施設で一人の少女が訓練に励んでいた。
ここはジム、肉体強化のための施設。
そこへ一人の軍人が声をかける。
長い黒髪、アジア人特有のその黒くて長い髪をまとめている男。
年は20代中ごろだろう。
「今日も追い込んでいるのか…いい加減体を壊すぞ、かぐや」
「白蓮……いいのよ。これぐらいやらなきゃ私は強くなれないから」
少女は、朝からシミュレーター、筋トレ、座学。
あらゆるKOGに関するすべてを学び、すでに半年以上。
死に物狂いで訓練を行ってきた。
「さすがは、わずか半年で一兵卒からアジア13神に選ばれた努力の少女だな、恐れ入る。君が休んだところを見たことがないよ」
「邪魔するならかえって、それとも相手してくれるのかしら?」
少女は、自分よりも重いバーベルを持ち上げて肉体のトレーニングを行っていた。
KOGに関係するかと言われると関係する。
自分ができない動きをKOGはできないと言われている、まれにKOGの方が得意の天才もいるのだがそれは特異な存在。
だから少女は肉体トレーニングも欠かさない。
しなやかな四肢とくびれた腰、薄いまな板……。
日々戦闘訓練を欠かさない。
「君が望むなら俺はいつでも相手をするよ?」
「そう、じゃあお願いするわ」
「もちろんだとも、姫」
「その呼び方やめてって言ってるでしょう」
「君の国の童話からなんだがね、かぐや姫。それに俺は君を守る騎士でありたい。アースガルズではないけどね」
少女はその言葉で思い出す。
文字通り自分を命がけで守ってくれた大好きな思い人。
今でもその想いは風化することなくかぐやの中に残っている。
その想いの強さは、半年の年月をかけて復讐の炎をより一層燃え上がらせる。
「……何度も言っているけど私はあなたの想いには答えれないわ。好きな人がいるの」
「この私よりも良い男だとでもいうのか? 13神、最強の私よりも?」
「ええ、あんたよりも良い男よ。少なくとも私よりも強かった。そして、あなたよりもね」
「ははは! 私が負けるような男がいると? そんな人物世界に一人しかいないが?」
その青年が思い浮かべるのは、世界最大の国。
アースガルズ帝国の最強の騎士。
一度戦場で相まみえてから、彼は悟った。
あれは自分よりも上のステージにいる存在だと。
50機ものKOGを剣のみですべて薙ぎ払ったという噂すら信じられるほどの。
オシリス・ハルバード、未来永劫あれを超える存在など現れないとすら思わされた。
「そ、じゃあもう一人追加しておくことね」
「……過去はいつも美化してしまうものだよ、かぐや、でも君はいずれ私を選ぶだろうな」
もったいぶった顔でかぐやを見る青年。
その顔にかぐやは何かがあると勘づく。
「……何が言いたいの」
「ふふ、君にいいプレゼントがあるんだ。君が欲しくてたまらない……プレゼントが」
「!?……どういうこと」
「焦る必要はない、父上が今日の会議で決定するだろう、すぐにわかる。で? とりあえずやるかい?」
「そ、今日の世界会議で決まるのね。……じゃあ相手してもらえる?」
「では、シミュレーターに乗ろうか」
そして少女と男はシミュレーターに乗る。
今だ勝利したことはない、しかし世界最強の一角と勝負になっているのは、狂気ともいえる努力の結果。
だから少女は今日も。
「今日こそは勝たせてもらうわよ」
復讐の炎を燃え上がらせる。
…
「一心さん、今日すべてが決まりますね」
「あぁ。玄武さんはほぼ決まりと言ってくれていた。あとは願うばかりだな」
同施設。
かぐや、一心含む日本人達が集まる。
この半年で、旧日本軍としてアジア連合の中で確固たる地位を確立した一心達。
かぐやの功績は大きく、アジア連合最強の13人に選ばれるほどのエースパイロットに成長した。
なので、かぐやだけはこの首都神威の軍事施設に住むことを許されている。
それに付随するように一心達、アマテラスもアジア連合の日本軍として地位を確立された。
「もし決まれば……また戦争ですか」
「あぁ、かぐやを呼んでくる」
そういってかぐやの部屋へと向かう一心。
…
薄暗い部屋。
「あっ……んっ……剣也……剣也……あっ……」
少女は一人、瞼を閉じて少年を思い浮かべる。
少女の一日で唯一自分のためだけの時間。
ベットに寝そべり、涙を浮かべながら、それでもその時間だけは幸せだった。
ただ好きな人を思い浮かべることだけができるから。
「んんっ!…………はぁ……またやっちゃった……ダメだな、私」
それでも少しだけいつも自己嫌悪に陥ってしまう。
トントントン
すると扉をノックする音が聞こえる。
ベットから飛び起きるかぐや。
「かぐや……いるか?」
「お、お父さん! ちょ、ちょっと待って!」
慌てるかぐやの声、しばらく扉の前で待つ一心。
「ご、ごめん。なに?」
「なんだ、そんなに真っ赤な顔をして。部屋で訓練でもしてたのか?」
「う、うん! ちょっとね。やりたりなくて」
「そうか……」
すると一心がかぐやの頭をなでる。
「あまり根を詰めすぎるなよ、お前の気持ちは痛いほどわかるから」
一心だってあの日救えなかった少年のことは心に深く刻んでいる。
だからこそ、日本奪還に向けて昼夜惜しまず動き続けてきたのだから。
「うん……で? どうしたの?」
「玄武さんはわかるな? 白蓮君のお父さんの」
「うん、何回かあってるし。中武のトップなんだからそれぐらい知ってるよ」
政治家であり、中武という国のトップである玄武。
年は一心と変わらないが、白蓮というアジア最強の戦士の父。
いや、父がいたからこそ白蓮という最高傑作ができたと言ってもいい。
「あぁ、その玄武さん含め、いまから大事な会議がある。私はでるがお前も同席するか?」
「大事な会議? 急なのね、白蓮が言っていた会議かな」
「あぁ、元々予定はしていたが、昨日急に決まった。お前も知っているだろ、アースガルズの帝国剣武祭、そして次期皇帝を決める戦いが始まったことを」
「……うん」
「どちらが皇帝になっても世界大戦は始まるかもしれん。我々としてはロード・アースガルズでないことを祈るしかないが。だから今なんだ」
悪魔の頭脳と呼ばれEUを壊滅寸前までに追い込んだ天才。
それだけは避けてほしいと願うのがアースガルズ以外の共通認識。
「わかった。いくわ」
そしてかぐやと一心は会議に参加する。
玄武に言われた通り日本代表として。
…
巨大な会議室、まるで日本の国会のような。
中心には巨大なモニター、そしてそれを囲むように、アジア連合の各国の代表が座る。
ここはアジア連合の最終意思決定機関。
その大会議室の隣の少し小さい部屋に一心達は入室する。
まずはそこで簡単に会議があるとのこと。
「来たか、黒神。あぁ、かぐや君も一緒にか」
「はい、今日の会議は聞く方がいいでしょうから」
「あぁ、君達が当事者だからな。そろそろ先方も付く頃だろう。まずはここで本題を話す、そして隣の会議室で頼む」
「了解しました」
そういって一心達が座る横には50代半ばの壮年の男。
軍人ではない、政治家のたるんだ身体。
しかしその眼光は、アジア連合のトップとしての鋭さは併せ持つ一見優しそうな細めの男。
まるで亀のようにおっとりとして優しそうな男の名は玄武。
しばらくしてから扉が開く。
現れたのは、多種多様な髪の色。
ただし、黒だけは除くその人種達が挨拶をする。
「初めまして、アジア連合のみなさん。私はカミール、EUの代表です。さぁ、始めましょう! 今日は歴史的な一日ですね! なぜなら」
アジア連合の全員が視線を向けるのは、笑顔で眼鏡を光らせた。
「世界最大の国家が誕生するのですから!」
EUの代表団だった。
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