第70話 ヒロインにガチ恋したら

「どうして……どうして……戦うの」


 少女は一人泣いていた。

地面に座り込み、二人が見えなくなってもずっと泣いていた。


「命を懸けて……なんで……自分の命を捨ててまで何のために……」


 なぜ少年は、戦うのか。


 なぜあんな体で、戦うのか。

立っていることだって辛いはず、目を開けているだけで辛いはず。


 なのに、なぜ戦うの?


 相手は帝国最強の騎士なのに。

あの雲の上の強さの父よりも強く、歴代最強の騎士、剣聖と呼ばれる存在なのに。


 そんな相手と歩くことすらままならない体で戦えば、死ぬことは明らかだった。


 剣也が死ぬところを見るなんてレイナにはできなかった。


 だからどうしても立ち上がれなかった。

その姿を見る勇気がなかった、足が動かなかった。


「なんで私なんかを……自分の命より守りたいものなんて……なんで」


 泣きじゃくるレイナ、何度も何度もその言葉を繰り返す。

去り際に剣也が言った言葉を、思い出す。


 自分を守るために戦うといったボロボロの少年の言葉を。


 あの日自分を好きと言ってくれた少年が命を懸けて自分のために戦うといった言葉を繰り返す。


「うっうっ。私にそんな価値なんて……私には守られる価値なんて……守られる価値なんて……!?」


 直後頭を抱えるレイナ、レイナは突如過去の記憶がフラッシュバックした。

レイナを命を懸けて守るといった剣也の言葉をトリガーにして、感情が振り切って、心の奥底に閉まっていた記憶がよみがえる。


「ママ?……」


 レイナは思い出した。


 あの日自分を命がけで守ってくれた人を。


◇レイナの過去


「大丈夫、ママが絶対に守るから。絶対に。レイちゃんはママが命を懸けて守るからね」


 レイナに覆いかぶさる一人の女性。

その背中には銃弾の後、血が大量に流れる。


 暗い穴の中。

血がレイナの顔に垂れる。

銃弾の音が鳴り響き、日本人の悲鳴が聞こえる。


 母は子を守るように覆いかぶさり、守ってくれた。


 敵に見つからないように、銃弾が当たらないように必死に。


 命を懸けて、そして目が覚めれば母は……。


 そこからレイナの記憶はない。


 しかし、レイナは過去を思い出した。

断片的だが、それでもはっきりと。


「そうだ、私は……ママに……」


 思い出したのは日本とアースガルズの戦争の記憶。

自分をかばって命を落とした母の顔と、目を覚ました時、冷たくなってなお抱きしめてくれていた母の遺体。


「命を懸けて……守ってくれた……なんで忘れて…うっうっ」


 胸が張り裂けそうなほど苦しかった。

母の顔を思い出して、過去を思い出して、心が壊れそうになった。


 私を抱き締めながら銃弾からかばってくれた母の顔を思い出す。

それでも笑顔を向けてくれた大好きなママの顔を。


 思い出すと震える体、過呼吸になりそうになる。


 それでも、思い出したからこそ、思い出す。

事実から目をそらして、忘れてしまっていた自分を、今また同じことを繰り返そうとしている自分を。


「いかなきゃ」


 だから少女は立ち上げる。


 その辛くて、どうしても向かい合えなかった過去を思い出して、震えて、涙を流しながらでも。


 顔を上げる。


 思いだしたのは、少年の顔。

自分のことを好きと言ってくれた少年は、今自分のために同じように命を懸けているのだから。


 あの時の母と同じように。

なのに自分はまた、逃げて目を逸らそうとした。


「それはだめ…」


 あの時は何もできなかった、今だってそうだ。

ここにいたら何もできない、もう後悔はしたくない。

怖いから見ないなんて、もうしたくない。


 自分には何もできないかもしれない。


 傍で応援することしかできない。


 それでも、傍で、この目で見なくてはいけない。

自分を命がけで守ると言ってくれた人の戦いを見なければいけない。


「応援しないと、剣也君を。目をそらさずに、しっかりみないと!」


 少女は走った、


 少年が戦っている戦場へ。


「もう私は逃げない!」



(あれ? 俺は何をしていたんだっけ)


 オシリスからの一閃をかろうじて防いだ剣也。

しかしその衝撃は、殺しきれず激しくコクピットに頭を打った。


 元々意識を失いそうだった剣也、酸欠も相まって血が足りない。


 衝撃で簡単に意識を失ってしまった。

さらに貧血の状態を引き起こし、意識はずっと闇の中。


(なんでKOGに乗っているんだっけ)


 剣也は何もわからなくなっていた。


 一瞬意識が飛び、記憶が曖昧、思考が回らない。

ぼーっとコクピットを眺めるのは、虚ろな目。


「──ちゃん頑張って! お兄ちゃん!!」


 外から声が聞こえる、うっすらと意味を理解できずに。

KOGは外の音声も拾ってくれるが、それでも剣也にはその声がよくわからなかった。


(お兄ちゃん? なんのことだ? ダメだもう眠い……寒い……辛い………)


 剣也はその声の意味も分からずただ虚空を眺めている。


(そういえば……昔あったな……こんなこと……)


 突如脳に浮かぶのは、遠い過去の記憶、ふと思い出した同じような状況の記憶だった。


 前の世界でたった一人の家で高熱を出した時。


 家には誰も居ず、買い物を頼める親も友人も誰もいない。


 ただ一人布団の中でせき込み、苦しくて寒くてお腹が減って泣いていた。


 そして何より……寂しかった。


 一人は嫌だった、このまま死ぬとしても一人は嫌だった。

孤独は辛くて、寂しくて、どうしよもなく、誰かに求められたくて。


 でも捨てられた親に助けを求めれるほど勇気もなかった。

だから高熱にうなされながら、起動した、布団の中でVRの機器を付けて大好きなゲームを。


 高熱にうなされ、もちろんゲームができるような体力はなかった。


 でもそこに行けば会えるから。


 彼女達に会えるから、一人じゃなくなるから。


「レイナ……かぐや……」


 自分の名前を呼んでもらえるから。

もう誰も自分の名を口にしてくれなかったあの世界で。

もう誰も自分を目に映してくれなかったあの世界で。


 レイナとかぐやは、俺を呼んでくれたから、俺の名を呼んでくれたから。

真っすぐと俺の目を見て、読んだくれたから。


 だからもう一度呼んで欲しい。


 二人から呼ばれる名前だけは本当に特別だったから…。


「立って! 立ってよ!」


(なんで立たないといけないんだ?)


「お願い…お願い……」


 レイナは会場に到着していた、祈るように大きな声で剣也を呼ぶ。

剣也が飛ばされた観客席付近の壁をよじ登り、目の前の剣也を大きな声で呼ぶ。


 それでもその声は届かない。

それでも何度も仮初の兄を呼ぶ。


 いまだ立ち上がれない剣也を呼ぶ。


 そして目の前には赤と黒の禍々しいKOGが、剣を構えた。


「起きて。起きてよ! お願い……」


(もう眠い……)


 暗い底へと落ちていく剣也。

完全に意識が途絶えるはずだった。


「んやくん……けんやくん」


(……聞こえる……声が)


 でも、声が聞こえた。


 自分の名前を呼ぶ声が。

その声ははっきりと、剣也を呼ぶ。


「起きて! 剣也君! 起きて!!」


「さらばだ、ソード。願わくばもっと戦っていたかった……お前は間違いなく今までで最も強い騎士だったよ」


(この声は……レイナが呼んでる?……起きる? 起きて何をすれば?)


 オシリスの弾丸のような突きが剣也を射抜かんと放たれる。


「さらばだ、ソード!」


 と同時に、レイナが叫ぶ。

心の底から、大きな声で彼を呼ぶ。


「起きて戦え!! 御剣剣也!!! 私を守ってくれるんでしょ!!」


キーン!


 鳴り響く、鉄と鉄がぶつかり合う金属音。

弾いたのは剣、弾かれたのも剣。

白い巨人の一撃が赤と黒の巨人の一撃は弾き飛ばす。


「剣也君……」


 少女の必死な心の叫びは、愛する人を呼ぶ声は。

少年の心の奥底に届き、目覚めさせる、何度も何度も呼ばれた声で。


「聞こえたよ、レイナ……」


 オシリスの渾身の一撃は剣也に弾かれた。


 驚きながらもオシリスは笑う。


 好敵手の復活に。

 

「ふっ。女の声で目を覚ますとは……現金な奴め」


 必殺の一撃をはじかれたのにその声はどこか嬉しそうに。

そして白い巨人はゆっくりと立ち上がる、その中の騎士は枯れそうな声で、それでも確かに意思を持った声を出す。


「そうですね、目がばっちり覚めました。毎朝起こしてほしいぐらいです」


 その虚ろだった目には、確かに光を灯し前を向く。


「ははは! それはなによりだ。良い女に惚れたな」


 頭からは血を流し、口からも。

体調は悪い、最悪と言ってもいい。


「はい、一生離しません……」


 それでも、剣也は覚醒した。

大好きな少女の呼ぶ声で、何度も勇気をもらったその声で。


「だって彼女は」


 なぜならその少女は剣也の。


「ガチ恋した俺の嫁ですから」


 戦う意味だから。

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