第69話 剣の領域、頂点に立つ者

 開始のゴングと、宣言が会場に響く。


 しかし歓声は上がらない。

全員が固唾をのんで、静かに見つめる先には、二つのKOG。


 剣也とオシリス、頂点に立つ者を決めるために。


 先に剣を構えたのはオシリス。


「では……」


 そして戦いは始まった。

世界の運命を決める一戦が。


「いくぞ! ソード!」


 繰り出すのは突き、オシリスの最も得意な技。

その鋭き突きは並みの物、いや聖騎士長クラスですら一撃で屠るほどの鋭さを持つ。


 遠目で見ている観客達ですらそのまるで弾丸のような勢いの突撃に、受け止めることなど想像できない。


 目を閉じて剣也の敗北を悟る者も多かった。

余りの鋭さに観客席からは恐怖を感じて悲鳴すら漏れる、見ているだけで命に触れられたかと錯覚するほどの突き。


 しかし。


「さすがにこれぐらいは止めるか」


 剣也の両手の剣によって弾かれる。


 剣也は止めた、体力はギリギリ、すでに満身創痍。

それでも体が勝手に動く、細胞の一つ一つが自我をもって剣也を守る。


 それはもはや反射の領域。

熱いものを触った時に体が反応して、考えるよりも早く手を離すように。


 何百何千と繰り返してきた戦いは、練習は、訓練は。


 すでに人間の思考の壁を飛び越えて、体を動かす。


(早く、しないと……ゴホッ!…意識が飛びそうだ)


 それでもコクピットの中で大量に血を吐いた剣也。

操縦による衝撃の負荷は想像以上で、今の剣也では長くは持たない。


 鋭い突きの振動は、確実に剣也の命を削った。


 だから。


「決める! 全力で!」


 集中する。

自らの意思で、それは極限の状態だからこそ容易に剣也を迎え入れる。


 無の境地とも呼べる集中の極意は、剣也を簡単に招き入れた。

 

 扉は開かれ、痛みすらも忘れて。


(集中しろ! 考えるよりも早く動け!!)


 観客席では、目をこする聖騎士、聖騎士長達。

一流の騎士達には、それが見えた。

その威圧感とも、圧迫感ともいえる何かが白い機体から見えたから。


 それを見てジンとゾイドは震える。


「なんてプレッシャーだ……私と戦ったときとは比べられないほどに……痛い。怖い…」


「俺にはよくわからん、それでも……見てるだけで感じるほどの敗北のイメージを叩きつけられている気がする…」


 三英傑が一人、オルグ・オベリスクはそれを見てその大きな声ではなく、静かに語る。


「あれは間合いか……まさかそのレベルとはな。ロード様の騎士は伊達ではないという事か……」


「まさかあの年で……ソード君はすでに私よりも上……なのですね」

 

 ラミア・シルバーナもそれを見て理解する。

あれは剣の間合いだと、自分ではあれほどはっきりと出すことはできない。

見るだけで、そこは切られると意識させるほどの圧倒的なプレッシャー。


「まさか……剣の領域を出せるレベルだとは」

 

 しかしラミアはあれを見たことがある。

剣の領域と呼んだその領域を見たことがある。


 ずっと昔、戦場で確かに見た。

その時は50機ものKOGをすべて叩き切った。

絶望的な状況で、その人はすべての敵を叩き切って私達を救ってくれた。

まるでその人を中心に円が描かれたように、その間合いに入るや否やすべて叩き落とした。


「どちらが強いのでしょうか」


 そしてラミアが見るのは。


「オシリスさんの領域と」


 その赤と黒の禍々しいまでのKOG。


「そうか……ふふ、見るのは初めてだな。これが皆が見えていたものか。ならばお前はどうだ? 初めてか?」


 オシリスが剣を構える。

静かに、ゆっくりと、そして真っすぐ剣也へと向けた。


 目を閉じ、呼吸を整える。


 その瞬間剣也は見た。


「……これは……間合い?」


 剣也は感じ取った、オシリスの間合いを。

そこからは危険地帯であると感覚的に見て取れる。

その範囲をつなげていくとまるで、球体。


 オシリスを中心に、禍々しい球体のような間合いが揺らぐ。


 頂点に達していたオシリスは、剣也と同様の領域へと足を踏み入れる。


 強引に、力のみでこじ開けた。


 一流達は見た。


 二人の周りに間合いが見える。

一級の騎士達だけに見えるその、次元が違う存在達の間合いが、プレッシャーが見て取れた。


 その間合いがゆっくりと、ゆっくりと近づいていく。


 お互い初めてみるその領域が、10メートル、5メートルと徐々に近づく。


 そして。


キーン!


 重なる。


 直後その闘技場に、響く金属音。

二人の剣士の剣戟が始まり、その速度は並みの人間には目ですら負えない。


「はぁ!」


 オシリスは切る。


「ぐっ!」


 剣也も切る。


 息する間もない神速の剣戟。

人の反応速度の限界など優に超えている。

彼らが切り逢えているのは、世界最高峰の技術と、経験と勘、そして運。


「ははは! これほど止められるのは初めてだぞ!」


「はぁはぁはぁ……強い、本当に」


 極まった動きだからこそ似ている、そして少しでも歯車が狂えば天秤は傾く。


(負けられないんだ……俺は世界を救わないと)


 精神をすり減らし、集中の極みへ。

相手が止まって見えるほどの集中力、なのに押し切れない。

どこから剣がくるかはわかるのに、どこから切っても止められる。


 それは相手も同じこと。


 どれだけ切り結んだか。

観客達は、手に汗握る。

目を閉じることすら許されない、もし瞬きすればその間に勝負が決まる。

そんなぎりぎりの攻防を繰り返す。


 そしてそれを見るオーディンは声を荒げる。


「どうなっている! キャサリン!」


「そ、そんな……あの体ですよ、なぜあれほど動けるんですか……あ、ありえない…」


「お前が! 必ず勝てるはずと言ったからその作戦を認めて、この戦いを認めたんだぞ! もし、もし万が一があったら……わかっているな」


 その一言にキャサリンは青ざめる。

キャサリンの調整は完璧だった、なのにこれはどういうことだ。

なぜあれほど動ける、すでに死にかけの身体、今すぐ治療しなければ死んでもおかしくない。


 それほどまでに追い詰めたはずなのに。


「なぜ……あんな動きができるの……」


 キャサリンは見誤る。

廃人と呼ばれたゲーマーの底力を。

すでに思考は反射の域に達した覚醒した騎士の力を。



「まだ……まだいける。ここで終わってもいいから。一瞬たりとも気を抜くな。ここですべて終わってもいいから……世界を救え」


 剣也は集中する、全能感が剣也を包む。


「ふはは! もっと、もっとだ! 私はまだ深く潜れる」


 それはオシリスも同じこと、彼もまた全能感を感じ最高のパフォーマンス見せる。

いや、過去のどの自分と比べても今は上回っていると実感する、それでもなお。


「これも止めるのか! お前となら! もっと、もっと行けそうだ! ソードぉぉぉ!!」


 剣を極めた二人の騎士。

もし生身でやれば、剣也は一秒と持たずに切り伏せられるだろう。


 しかしKOGなら。


「負けない! 俺は、勝たないと! ここで勝たないと世界が!」


 剣也は世界を救うと口にする。


 その想いがまるで自らの一本の芯であるかのように、妄信する。


 青春のすべてを、人生の大半を、そしてこの世界に来てからも。

この技術にすべて捧げてきた。


 極みへと至った二人の剣士が、切り結ぶ。

時間にして、数分だろう。

なのに、剣戟は何百と交わし、会場には硬い金属音が鳴り響き続ける。


「なんという戦いだ……息が止まりそうじゃ」

「人はあそこまで早く反応できるのか、あんなもの見て動くなんて。あれは本当に人なのか……」

「父上も、ソードも……私には理解できないステージにいるのだな。父上はさぞ嬉しいだろうな、それほどの好敵手に出会えたこと」


 観客席では、息を忘れて手を強く握る観客達。

一般人にもその戦いは、この世界の頂点だと分かる。

毎年行われている帝国剣武祭とは格が違う。


 各々が成し遂げたい想いをぶつけ合う、本物の命のやり取り。

敗者は全てを失い、勝者は全てを得る。


 だから負けるわけにはいかなかった。


「俺は……俺は!」


 だから剣也は戦う、この相手を倒して思いを成し遂げるために。


 あの世界の引きこもりは、この世界で最強の騎士になる。


「俺は世界を…!?」


 はずだった。


「ゴホッ! ゴホッ!」


 吐血。


 意思とは関係のない身体の生命反応。

集中しすぎた剣也は、胃の中に血をため込んで息することすら忘れていた。


 体が悲鳴を上げるには十分なほどに、体内の酸素は低下し溜まった血は逆流した。


 その隙を逃すほど、オシリスは甘くはなかった。

時間にしては一秒ほど、しかし極限のやり取りの中で一秒は余りにも。


「ぐっ!」


 長すぎた。


 オシリスの一閃を崩した体勢で、何とか受け止める剣也。

身体が勝手に動いて、ガードを何とか行えたのは極限の集中状態だったからこそ。


 しかし、衝撃で吹き飛び体勢を崩し、観客席のすぐそばの壁に激突する。


 それに合わせて。


「どうした、間合いが消えたぞ? ……なぜだ、いきなり」


「ゴホッ!!」


 オシリスが追撃をしようとしたとき、剣也のプレッシャーが一切消えたことに気づく。

衝撃はあるとはいえ、ガードされたので何も問題はなかったはず。

それに、先程は明らかな隙を見せた、明らかに何かが起きたと思うほどに。


  実はこのとき剣也は気を失っていた。

衝撃が元々失いそうだったか細い糸で耐えていた意識を刈り取っていた。


(今のは吐血? 罠? そんなわけはない。そういうタイプではないはずだ……ならなぜ、マシントラブル? いや……まさか)


 オシリスは一瞬戸惑い、オーディンを見る。

剣也からの返答もない、オシリスの頭にあらゆる可能性がめぐる。


 心なしか、KOG越しに聞いた剣也の声がかすれていたことも。


(そうか……そういうことか)


 オシリスは全てを結び付けた。

明らかに意図的に一週間隔離するような訓練を提案された理由も。


 オシリスは事実に気づき落胆する。


 剣に目覚めて、剣を愛して、剣に生きて、剣に死ぬ。

そう心に決めた剣聖はいつしか、戦場で覚醒して、もはや世界に敵はいなくなる。


 剣聖は上った、頂に。

誰よりも早くその景色が見たくて。


 そこは、目指してきたその場所は、恋焦がれてきたその場所は、いざ立ってみると。


 どうしようもなく、ただ孤独だった。


 見渡せば周りには誰もいない、一緒に上ってきたはずの仲間達はもういない。

いつしか大好きで、夢中になって訓練していたKOGに乗る回数も少なくなった。


 それでも。

いつかまた燃え上がらせてくれる相手を待って、消えかかる闘志を燻ぶらせた。


 そして今日、やっと出会えた最高の敵。

命を懸けてぶつかってもなお届かないかと思われるほどの高みに立ってくれた敵。


 本当に楽しかった、嬉しかった。


 なのに。


 それが横から邪魔された。

それは主に失望し、落胆するには十分なほどに。


 それでも剣を構えるオシリス。


(すまない。それでも私は一切手を抜くつもりはないし、することはできない。残念だが……許せ、これは戦争だ)


 そしてオシリスは剣を構える。


 その構えは、最初と同じオシリスの決め技。

ただし、その鋭さは様子見の最初の比ではなく、構えだけで死をイメージさせる致死の技。


「さらばだ、ソード。願わくばもっと戦っていたかった。お前とならこの先の景色もきっと」


 オシリスが最も得意とするその槍のような剣での突き。


「……お前は間違いなく」


 その赤と黒の弾丸が真っすぐ剣也へ向かう。


「今までで最も強い騎士だったよ」


 剣也を殺すために。

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