第68話 二人の剣士


「ついに、始まるか。ソードの戦いが。ジン、お前は複雑だろうな」


「あぁ。だがどちらも命を懸けて戦うんだ。どんな結果になろうとも私は受け入れるつもりだ」


(たとえどちらかが死ぬことになっても。そうですね、父上)


 観客席で見るジンとゾイド、ここはヴァルハラ学校の生徒専用の観客席。

しかしその目は観覧などというものではない、今から始まるのは正真正銘の殺し合いなのだから。


 そして片や父親、片や友人。

観覧などと言っていい心境ではとてもいられない。


 だからこそジンは真剣に見届け、どんな結果になろうとも受け入れるつもりでいる。


「ソードは強い。私などよりもはるかに。しかしそれでも父上が負ける姿が想像できない」


「三英傑の一人、そして帝国最強と呼ばれる人だからな。聖騎士ごときの私ではどちらも推し量れるような存在ではないが」


「よっと。ここ座るぞ」


 するとスター大佐がジン達の横に座る。


「まさか、あの転校生がこんなことになるとはな。帝国最強の騎士との一騎打ちか……ん? リールベルト君はいないのか」


「ええ、見当たりませんね。スター大佐今日はお酒は飲まれないのですか」


 いつもならお酒を飲んで出来上がっているはずのスター。

しかし今日は一切お酒を飲まずに、やはりその表情は真剣そのもの。


「自分の生徒が殺し合いをするのに、酒なぞ飲む気にならんわ。しかも相手はオシリスとはな。剣聖オシリス、あいつが剣聖と呼ばれる逸話を知っておるか?」


「い、いえ……二つ名しか」


「戦場で戦っていたオシリスは敵に囲まれて、弾切れとなった。すでにもう勝敗は決して投降し拷問され殺される未来のはずだった。それをあいつは剣一本で変えたんだ。そのとき50機の敵を落としたと聞いている。

その日からだ、あいつが剣聖と呼ばれ、まるで覚醒したかのように誰も歯が立たない領域に到達したのは……」


 オシリスの逸話は数多くある。

しかしもっとも有名な逸話は、敵の大部隊の50機ものKOGを剣一本でねじ伏せたという逸話。


 にわかには信じられないが、その場にいた多くの兵士が語っている。


 あれはもはや人ではないと。


 あれは剣に愛され、その道を極めた末に到達した聖人だと。


 ゆえに剣聖、誰も勝てない剣の化身。

その一本の剣のみであまたの敵を屠ってきた理外の人外だと。


「そうか……勝てるのか、ソードは。お前の父に」


「わからん、しかし私はソードが負けたところをみたことはない、苦戦すらもな、つまり底をみたことがないというのは同じはずだ」


「そ、それはそうだが……」


「どちらにせよ今日、この日どちらが強いか決まる。真の帝国最強はだれなのかが決まる」


 そして二人は中央のステージを見る。

石畳の巨大な戦場、二機のKOGが暴れても問題ないほど広い戦場を。


 今はそこにまだ誰もいない戦場を。



「すみません、ジークさん……コクピットまで運んでくれませんか」


「……ああ」


 そしてジークは剣也を背負い、建御雷神のコクピットへと連れていく。

自力では梯子すらのぼることができないほどに剣也は疲弊していた。


「大きいですね、パパの背中は……」


「まだ冗談を言う元気があるとはな。御剣。すまない、何もしてやれなくて」


「じゃあ、これが終わったら、レイナをお嫁さんに下さい。そしたら頑張れる気がする」


「ふっ。まだお前は……これが終わったら本人に聞け、お前達の問題だ」


 その言葉の意味を理解した剣也は少し笑う。

認めてもらえた気がするし、ここはすごくあったかい。

思わず目を閉じてしまいそうなほど、安心する。


 そんな大きな父の背中だった。


「降ろすぞ、操縦はできそうか?」


「はい、操縦には力はいりませんから……」


「御剣……こんなことしか言えないが、頑張れ、息子よ」


 その言葉に剣也は壊れそうな笑顔を返す。


「はい」


 ジークが剣也を偽物の息子としてではなくて、義理の息子として認めてくれた言葉だったから。


「剣也、頼む」


 ロードがコクピットにいる剣也にがんばれと言う。


「剣也君、頑張れ!」


 田中も同様に。


「いけ! 最後の気力を振り絞れ! 信じているぞ、我が息子よ!!」


 ジークは剣也の肩を力強く叩き、建御雷神から降りた。


 そしてコクピットが閉じられる。

剣也の操作によって、そしてゆっくりと前に進んだ。


 と同時に会場にアナウンスが流れる。


「それでは、時間となりましたので、両騎士の入場です! まずは東側!」


 呼ばれたと同時に出てくるのは、赤と黒の機体。

禍々しいとすら呼べるオシリスの専用機。


 名を。


「きました! 我が帝国最新鋭の最強の機体! オーディン様自らなづけられたその名もグングニル! その巨大な槍のような一本の剣をもってすべての敵を貫く帝国最強の剣士! オシリス・ハルバード卿の入場です!!」

 

 まるで槍のような、機体と同じ大きさの巨大で長い剣を持つ機体が現れる、それはまるで日本の剣豪が持っていた物干し竿と呼ばれた剣のように。

赤と黒が入り混じるその機体は、力強く、それでいてどこか不安にさせるような見た目をしている。


 そして対するは。


「そして、西側! ロード様の騎士として先週騎士叙任式を終えその放送を見られた方も多いのではないでしょうか! 学生最強の名を欲しいままに、史上最年少聖騎士長! ソード・シルフィード卿!」


 ゆっくりと剣也と建御雷神は前にでる。


「綺麗……」


 その機体が現れたとき、会場からは感嘆のため息が漏れる。

ただ白い機体。

真っ白で、純白で、それでいて一切の穢れすらない美しい機体。


 二振りの剣を持ち、一切の遠距離武器を持たない。

その右手には剣を、左手にも剣を、二刀流の剣豪を意識して作られた剣也の相棒。


「その美しく白い機体の名は……タケミカヅチ? タケミカヅチです!!」


 そして歓声のもと二人が相対する。


 KOG越しに会話する二人。


「ソード、準備はできているか? 覚悟もだ」


「もちろんです、俺は全力であなたを倒させてもらう」


 剣也は強がる、弱っているなんておくびにも出さずに。


 なぜならここで泣き叫んでも同じこと。

不戦敗で、オーディンの勝利、そして世界はオーディンのもの。


 ならば全力で強がって見せる。


 自分すらだますために、ちっぽけなプライドのために。


「よくぞ、ならこれ以上は何も言うまい」


 オシリス・ハルバードは知らない、剣也の状態を。

それは騎士道に準ずるオシリスにおって戦いのマイナスになるとオーディンが判断したから。


 一週間、訓練に訓練を重ねて、業務にも携わらずただひたすら爪を研いできたオシリス。

だからオシリスにだけは、剣也に対する行動は一切伝えないようにオーディンは徹底して隔離した。


 もちろん、それで剣が鈍るような男ではないとオーディンも分かっているが、それでも最善を尽くすのがオーディンだから。


「我らは皇族の剣。あとは語ろう…」


 二人の騎士が、二人の剣士が向かい合う。


「この剣で!」


 剣也が今立っているのは、もはや気力のみ。

少しでも気を抜けば意識が持っていかれる、それでも倒れるわけにはいかない。


 今日ここで負けることは、オーディンが帝国を取り、世界戦争が起きることを意味する。


 どれだけの血が流れるかわからない。


 だから死力を尽くして。


「はい、この剣で。KOGで、成し遂げたい思いがあるから」



「きたか、ロード。どうだった、お前の騎士は」


 オーディンはその答えがわかっている。

なのに、煽るようにロードにニヤニヤと笑いかける。

そしてオーディンの隣には、リールベルト、そしてキャサリンがこちらを見る。


「勝ちます、我が騎士が。あれを常識で推し量れると思わない事です」


 ロードはリールベルトを一瞥し、すぐに会場に目線を移す。


「ふふははは! 強がるのはよせ。信頼していた部下にも裏切られ、権力はすべて俺のもの! お前には何も残っていない。なぁキャサリン、リールベルト!」


「はい、オーディン様。オシリス様の勝利は間違いないかと。操縦していることが奇跡です。もしかしたらもう中で死んでいるかもしれませんね、吐血が激しかったですから…あぁ、汚い汚い」

「ソード君には悪いですが、あれではもう無理でしょうね」


 オーディンとロードが二つの玉座に座り、それぞれの騎士を見る。


「まだ私に残っているものもある」


 片方は、余裕の表情で。

もう片方は、ただ真っすぐと、残っているものを信じ続ける。


ゴーンゴーン


 12時の鐘が鳴る。

そしてそれは戦いのゴングが鳴ることを意味した。


「それでは、両者準備はよろしいですね! 3,2,1……Fight!!」

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