第67話 ボロボロの騎士

「どうだ? キャサリン。様子は」


「いい感じに仕上がっておりますよ! ギリギリの体力の調整しますのでお任せを! 帝国剣武祭で死ぬことになるでしょうが」


「そうかそうか、よくやったぞ。キャサリン。あいつも仕事しているようだしな」


 オーディンに報告するキャサリン。

そしてオーディンは窓から外を眺める。


 帝都は今やお祭り騒ぎ。

毎年の帝国剣武祭はKOGの祭典として大賑わいだが、今年はさらに多くの賑わいを見せる。


 アースガルズ中から貴族をはじめ多くの観光客が押し寄せる。


 時代が変わる場面を見るために。


「いよいよ、明日だな。ロードも明日には帰ってくるらしい。さすがは我が弟。あの戦場を本当に一週間で制してみせたよ」


「ロード様のために仕込んでおいた火種を有効活用できたようで、喜ばしい限りです」


 ロードが向かった戦場は、元々別の作戦のために用意されていた戦場。


 もしクーデターが起きそうだとオーディンが判断したらロードを誘導し、その戦場で殺すための。

実際は一切ロードがそういった素振りを見せなかったため使うことはなかったし、今は約束された勝利があるのでそんなことする必要もない。


 まさか一切の軍事力を使わずに戦いを挑んでくるとはオーディンも思わなかったが、逆に傷が浅くなったというものだ。


「あぁ明日すべてが決まるな。とはいえオシリスの勝ちは確定したようなものだが。そもそも何もせんでもオシリスに勝てるものなどおらんのだがな」


「はい、なんでも昨日は帝都にいるすべての聖騎士長全員と戦って勝利したとか。剣聖の名は伊達ではございませんね。さすがはオーディン様の騎士です」


「ちゃんとオシリスには伝えないようにしているんだろうな、あいつは搦手にはうるさいからな、まぁ騎士と呼ばれる奴らは全員そうだがな。命令すれば問題なく戦うとは思うが、どうせなら憂いなく全力で戦ってほしい」


「ええ、オシリス様は一週間それはもう山籠もりのように鍛え上げられているので……情報統制は簡単でした。きっとあの剣で一刀していただけますよ、帝国剣武祭の日まで籠りっぱなしですし」


「そうか、それは楽しみだな」



「おい、聞いているのか! おい!」


(何か言っている……わからない)


 すると、リールベルトが剣也を支えて主張する。


「この高熱では、命にかかわります! 今日はもう終了されては!」


 剣也の容態は毎日のように悪化していた。

そして今日リールベルトは中止を進言する。


「ふぅ、まぁ頃合いか、もういい牢屋につれていけ。そして明日の朝解放だ。存分に戦ってもらおうじゃないか」


 そして帝国剣武祭を明日に控えてやっと審問会は終了した。


「了解しました」


 力なく倒れる剣也。

すでに立ち上がる気力がない。

あれから熱は上がり、一切の睡眠はできなかった。


 吐血しても、一切の治療はなし。

それでもずっと立たされ続けて満身創痍。


 ついに意識を失った剣也は、そのまま牢屋に投げ込まれた。


(寒い……ここは? 俺はなにをしてたんだっけ)


 体調不良による風邪、そして無理に立たされ続けた疲労。

寒い部屋、栄養のない食事に、増量された毒。


「ゴホッゴホッ!」


 剣也は肺炎を引き起こしていた、それに毒によって胃も荒れに荒れ炎症。

せき込むたびに血の味が口に広がり、吐血も頻繁に起こった。


 それを牢屋の外から見るひとりの女。


「あら、ちょっとやりすぎ? でもあと一日ならギリギリかな? 調整完璧ね。自分の才能が怖いわ」


 そして動けずに縮こまる剣也の耳元へ近づきささやいた。


「もう少し生きてね、そしてできるだけ無様に死んでちょうだいね。それが世界のためだから。ははは! はぁ気持ちいいーー思いあがったクソガキをわからせるのは」


 そしてキャサリンは上機嫌で牢屋を後にする


 ただ一人床に倒れて動けない剣也を残して。



翌日 帝国剣武祭当日 朝。


(苦しい……なんで、こんなことになっているんだっけ)


 暗闇の中剣也は一人は彷徨っていた。

意識を失い、ここは夢の中、しかしそれは剣也にはわからない。


(なんでこんな苦しい思いしているんだっけ……思い出せない)


 思考力を奪われて体調を崩し、剣也は何も考えられなくなっていた。


 でも一つだけ覚えている。


(勝たないと、俺は勝たないといけないんだ)


 なぜ?


 わからない。


 なんで戦わないといけないんだっけ?


 誰と戦わないといけないんだっけ?


 頭が回らない。


 体も重い。


 今はただ眠っていたい……。



「ソード・シルフィード君の逆賊である疑いは晴れました。協力感謝します」


 そういって、その軍事施設の前に来たロードとレイナに力なく立たされる剣也を引き渡す軍人達。


「ソード!」「お兄ちゃん!」


「……ロードとレイナ?…」


 ロードとレイナは駆け寄って肩を貸す。

かすれた声で真っ白な顔をした剣也を抱きしめる。

剣也はその声に意識を取り戻し、声を絞る。


 そしてロードは、怒りをにじませ顔を上げる。


 その視線の先には。


「リールベルト……これはどういうことだ。私は一切報告を受けていないぞ。寝不足程度だという報告しか」


 その視線の先に立つのは、金髪眼鏡の優等生。

ロードのスパイとして行動していたはずのリールベルトだった。

どんな釈明があるのかと、ロードが怒りを露わにする。


 しかし。


「……ロード様、今までお世話になりました」


 そこに立っていたリールベルトが、普段とは違う顔で、恐ろしく冷たい声で頭を下げる。


 その表情は、その言葉はロードがすべてを理解するのに十分だった。


「……いつからだ」


 それでも信じたくはなかった。


「最初からです、すべて。本当に最初から。EU大戦、私の両親が、EUの糞共に生きたまま火で焼かれたあの日から」


「……そうか、私は人を見る目がないな、友人の一人もできないわけだ。お前が裏切っていたなんて」


「あなたがもし純粋なアースガルズ人なら……いえ、それを言ってもどうしよもありませんね。私はEUの血が流れるあなたが。

穢れた血のあなたと話すだけで気分が悪くなる。でもご安心ください、今日までは本当にまじめに仕えさせていただいてましたから」


 そしてリールベルトは背を向ける。

リールベルトはロードの部下として長く活動してきた。


 しかしその実態は、オーディンの部下。

EUに対する憎悪を抱える少年は、オーディンの部下としてロードの二重スパイを行っていた。


 彼の心に刻まれているのは、幼き頃EUとの大戦によって拷問されて殺された両親の悲鳴。

その心をオーディンにうまく使われたリールベルトは、復讐の炎を宿し、二重スパイとして活動していた。


 だからこそ、ロードの陣営は異端審問会で起きたことを一切知ることができなかった。


「ゴホッゴホッ!」


 剣也が吐血する。

その様子をみたレイナが叫ぶ。


「ふざけないでください! こんな……今日今から何があるかご存じでしょう!」


 威圧するように低い声でリールベルトはじめ、軍人に問いただすレイナ。


「私達は審問していただけです、体調を崩したのは彼の落ち度ですよ。そちらこそわかっているのですか? 今から誰と誰が戦うのか。そして敗者がどうなるか」


 その軍人は、もはやロードに敬意を払っていなかった。

オーディンの配下の軍人、そしてオーディンが今日勝利することを確信し、そうなればロードが追い詰められることを理解している。


 だからロードにすら敬意を払わず威圧的な態度を取る。


 リールベルトも今日この日、ロードと決別した。

長年築いた信頼を全て今日この日のために使用する、オーディンの切ったカードで最も効果的だったカードを。


「その吐き捨てた言葉。二度と飲み込めないと理解していろ、それにリールベルト!」


「そのままお返しします。ロード様」


 ロードはそのまま剣也を車に乗せる。


「いけ、会場へ」


「!?……ロード様! そんな、こんな状況では! 延期を……延期するしか!」


「それはできない。君も昨日の放送を見ただろ、もう世界は待ってくれない」


「そ、それは……」


「剣也、いけるか?」


「あぁ」


 力なく答えるその声には意思が宿っているようには見えなかった。

帝国剣武祭まであと数時間、しかしすでに世界は動き出していた。


 剣也が審問会で囚われている間に、世界情勢は急変。

剣也はそのことを何も知らない、そしてロードも今は教える気はない。


 せめて、これから起きる死闘に集中させてあげたいからと黙っている。


 満身創痍の我が騎士に、望みを託して。



「ついたぞ、剣也」


 ロード達がついた場所。

そこはまるで中世のコロシアム。

この伝統の祭りを毎年行っているKOG同士が戦っても十分なほど広いまるでサッカー場のようなコロシアムだった。


 関係者入口から入った三人。


「剣也君、やっぱりやめましょう! 死んでしまっては……何も意味がありません!」


「大丈夫、ゴホッ! ゴホッ! 一戦ぐらいならいける。それに……今日戦わないといけないんだろ? ロード」


 車の中で断片的に聞いていた会話。

ロードは今日決めなくてはいけないと言っていた。

多分何か理由があるんだろう。


「……あぁ、今日を逃せば、帝国は兄上の物になり、世界には何億という死者と何十億という奴隷が生まれる、君の守りたい人も含めてな」


「ならがんばら、ゴホッ……ないとな」


「ロード様! なんで……なんでそんなことを言うんですか!……うっうっ。なんで止めてくださらないんですか……」


 レイナは涙する。

なぜロードは剣也を止めないのか。

こんな状況で戦えるわけはないのに、なんで止めてくれないのか。


「死んでしまいます、剣也君。相手はあの剣聖なんですよ、うっうっ。そんな体で…」

 

「ごめん、レイナ。でも俺は行くよ」


 そして剣也は立ち上がる。

自らの足で、震えながらその背中は余りに弱弱しかった。


 レイナには泣いてその背中を見るしかできなかった。

その場にへたり込み、二人の背中を見つめる。

この先に起きる未来を見て、剣也が死ぬということを想像してただ泣きじゃくる。


「いや、いや……いかないで。剣也君」


 その声は届いている。

それでも聞いてはくれなかった。


「ごめん、レイナ。俺は守りたい人がいる……それは君とかぐやだ。俺はどちらも救わなきゃ、ダメなんだ」


「うっうっ」


 それを聞いてただ泣くことしかできないレイナ。

目の前には真っすぐ立つロード、その横で肩を貸されながら歩いていく剣也。


 少女の声に彼らを止める力はない。


「悪いな、ロード。こんな状態で戦うことになって。まさかリールベルトさんが敵だとはな」


「謝るのは私のほうだ。すまない、いいようにしてやられた。全く見抜けなかったよ……戦場ばかり見て、人を見てこなかった私の落ち度だ」


「そうか……でも俺は……ゴホッ……お前の味方だぞ。安心しろ、こんなにぼろぼろの騎士だけどな」


「……」


 それを聞いたロードの目は潤んでいた。

しかし剣也に顔を上げる気力は残っていないからその表情を見ることはない。


 ただ一言。


「ありがとう」


 その言葉に剣也は下を向きながら笑顔になる。

そのまま肩を組んで進んでいく主君とボロボロの騎士。


 もはやロードには信頼できるのはそのボロボロの騎士だけ。


 こんな状況でも、それでも自分だけは信じてあげなくてはならない。

負けるなどと微塵も思ってはいけない、最後の最後までロードだけは、剣也の勝利を信じて疑わない。


 だからこそ告げる言葉は。


「勝て。我が騎士、御剣剣也」


「Yes,Your Highness」



「御剣!」「剣也君!」


 そして控室へ現れたロードと剣也。

中にはジークと田中一誠が待っていた。


「あいつらか……こんな……くそっ!」


 ジークは剣也の様子を見て苛立ちと怒りを見せ壁を叩く。

審問会のせいだと、ジークにはすぐに分かった、やつらのやり口はわかっていた。

それでもオルグとラミアの協力で、拷問は禁止でき、少し安堵していた自分が腹立たしい。


「建御雷神は万全な状態だ、剣也君。しかし……これでは」


 田中もその剣也の状態を見てとても戦えるような状態でないことは理解した。


「大丈夫です、何とかまだ手足は動きますから…ぐっ……ゴホッ」


 そしてアナウンスが流れる。

まるでスポーツの実況のような声で。


「さぁ、始まります。帝国剣武祭が! 今日我が帝国の次期皇帝が決まり、皆さんは歴史の証明者になるのです!」


 帝国剣武祭の始まりを告げるアナウンス。

会場には万を超える観客たち、そしてオーディン含めアースガルズの貴族達。


 そして剣也達とは反対側の控室で一人の男が精神統一から目を覚ます。


「時間か…」


 帝国最強の騎士。

オシリス・ハルバードが目を開く。

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