第66話 帝国最強の騎士

 審問会三日目、残り四日。


「はぁはぁ、ですから…なんども言っているでしょう。はぁはぁ」


 剣也は息切れしている。

別に激しい運動をしたわけでもないのにうまく酸素を肺にうまく届けることができない。

キャサリンが食事に混ぜた毒によって、免疫が低下し、体調が悪化。

 

 思考もうまくまとまらない。


「さっきからなんだその態度は! きっちり立たんか!」


「す、すみません。ちょっと体調が悪くて」


「ふん! どうせ休みたいからと仮病だろ、穢れた血め! 質問を続ける!」


(なんだ? 風邪? 少し頭痛がする)


 剣也は体調を崩しかけていた。

もちろん、キャサリンが盛った毒で、そしてあの劣悪な牢屋のせいで。


 毒と栄養のない食事のせいで剣也の免疫力は低下。

加えて、毎日の審問会でストレスも溜まる。


 そしてあの窓が開いて外気に触れた布団もない牢屋。


 その条件が揃えば、特殊な訓練など積んでいない引きこもりの剣也が体調を崩すのは目に見えていた。


 しかし審問会は終わらない。


 いつまでも剣也に同じ質問を繰り返す。

その約束の日までに剣也を追い詰めるために。



「なぜ、面会もできないのですか!」


 異端審問会が開かれている軍事施設。

そこにレイナが現れる。

しかし面会を求めても拒絶される。


「ですから、疑いが晴れるまではお会いできません。もしどうしてもというのでしたらオーディン様の命令ですので、オーディン様の許可をお取りくださいと」


「くっ!」


 いくら話してもその一辺倒で剣也に合わせてもらえないレイナ。

すぐに帰ってくると思っていたのに、焦るは大きくなり居ても立っても居られずに施設を訪れた。


「わかりました」


 今のレイナにできることは何もなかった。

ロードはオーディンの命令で戦場に行き、父も動いてくれたがそれ以上のことはできない。


 だから今はただ。


(剣也君……無事でいて)


 剣也の無事を祈ることしかできなかった。



「オシリス様……さすがです」


 ここは帝都のKOG訓練場。

オーディンの騎士、オシリス・ハルバードは爪を研ぐ。

後輩の聖騎士長、聖騎士達相手にオシリスはシミュレータで訓練を繰り返す。


 まだ若いものが多いとはいえ、その実力は帝国屈指の実力者達。

その相手に模擬戦を繰り返し忘れていた感覚を呼び戻す、ただ剣也に勝つために。


「はぁ、はぁ。まだだ。まだもっと深くへ。まだいける」


 連日の訓練ですべての聖騎士長を倒したオシリス。

剣聖の名は伊達ではなく、実戦から離れて久しいといえその強さは別格だった。


「次、三体一で構わん。こい」


「そ、それは私達にも聖騎士長のプライドがあります! オシリスさん、さすがに勝たせてもらいますよ」


「期待しているぞ」


 剣聖はただ剣を磨く。

己の信念を貫くために、オーディンの騎士として誓ったあの日の言葉のために。


 その剣はオーディンのため、そこに一切の迷いはない。


 世界を支配するというのならただ付き従うのみ。

それこそが彼の騎士道であり、忠誠という名の強さ。


「嘘だろ……ここまで強いのか。三英傑は」

「まるで歯が立たない……これが本物の戦場を超えてきた戦士……」

「俺達だって、聖騎士長なのに……」


 三対一をものともせずに勝利をもぎ取るオシリス。


「いい、いいぞ。これだ」


 人生を剣に捧げ、KOGに捧げ、命すら捧げた男は既に至っていた。  

才あるものが、それでも努力を重ね、そして絶望的な死すら乗り越えたものだけに許されたステージへ。


 忘れていた感覚を呼び覚ます。

異世界の騎士があの日至ったその極地へと。


「そうだ、この感覚だ。久しく忘れていた。この全能感」


 その男は悠然と扉をこじ開ける。

力のみでねじ伏せるかのように、強引に。


 集中の極み、剣也の世界ではゾーンと呼ばれた努力した天才のみが至れる境地へと。

剣也があの死闘を経て覚醒した強さへと。


 そして聖騎士達は目をこする。


 オシリスの周りに空間が揺らぐ。

その領域に立ち入ったが最後叩き切られるイメージをもって。


「なにをしている、次は全員でこい!」

 

 にやりと笑うオシリスは。


「私こそが帝国最強だ」


 まさしく帝国最強の騎士だった。



「では、田中。私は建御雷神を帝都へ運ぶ。お前も行くだろ?」


「そうですね、剣也君の晴れ舞台、そして歴史が変わる瞬間です。この子の正式な場での初お披露目ですから」


 そして田中が見るのは、見た目が変わった建御雷神。

性能は向上し、スペックは上がった、ただし操作性は一切変えないように。

特にエネルギー問題を解消したのが大きく、長時間の駆動に耐えられるように改良した。


 すべて剣也のため。


 たった一人で戦局を塗り替える少年がエネルギー切れなんてしょうもない理由で敗北するのを防ぐため。


「今のこの子なら一日は全力で動けます。ここから日本にまでだってすぐに飛んでいけますからね」


「あぁ、御剣なら乗りこなすだろう」


 そして田中とジークも帝都へ向かう。

運命の日まであと少し。



 審問会五日目、残り二日。


「はぁはぁ、頭が痛い。完全に風邪だ。やばいな、これ」


 夜、剣也は熱を出した。


「あ、あのすみません。解熱剤とかってないですか、体調が悪くて……」


 牢屋の中から剣也は大きな声で軍人を呼ぶ。

すると、その軍人は部屋を出ていく。


(あれ? もしかして普通にくれるのか?)


 そんな淡い期待で待っていると。


コツンコツンコツン


 硬い石の廊下を、ハイヒールで歩く音が静かな牢屋に響く。


「こんにちは、ソード君」


「……あなたは誰ですか?」


 剣也の前に現れたのは、牢屋におよそにつかない真っ赤でタイトな服を着た足の長い女性。

美人だと思った、なのにピクリとも剣也はその人に好意を抱けない。

意地が悪そうだ、誰かに似ている。


「私はオーディン様の秘書のキャサリンっていうの。よろしくね」


(そうだ、ユミルだ。ユミルに似ているんだ、この人。すごく……意地悪そう)


「そんな人が何の用ですか」


「あなたの調子を見に来たのよ、身の程をわきまえない反逆者のね。うーん、もう少し弱ってもらいたいけど」


「!?…どういうことですか!」


「ふふ、そろそろ気づいているんでしょう? これがあなたを弱らせるための審問会だって」


「……なんでこんなことをするんですか、正々堂々とたたか……」


「正々堂々!? ははは! 何を言ってるの? 笑っちゃうわね、あなた頭悪いでしょ」


 剣也が言葉を言い切る前にバカにするように高笑いするキャサリン。

その甲高い声が頭に響き、苛立ちを覚える剣也。


「はぁ、ほんとバカばっかり。ロードとかいう穢れた血の皇族もバカだし」


「俺はバカかもしれないがあいつは違う!」


「半分劣等種の血が流れているから、あんなにバカなんでしょうね。それでオーディン様に歯向かうなんて。無敗の指揮官とか呼ばれているみたいだけど、あんなのアースガルズ帝国の軍事力なら誰でもなれるわよ。私の方がうまくやれるぐらいね」


「あいつは……すごいやつだ」


 この半年剣也はロードを近くで見てきた。

その頭の良さも、優しさも、人柄も。

少しムカつくところもあるが、それでも心の底から友と呼ぶぐらいには、剣也はロードを好きになっていた。


 剣也にとって初めてできた友達だった。


 その友達を馬鹿にされた。


 だからムカついた。

まるでロードを知っているかのように、バカにするこの女に苛立ちを感じた。

こんな奴の何倍もあいつはすごいやつだと剣也にはわかっているから。


「ふーん、泣いて謝るなら、拷問はやめてあげるわよ? でなきゃオーディン様にロードの残虐な殺し方提案しましょ、きっと面白いわよ」


「な!?」


「楽しみね、四肢をもぐ? 火であぶる? ふふ」


「俺は負けない」


「そ……せいぜい頑張れば? オシリス様に勝てるわけなんてないんだし。でもまぁお前とロード首だけは一緒に埋めてあげるわね、私ってなんて慈悲深いんでしょう」


 そしてキャサリンは足を返し、剣也に背を向ける。


「じゃあね、せいぜいあがいて頂戴。道化らしくね」


 苛立ちで、興奮していた剣也。

しかし時間が来て、冷静になると体が思い出す。


(くそっ。頭が痛い。それに呼吸も……なんで…こんなに)


 そして翌日も続く審問。

遂に剣也はその場で座り込んでしまった。


「何を座っているか!! おい、立たせろ!」


 無理やり立たされる剣也、その体は熱を持つ。

それでも無理やり審問は続けられるが、体調は悪化するばかり。


 その日の夜は高温で剣也は寝付けなかった。

すでに体力は限界が近い。


(はぁはぁはぁ、喉が痛い、肺が痛い、それに血? 胃が荒れているのか……水が飲みたい…)


 残すところ帝国剣武祭まであと二日。


(なんとか堪えないと。あと二日)


 そんな甘い考えの剣也をあざ笑うかのように。


「ふふ、今日はスペシャルブレンドよ。いつもの倍いれちゃうわね」


 魔女は笑う。

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