第65話 囚われの騎士
「なに!? 御剣が異端審問会にかけられているだと!?」
レイナは、ロードに報告後ジークにも連絡を取っていた。
通信を用いてジークにもこの内容を告げるべきとレイナは判断する。
「わかった……こちらでも何かできないか探ってみる」
「はい、お願いします。パパ」
そして通信は終了した。
「ジークさん、異端審問会とは?」
そしてその隣にいた田中一誠。
今はジークは建御雷神の調整や、試運転を含めて田中が潜伏する研究所へ来ていた。
「あぁ、異端審問会とは長らく開かれていなかったが戦時中はよくやっていたんだ」
「EUとのですか?」
「あぁ、それだけではない。古くは剣で、銃で戦っていた時代からある古い組織だ。目的は」
異端審問会の歴史は古い、その歴史の長さだけでいうなら軍と同じ。
つまりアースガルズ帝国ができたときには同時にできたと言っていい。
目的はもちろん。
「反乱分子の摘発だ、しかしそのやり方が苛烈極まりない」
「それって……拷問ということですか」
「あぁ……しかし御剣は今や、ロード様の騎士、そして聖騎士長だ。立場もあり、帝国剣武祭を控えている。従来のようなやり方は行わないはず。しかし……」
(やつらは人の壊し方を熟知している……くそ。まさかそんな搦手を)
ジークが懸念していること。
それは剣也は特別な訓練を受けた軍人ではない。
ならば拷問されれば簡単に吐いてしまうかもしれない。
自らが日本人であることを。
それがばれればすべて終わり。
ロード様は求心力を失い、剣也は殺される。
(あいつらにも頼らせてもらうか……)
そしてジークが連絡する。
かつて戦場を共に駆けた旧友と。
「あぁ、私だ。ジークだ……相変わらず声がデカいな。あぁ、あぁ。それで一つ頼みを聞いてくれないか。昔のよしみで。あぁ。ありがとう。実は…」
自分の背中を見てきた可愛い後輩に。
「あぁ、久しぶりだな。え? 違うデートではない、私はもう40のおっさんだぞ。それに子供だって……わかった、わかった。頼みを一つ聞いてくれ。そしたら久しぶりに会おう」
今は頼れるものには頼らせてもらう。
「耐えろ、御剣。一週間だ。帝国剣武祭が始まれば必ず外に出れる。そして勝てばすべて解決する」
…
「退屈だ……」
なぜか体育座りで窓を眺める剣也。
ちなみに関西では三角座りと言うらしい、まったくどうでもいいがそんなことを考えるぐらいには暇だった。
「せめて、娯楽が欲しい。やることもないし寝るか…」
剣也はベッドに寝ころんだ。
特にやることもないときは寝るに限る。
「硬すぎる。しかも布団もないし、寒いし」
しかし牢屋のベッドは固いし、アースガルズはどちらかというと寒い国だった。
入学式から半年、今は12月ごろ。
「そういえば、クリスマスも近かったな。今年はレイナと過ごせて初めてのクリぼっち回避かと思ったのに」
この世界にクリスマスという概念はない、そもそもあの概念自体が誰かの誕生日なのだから。
この世界には、残念ながら存在していなかったようで、しかるにクリスマスという概念はない。
しばらく窓から空を眺める剣也。
外からの空気が肌寒い。
完全に吹きさらしの牢屋だった。
「牢屋ってことは、今までも誰かいたんだろうな、こんな寒いとこで毛布もないなんて、辛すぎる。早く帰りたい、レイナの体温であったかい布団に」
そんな妄想をしていると一人の軍人が現れる。
「時間です、出てください」
「やっとですか……」
そして長い石の廊下を連れていかれる剣也。
そして連れていかれた扉を開けた先、そこは巨大な部屋だった、そして。
(完全に裁判所の法廷って感じだ)
前の世界で見た裁判所の法廷まんまの部屋。
違うとしたら傍聴席がないので、剣也とその前に裁判官らしき軍人が何人か座っているぐらい。
「では、ソード・シルフィード。そこで立ちなさい」
そして剣也は向かい合うようにその場で立たされる。
バンバンバン
木槌を叩く音が部屋に響く。
薄暗い部屋で、始まったのは剣也への異端審問会。
「では、これより。ソード・シルフィードの異端審問を始める!」
値踏みされるように軍人達に見下ろされる剣也。
しかし剣也はまだ理解していなかった。
今ここから何が起きるか、オーディンの思惑も。
この日から剣也にとっての地獄は始まることとは知らずに。
…
「そろそろ、はじまったようだな。キャサリン」
「はい、オーディン様。私もあとで参ります」
「しかしお前のこの作戦を聞いたときは、心の底から嫌な女だと思ったよ」
「もう、オーディン様! 褒めないでください」
オーディンの部屋でキャサリンと呼ばれる女性がオーディンの膝に座る。
美しく、そして意地悪な魔女のような女性。
「帝国剣武祭は避けられません、そして一騎打ちも。しかしロードの、おっとロード様の騎士を殺したりなんかしたら大問題ですからね。今後の統治も、というか内戦に入りますし」
「あぁ、オシリスが負けるとは思わんが、それでも憂いはある。だからこそ」
「はい、ソード・シルフィードには弱ってもらいましょう。それはもう何も考えられないぐらい。これで」
するとキャサリンがひらひらと出すのは白い粉の袋。
薬であることは明白だった。
「これは、弱い毒です。命に別状もありませんし、すぐに体内からも消えます。しかし飲めばしばらく思考力が低下し、免疫も低下する。検出されることはないほどの弱い毒」
「あぁ、それならバレることはない。しかし面倒だな。戦えるぐらいの体力は残さないといけないとは」
「戦って勝利してこその剣武祭ですから、不戦勝では誰も納得しません、しかしのこのこと現れて叩き切られれば……。そうすればロード様もアースガルズも、果ては世界すら」
キャサリンはオーディンの首に手を回す。
「あなた様のものです。オーディン様」
「もし成功すれば、好きな国を一つやろう。そこで支配者を楽しむがいい。褒美だ」
「まぁ、なんて素敵なプレゼントなんでしょう。国を一つもらえるなら、毎日殺しても殺しても足りないですね。涎がでちゃう」
「ふっ。妹にそっくりだな、お前は」
「光栄です。ユミル様は私の憧れでしたから……」
「さて、今頃悲鳴を上げているころかな? あいつらは過激だからな……私が何も言わずに勝手にやってくれるだろう」
そしてオーディンはもう一人そこに立つ一人の少年を見る。
「しかし、遠い昔に埋めておいた種がこんなところで開くとはな……頼むぞ、うまくやれ」
「……はい、皇帝にはオーディン様がなるべきです。世界は統一されなくては」
その少年は眼鏡を光らせ、その奥の瞳には憎悪を燃やす。
…
異端審問会。
「だ、だから言ってるじゃないですか!」
「声を荒げるな、まったく……これだから穢れた血は……半分劣等種の血が入っているとこうもおかしくなるのか……」
審問会で、剣也は質疑を受けている。
しかし何度同じことを繰り返すのか、何を聞いているのかもよくわからなくなっている。
それに穢れた血と侮蔑される。
帝国では、ハーフへの差別用語として有名で、基本的に禁止されているが親の世代ではそう呼ぶものは多い。
「では、もう一度聞くぞ。なぜあの時わが軍を攻撃し、反逆した?」
「だから、それはロード様の指示でレジスタンスを殺さないように言われていたからですと、何回言えばわかるんですか!」
「いつ受けた、あの時通信を受けたのか?」
「い、いえ。誰がロード様に連絡したかは知りませんが……常日頃から言われておりましたので」
「では、あの場で命令されたわけではなく、ロード様の思想をお前が勝手に解釈して行動したというわけだな?」
「い、いえ!」
「はい、か、いいえで答えろ」
「し、しかし!」
「はい、か、いいえで答えろ。言葉もわからんのかお前は」
「勝手に解釈したわけではなく…」
バンッ!
木槌が強く叩く音。
その音は剣也の意識を向けさせ、いら立ちを増幅させる。
まるで、いきなりクラクションを後ろからならされた時のように。
「私が、はい、か、いいえで答えろといったらそう答えんか!」
「で、では……いいえ!」
「では、あの場で命令されたということだな? ロード様に」
「だから……違うと」
こんな押し問答を一日中続ける剣也。
対してあちらは椅子に座り、休憩を取り、交代で審問をしている。しかし剣也に座ることは許されなかった。
時刻はすでに夕方、おなかも空いて体力も消耗した。
「まったく話にならん。では別の質問だ。お前はあの日多くの軍人を傷つけた。それは理解しているのか?」
「それは……はい」
「劣等種どもとアースガルズ人。どちらをお前は大切に思っているんだ?」
「それは一概にはいえません」
「どちらを助けるかと聞いているんだ。答えは二つ。劣等種か、アースガルズ人かだ」
「……」
バンッ!
「さっさとしゃべらんか!」
「俺はその答えを持っていません」
「ふふ、そうか。やはりお前は逆賊なのだな。いいだろう、その態度どこまで持つか試してやる」
するとその軍人が目配せをして、待機していた軍人が剣也によって来る。
その手には、警棒のような人を叩くための棒。
「どちらかの答えを言うまで、殴ってやれ。反抗的な態度を改めさせてやる」
「くっ! なんだ、何が目的なんだ!」
「目的? ただ私達は逆賊の疑いがかけられているお前に質問しているだけだ。答えるならば何もしない。早く答えたほうが身のためだぞ」
そして剣也の横に立つ軍人が警棒を振りかぶる。
思わず手でガードしようと腕を上げる剣也。
「またんか!」
しかしその警棒は振りかぶられない。
大きな声の軍人の静止によって止められた。
「オルグ様!? それにラミア様!?」
その軍人達は入ってきた二人の軍人に頭を下げる。
「オルグさんと、ラミアさん」
剣也は思い出す。
体が大きくまるで岩のような体格、そしてただただ声がデカいのはあの日面接の場にいた三英傑が一人、オルグ・オベリスク。
「その子に手を挙げることは許しません、正しく審問することを命じます」
そしてもう一人の女性。
30代ほどだが、めちゃくちゃ美人のキャリアウーマンのような金髪ロングの女性。
その女性が剣也にウィンクする。
(これで、息子さんのポイントゲット♥、いつかあなたのママになるラミアですよ)
そのウィンクに何か意図を感じるが、殴られるのを止めてくれたので感謝して頭を下げる剣也。
「オルグ様、ラミア様。しかしこれはオーディン様からのご命令でして……」
「ええ、それは聞いています。ですので審問会自体は止めることはできません、しかしオーディン様から正しく審問するようにとご命令を受けてきています」
「……それは」
「オーディン様からソード・シルフィードには一切手を触れずに審問を続けるようにと、わかりましたね? それとこいつを監視としておいておきます」
「……了解しました、おい!」
「はっ!」
そしてその警棒を持った軍人は剣也の傍を離れる。
そして一人の軍人が剣也に近づく。
「リールベルトさん!?」
その少年は剣也の隣に立ち、小声で話す。
「黙っていてすまない。私はロード様の部下だ。身分を隠して行動していた……いわゆる潜入というやつだ」
「そ、そうだったんですか…」
その軍人の名はリールベルト、特Aクラスの剣也の友達。
しかしその実態はリールベルトはロードの部下として、諜報活動を行っていた。
実力を隠して特Aクラスに潜り込んでいたのも、ロードの命令で、剣也を監視するためだった。
リールベルトが目を光らせているおかげで理不尽な暴力を行えなくなった審問委員会は悔しそうな顔で剣也を見る。
すると、追撃と言わんばかりにオルグが叫ぶ。
「ジークのせがれ! 審問会は止めることはできんが、もし何か痛めつけられるようなことがあったらそいつの顔を憶えておけ!」
その声は部屋中、いやフロア中に聞こえる。
「わしが、そのあとぼっこぼこにしてやるわ! わかったな! きばれよ、坊主!」
そしてオルグがその場を後にした。
「ソード君、頑張ってね? 終わったらいい子いい子してあげるから」
そしてラミアさんもウィンクして審問会を出ていく。
剣也に傷をつけるなと軍人達にくぎを刺す。
その圧はとても効果的で、どこか剣也に対する態度も柔らかくなっているように感じる。
(オルグさん、いい人だな、それにラミアさん。なんかバブみを感じる……)
とたんに疲労感が去っていった剣也。
「で、では。今日の審問会はこれで終わりとする、解散」
「今日は? どういうことですか」
「当たり前だろ、まだまだ聞かなくてはならないこともあり、逆賊でないことを確かめねばならんからだ!」
てっきりその日で終わりだと思っていた剣也。
そして、そのまま先ほど待機していた牢屋に連れていかれる。
そのなれば剣也といえど狙いに気づく。
「そうか、これって俺を疲れされようとしているオーディンの策略か」
「ソード君、食事だよ。少ないが……」
「……これだけですか?」
「すまない、監視の目が厳しくて……これでもパンを増やしているんだ…耐えるんだ、ソード君。ロード様も動いてくれている」
そしてリールベルトによって運ばれてきたのはパン二つと水とスープ。
育ち盛りの剣也にとっては正直足りない。
しかし体力をつけなければ一週間は乗り切れない。
幸いオルグさんとラミアさんのおかげて身体的外傷の問題はなかった。
あとは俺は毎日の審問を耐えるだけ。
そして剣也は食事をかっこみ、明日に備えできる限り体力を残そうと寝ることにする。
夜風が寒く、布団もない。
身体を縮こませて、その日は震えて眠った。
(大丈夫だ、ロード。俺は負けないから)
剣也は意思を固くする。
すでに戦いはもう始まっているというのなら、この一週間を耐えきってそしてオシリスさんを倒す。
そうすれば世界は平和になるはずだから。
…
「ちゃんと食べた?」
「はい、しっかりとすべて」
「そ。明日が楽しみね。といってもまだまだ元気でしょうけど」
男に笑いかける美しい魔女。
オーディンの秘書、そして愛人であるキャサリンと呼ばれた女が薄ら笑いを浮かべる。
「一週間後が楽しみね」
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