第64話 軍事審問委員会

「兄上! これはどういうことですか!」


「なんだ、ロード。早かったな」


「これは何だと聞いているのです!」


 帝都ヴァルハラにある軍事基地。

ここは、軍事を司る最高位の軍人達が働く場所。


 その総司令室、つまりオーディンの部屋。

そこへロードが怒鳴り込み、机に令状を叩きつける。


「この令状はなんですか!」


「なにって、軍紀違反を犯したソード君に事情を聞いているだけだが?」


「あの件は、私の命令だったで決着がついたでしょう!」


「了承した覚えはないが? それとも書面でもあるのか?」


「そうですか……そういうことですか。しかしあれは、私の命令です!」


「それではなぜあの場でソード君はそう主張しなかった? あれほどの被害を出す必要はあったのか?」


「ぐっ! それは…」


「わかっている。それが後付けの理由ぐらいな。だから話を聞くだけだ。安心しろ」


「それを信じろと?」


「だとすればどうする? お前にそんな権限はないぞ。戦争でもして奪い返すか?」


 オーディンのいう通り、違法で理不尽な事ならばロードも強く掛け合って最悪武力行使もできる。

その場合は帝国剣武祭を待たずして戦いが始まることになるが。


 しかし今回のことは言い逃れできない事実。

だからこそオーディンはこの場でこのカードを切ってきた。


「私とて、この場でソード君を傷つけた場合どうなるかぐらいはわかる」


 あの日皇帝が宣言した通り帝国剣武祭はアースガルズ中が知ることになる。

だからこそオーディンも逃げ場が無くなった。

もしこれでソードを軍紀違反だと主張して殺したりしたものなら、オーディンの求心力は一切なくなる。

軍、民、貴族、すべてから非難の対象となり下手すれば帝国剣武祭を行う前にロードが皇帝になりかねない。


 そして始まるのはアジア連合、EUを含めた泥沼の戦い。


 だからこそのロードの策略だった。

発表してしまえば、どうなろうが敗北以外はロードにとって特にしかならないし、アースガルズの傷は浅くなる。


「約束してください。ソードを一切傷つけないことを。それならばこの場は引き下がります」


「いいだろう、なに、少し質問するだけだ。傷つけたりはしないことを誓おう」


(傷つけたりはな……)


 オーディンの目を見るロード。

しかしどんな策を持っているかまではロードにはわからない。


 彼の未来視は戦場でこそ発揮される。

しかし今は政治の場、ロードにとっては分が悪い。


 なぜなら相手はロードが戦場で戦っている間ずっと政治をしてきたのだから。


「あぁ、それとロード。お前にこの戦場を平定してもらいたい。これも皇族の役目だぞ。お前なら簡単なはずだ」


 そしてオーディンはロードに一枚の紙を渡す。

それを見るロードは顔をしかめる。


(簡単? この戦場が? 並の物なら一月はかかる戦場だぞ)


「……命令ですか」


「命令だ。こと軍事においては今は私にすべて決定権があることを忘れるな。断るなら相応の理由を示してもらおうか」


「……わかりました、しかし帝国剣武祭があるので、この一件以外は承れません」


「いいだろう、片付けて来い」


「必ず」


 ロードはそのまま部屋を出る。

ここで問答しても何も起きないことはわかったから。

正当に拘束する理由があちらにあり、正当に解放させる理由がこちらにない。


 それに戦場にでるのは皇族の義務。

ならばこの場で断るための明確な理由はない。


(すまない、剣也。耐えてくれ……サポートは送る)


 ロードにできることは、限られる。

その頭脳をもって最速で戦場を終わらせて帰ってくること。


 そして信頼している部下を送ること。


 あらゆる事態は想定していた、だからこの事態も。

その対処方法も。


「あぁ、私だ。すまないが、動いてほしい。あぁ、あぁ。ソードが異端審問にかけられる。だから頼む」


 そしてロードはその名を呼ぶ。


「リールベルト」



◇時は少し戻る。


「軍紀違反? なんですか、それ」


「一月前、南部地方の町フィンで君が行った反逆行為のことだが?」


(あ、それですか。はい確かに私がやりました)


「とりあえず御同行願えますかな?」


「わかりました……」


「お兄ちゃん?  どうかしましたか?」


「あぁ、レイナ。ちょっと軍事審問委員会? ってとこに行くことになった。ロード様に伝えておいてくれるか?」


「軍事審問委員会……わかりました。すぐにロード様へ」


 するとレイナが、ロードに連絡を取ってくれた。


「抵抗しないでいただきたい、する場合は拘束もやむなしです」


「……わかりました」


 剣也は抵抗せずに軍用車に乗せられる。

抵抗しようにも、剣也ではこの軍人達に歯が立たないため仕方ない。


 車に乗り込んだ剣也。

質問を軍人に投げかける。


「軍事審問委員会とは、なんなんですか。すみません、詳しくなくて教えてください」


「いいでしょう、軍事審問委員会とは軍事において敵国のスパイや、クーデター、逆賊、反逆。あらゆる国家転覆をもくろむ軍人かどうかを精査する場です。あとは軍記違反をした軍人に話を聞くこともします」


 その軍人の話では、剣也には今国家への反逆の疑惑が掛けられているらしい。

理由はもちろん、あの日暴れまわって多くのけが人と被害を出したせい。

それ自体は事実だし、なんなら国家への反逆という意味では間違いないので反論もできない。


「でも、自分はロード殿下の騎士です。それをお分かりでしょうか」


「ええ、だからこそ。本来厳しい審問のところ、配慮するようにオーディン様から承っております。本当に話を聞くだけですのでご安心ください」


 それを聞いて安心する剣也。

まるで魔女裁判を想像してしまっていたが、さすがに聖騎士長でありロードの騎士である自分には無理はしないらしい。

痛いのは嫌なので、内心びくびくしていた。


 そして剣也が連れていかれるのは帝都にある軍事施設。


「つきました」


「……ここですか」


 剣也の前に広がるのは、鉄フェンスに囲まれたまるで刑務所。

華やかな帝都にあって、白と黒しかない殺風景な軍事施設。

その光景だけでも、剣也の不安を掻き立てる。


(でも話を聞くだけって言っていたし、午後には返してくれるのかな)


 そんな想像をする剣也。

しかしそんなわけはないのだが、剣也に用意されたのは。


「ここですか?」


「一時的ですので、ご了承ください。嫌疑が晴れるまでですので」


 笑ってしまうほどの。


「牢屋です…か」


 トイレとベッド、そして石と鉄冊。

その灰色しかない部屋に剣也は案内される。


「今あなたのお立場は大変特殊で、不安定であることをご理解ください。本来であれば即斬首刑でもおかしくなかったのです」


 あれほどの騒ぎを犯した軍人など本来は斬首。

それは剣也にも理解できた。

だからこそ、相当な譲歩だと主張される。


「わかりました」


 そして牢屋に入る剣也。

鉄冊は締められて完全に囚われる。


「では審問会は昼からですので」


「それまでここですか!?」


「いえ、審問会が終わるまでです。では」


「まじか……」


 その時剣也はまだ理解していなかった。

楽観的に考えていた、今から自分の身に起こることを。


 まだ何も理解していなかった。

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