第63話 二人の王子と二人の騎士
第99代オルゴール・アースガルズ。
世界の支配者が口を開いた、拡声器と皇室放送の中継によって国中にその声は届けられる。
もちろん、その声は文字通り世界中に。
「皆よ、聞け。私はもう長くはない。だから選ばなくてはならない、次期皇帝を……」
その声は、既に力がなく死に体であることが声を聞くだけでもわかるほど弱弱しい。
立つことすらままならないのだろう。
「父上!?」
その声を聞いて焦るオーディン。
皇室放送を牛耳っているオーディンはオルゴールが迂闊な発言をしないようにメディアには出さないようにしていた。
しかし、今日はロードの叙任式。
放送しないわけにはいかなかった。
それを狙い撃ったロードの策略、生放送で世界に届ける。
「皇帝は最も強いものがなるべきだ……それが帝国の歴史、戦いの歴史、人類の歴史だ。だからこそ私は次期皇帝を戦いによって決めることにした。正しく正々堂々と」
それを聞いたオーディンが放送を止めようと一歩前にでる。
「父上が話されています。兄上。お静かに」
「くっ!」
放送を止めようとするオーディン、しかしロードと剣也が前に立つ。
ここには彼の軍はいないし、貴族のみ。
それに突然のことで判断が遅れた。
「ロード……これはお前のチェックか」
「はい、兄上。今日始まるのです、あの日の続きをしましょうか、確か私がチェックしたままでしたよね?」
思い出すのは幼き頃。
チェス盤をひっくり返して勝負を無しにしたオーディンの記憶。
「そうか……ならばもう止められんのだな」
「はい、今度は私がひっくり返す番です」
ロードのチェックなのならばもう戦いは避けられない。
オーディンにもそれはわかった、たとえ無理やり画面を壊したところで何らかの方法でやり切ることは想像できた。
「オーディン様よいのですか? ご命令とあらば全て切りますが」
「オシリス……もう、いい」
オシリスが、剣を抜こうとするが、オーディンが止める。
そして映像では病に伏せていたオルゴールが立ち上がった。
弱弱しい声が、徐々に大きくかつての威厳を取り戻し、会場中に響き渡る。
「第99代オルゴール・アースガルズの名において、宣言する! ここに聖戦を、かつて皇帝を争った決闘を再現することを!」
会場が震える、軍人達も貴族もその姿にかつて仕えた皇帝を思い出す。
「帝国剣武祭の開催を宣言する! 戦うのはもちろん、ロード! オーディン! 各々の騎士の一騎打ちにて次期皇帝を決定する!!」
「うぉぉぉ!!!!」
その日アースガルズ中が震えた。
伝統の一戦、いまでは武の祭典として聖騎士達が腕自慢として戦う祭。
しかし今年は違う。
オーディンとロードが戦う。
皇帝の座をかけて、本来の意味を取り戻す戦いの祭典。
その意味を理解した国民達は期待で震える。
オーディンの騎士、アースガルズ最強の三英傑が一人。
オシリス・ハルバード、二つ名を剣聖。
世界一ともいわれるその剣技は世界最強の名をほしいままに、戦場では1000を超える敵を切って落としたと言われている。
彼の伝説は、世界中が知っている。
剣の極みに達したと、銃弾すらも切って落とすと。
対するロードの騎士は無名ながらも史上最年少聖騎士長。
その強さは今だ底が知れず、期待も大きい。
聖騎士長同士の戦いなど公式の場ではあり得なかった。
だからこそ、その帝国剣武祭に重要な意味を持つ。
次の皇帝を決めるというアースガルズの未来を変える戦いに。
「何やらこそこそしていると思ったら……これが父上とお前が狙っていたことか」
「そうです、兄上。真っ向から認めさせる。全国民に、もう逃げられませんよ」
「私が素直に受けると?」
「えぇ、兄上ですから。それにもし私が敗北したならば誓いましょう。一生兄上の駒として戦場にでると」
「……ほう」
オーディンは思案する。
この場で力に任せてすべてを支配することは帝国を割る。
ロードにつく貴族も多いし、なんせ相手は無敗の指揮官。
戦力で勝利していても、戦略で返されてはたまらない。
それに
(今はアジア連合も敵となった、戦力の疲弊は得策ではない…か)
内部分裂をしている暇はない。
間違いなくその期をアジア連合は狙ってくるだろう、いや、もう狙っているかもしれない。
だからこそロードは、一番帝国にダメージのない形で戦おうと提案している。
国を割る覚悟はあっても、国が亡びることはオーディンもロードも望まない。
だからロードは託したのだ。
すべてを。
「託すか……その男に」
「はい」
「……ふっ。お前らしくもない。だがもう火ぶたは切られた。後戻りはできんぞ」
「兄上こそ」
オーディンとロードが向かい合う。
そしてオシリスと剣也も向かい合う。
二人の王子と二人の騎士。
剣也が相対するは、帝国最強の騎士オシリス。
「ソード、やはりこうなるか。しかし帝国剣武祭とはな……」
「はい、オシリスさん。あの時の言葉、実行します。全力で」
「楽しみにしている」
オシリスと剣也は笑い合い見つめ合う。
そしてロードとオーディンも。
「久しぶりだな、お前と戦うのは。昔チェスを教えたのは私だったのを思い出す、今では勝負にならんだろうが。しかし我が騎士は帝国最強だぞ」
「チェスならいつでもお相手しますよ。大丈夫です、我が騎士は世界最強ですのでご安心を」
オーディンとロードも見つめ合う。
オーディンはそこで足を翻し、服をなびかせロードに背を向ける。
「首を洗って待っていろ。我が弟よ、そしてソード・シルフィード! いくぞ、オシリス!」
「はっ!」
そして重大発表が終わり、叙任式は終了した。
その後パーティが開かれるのだが、話題は帝国剣武祭で持ち切りだった。
「こ、これはどちらにつくべきなのかしら…」
「う、うむ。全く読めぬ」
「政治ではなく、力のみとなると……これは難しい。中立を保ったほうがよろしいでしょうな」
貴族達は皇帝の発表からオーディンとロードどちらにつくかを話し合う。
しかし誰もが決めかねる。
なぜなら敗北したほうについてしまった場合逆賊となってしまうから。
ならばここは、静観こそが正解。
「なんか、もっとちやほやされると思った……」
「ふふ、仕方ないですよ。私がちやほやしてあげますね! すごいです! お兄ちゃん!」
「わー嬉しい。ありがとうレイナ」
レイナと二人でパーティの食事を楽しみ剣也。
もっとおめでとうとか言ってもらえて、貴族のご令嬢が挨拶に来るものだとおもっていたのに。
喜んでくれるのは、拍手しながら飛び跳ねるレイナだけ。
なにそれ、可愛い。抱きしめてもいいですか?
「久しぶりだな」
「パッパ!」
「やめろ、その発音」
ジークさんも祝福してくれる。
相変わらずのダンディおじさんでパーティが良く似合う。
合いたかったぜ、パッパ!
「会場はお前達の話で持ち切りだ、どちらにつくかとな」
「だがすべての貴族が中立を決め込んでいるだろうな。軍も同様だ」
「ロード!」
「さすがに意味ぐらいはわかるな?」
「そ、それは……多分。どっちが勝つかわからないからだよ…な?」
「なんだ、わかってるじゃないか。それと試合だが一週間後となった。だからあの機体も用意させる。ジーク頼んだぞ」
「はっ!」
「まさか……建御雷神? 乗れるのか!?」
「あちらも最新鋭の専用機だ。ならばこちらも出すしかあるまい。シミュレーションなどと生温い戦いではないのだから」
「……そっか。田中さんに久しぶりに会えるな。今は研究所にいるんだって?」
「あぁ、私が管理している地区のな、当日はその機体を使ってもらう」
「あぁ、頼む」
田中一誠は、剣也達と共に海を渡った。
今はアースガルズのはずれの研究施設で活動しているらしい。
基本的にソロ研究で、建御雷神の改造を行っている。
こちらに来てから一度も話せていないのだが、距離がありすぎる。
日本の感覚でいうと国内なのだが、この国の広さでいうともうすでに海外レベルの距離なので気軽にはいけない。
とはいえ、電話ぐらいはしたことあるので安否は問題ないし、心配もしていない。
そしてその日のパーティは終了した。
レイナと剣也の帰り道、パパは建御雷神のことで用事があると言ってしまった。
今日親返ってこないんだよね、毎日だけど。
「レ、レイナ。そんなに警戒しなくても……」
「いえ、暗殺者が狙っているかもしれません。今日からずっと一緒にいます」
あたりを警戒するレイナ。
こういうところは本当にまじめだなと少し微笑ましくもあるのだが、暗殺者とか正直めちゃくちゃ怖い。
しかし何も起きることもなく、その日は普通に眠ることになった。
お風呂まで入ってこようとしたときはさすがに許してくれとドアの前で待機してもらう。
逆にレイナがお風呂に入るときは、扉の横にいてほしいというもんだからシャワーの音が剣也を刺激する。
お風呂上りのシャンプーの匂いはなぜこうも性欲を掻き立てるのか。
(健全な男子高校生にこれは、もう拷問では?)
いつ狼になってしまうかわからない。
それでも今はだめだ、帝国剣武祭が終わってせめて世界が平和になったら。
その一心で剣也は耐える。
正直狼になっても、レイナには勝てないのですけどね!
それにかぐやに対して不誠実だ。
どうせなら二人といちゃいちゃしたい。
それこそ不誠実? どっちも本気で好きなんだ、これこそ純愛だ。
「じゃあ、おやすみなさい。剣也君」
「うん、おやすみ」
無理を言ってベッドを二つにすることで、前回よりは安眠することに成功した。
じゃなければ帝国剣武祭を迎える前に過労で倒れ兼ねない。
~翌日。
ピンポーン。
早朝、チャイムの音で目が覚める。
まだ時刻は朝の6時で、剣也はいつもなら寝ている時間。
こんな時間の来訪者など一切思いつかない剣也が扉を開く。
「どちら様?……軍人?」
そこには5名ほどの厳つい軍人が立っていた。
「ソード・シルフィード卿でよろしいですかな?」
「ん? はい、そうですが」
「軍事審問委員会に出頭願います。こちらは令状」
「は? どういうことですか?」
目の前に出された難しい言葉の一枚の紙。
そこにはサインが記載されている、そのサインを見て剣也は理解した。
「貴殿には、重大な軍紀違反の疑いかかけられております」
これはオーディンの一手なのだと。
「出頭願えますかな?」
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