第60話 お祝い
「なんでもします。剣也君が喜ぶなら……私にできることはありませんか?」
(え? エッチな感じでもいい感じですか?)
一瞬剣也を煩悩が支配する。
しかし理性が現れて、その煩悩を抑え込む。
理性は煩悩と戦い始めたが、今日は理性のほうが優勢のようだ。
これも数多の死線をくぐってきたおかげだな。
「いいですよ? なんでも。お兄ちゃんが望むなら」
ボンッ!
理性は死んだ。
「あ、そうだ。剣也君何が好きですか?」
「レイナが好きです!」
「あ、え……それは……あ、ありがとうございます。じゃ、じゃなくて! 食べ物です」
テンションが上がってしまった剣也はアホになってしまった。
理性は死んだから仕方ないね。
「あ、ごめん。好きな食べ物か……カレー?」
「カレー……じゃあ今日はカレーにしましょう!」
その日はカレーをレイナが作ってくれるようだ。
「色々ありますね、カレーにも。キーマカレー? グリーンカレー? 無水カレーなんかもありますし。剣也君はどんなのがいいですか?」
「そうだな……」
考える剣也。
そもそもなんでカレーが好きなんだっけ?
◇剣也が思い出すのは小さい頃の記憶。
「はい、剣也。カレーできたよ。運んでくれる?」
「わーい!!」
「ママのカレーは絶品だな、パパの大好物だ。剣也も好きか?」
「うん! ママのカレー大好き!」
◇
そっか…。
俺は結局……嫌いになんてなれてないんだな。
少しでも愛してもらった記憶があるせいで……あんな両親でも。
でももう忘れないと、この世界で生きているんだから。
「剣也君?」
「あ、あぁ! いや、今日はカレーはやめとこう。レイナの得意料理がいいな!」
「む…。それは難しいですね。私の得意料理ですか……だし巻き卵?」
「お祝いってメニューじゃないけど……でも美味しくて好きなんだよな…」
毎朝朝食を作ってくれるレイナ。
そのメニューは基本的には和食の日本の朝というメニュー。
特にだし巻き卵はめちゃくちゃ綺麗に巻かれている。
剣也の好物の一つだ。
「あ、じゃあケーキを作りましょうか、ご飯はいつも通りで」
「いいね! ケーキか! 確かに久しく甘いもの食べてなかったな! チョコレートケーキがいい!」
「ふふ、了解しました」
剣也が大げさに喜ぶとレイナも笑う。
最近は、声を出して笑ってくれるようになったしその笑顔に癒される。
その日のメニューが決定し、買い出しを済ませて家に帰る。
時刻は夕方、まだまだ一日は長い。
…
「うまいなー。KOGがうまいから手先が器用なのかな」
「どうなんでしょう、テクニックには自信がありますよ」
なんだろう、さっきの妄想のせいでいかがわしく聞こえるのは。
でも多分レイナは上手……いや、これ以上はやめておこう。
だし巻きをくるくる巻いていくレイナ。
コツは手首ではなく、腕で回すといっているが剣也にはよくわからない。
てきぱきと次々とメニューを完成させていく。
今は味噌汁を作っているところだった。
「レイナって誰に和食を習ったの?」
「え? それは……」
何気なく聞いたレイナへの質問。
ジークさんがエプロン姿でだし巻きを巻いているとこなんて想像できない。
ならお母さん? でもジークさんは結婚してないし……。
「誰に? そうだ、私は誰に……ママ?…あ、あ……」
「レイナ!?」
直後レイナがお玉を落として頭を抱える。
剣也はその体を支えるが、レイナは震えて涙すら浮かべる。
「いや、いや、ママ……ママ…はっはっ」
「レイナ、落ち着いて! レイナ!」
剣也は必死でレイナを抱きしめる。
レイナは過呼吸になっているようで、息が乱れる。
◇レイナ回想
「はぁはぁ、レイちゃん……大丈夫? ケガはしてない?」
レイナに覆いかぶさる一人の女性。
その顔は暗くレイナからは見えない。
「ゴホッ。大丈夫。大丈夫だからね……きっと大丈夫だからね」
血を流しているのか口からは赤い血が流れている。
それでも懸命に何かからレイナを守ろうと覆いかぶさる。
どれぐらいそこにいたんだろう。
わからない、それでも感じるのは優しい言葉、そして血の味。
それに苦しい。
◇
「レイナ! レイナ!」
真っ暗な世界で私を呼ぶ声が聞こえる。
だれ?
「レイナ! 俺だよ、剣也だ。わかるか? レイナ!」
剣也君?
苦しい、助けて、息ができない。
「くそ、過呼吸になってる……なにか、なにか。くそっ! アニメの知識でごめん!」
息が…。
それに、なんだろう。
この感覚は……安心する。
ゆっくりとレイナは目を覚ます。
「あっ……」
剣也はレイナにキスをした。
過呼吸をキスで直す描写をしていたアニメを思い出す。
効果があるかは懐疑的だったが、呼吸を整えることには成功したようでレイナが落ち着きを取り戻した。
「はぁはぁ……剣也君?」
「はぁ……よかった。レイナ……」
安堵と共に剣也は座り込む。
「すみません、いきなり呼吸が乱れて……」
するとレイナが唇を触る。
キスの感覚が残っているのを指で確認しているかのように。
それを見た剣也は焦って謝る。
「ご、ごめん! 急なことで! これしか思いつかなくて……」
「私……なにを。思い出せない」
「いや、思い出さなくていい!」
「そ、そうですね、助けてくれてありがとうございます。それに……」
焦る剣也を見て、レイナがうつむきながら声を漏らす。
「嫌じゃありません。剣也君なら」
見つめ合う二人は、先ほどのキスを思い出す。
しかし。
「わ、わ! レイナ。火! 鍋が溢れてる!」
「あ、あぁ! すみません!」
急いで火を止めるレイナ。
また見つめ合う二人は、少しだけ笑う。
「とりあえず食べよっか」
「そうですね!」
剣也は何があったか聞かないことにして、なかったことにする。
それはゆっくり解決していくべき内容だと思ったし、下手に刺激してまた過呼吸になってしまうと困る。
だから今思い出すのは、
(くそ、不純だぞ! あれはキスじゃない、キスじゃない!)
やわらかい唇の感触だけ。
…
「はい、剣也君。チョコレートケーキです。ご要望通りチョコムースたっぷりですよ」
夕食を食べ終えた二人は、一緒に作ったケーキを楽しもうとする。
「めちゃくちゃ美味しそう……ほんとなんでもできるな」
そして剣也はフォークと探す。
それを見てレイナは思った。
(聞いたことがあります。こういうときはアーンしてあげると男の人は喜ぶと。今日はお祝いなのですから! それにさっきのお礼もして…)
思い出すだけで真っ赤になる。
自分は剣也君とキスをしたんだと自覚して。
「け、け、剣也君、あーん! です」
それでも恥ずかしがりながらスプーンですくって、剣也に食べさせようとする。
甘々なケーキで、甘々な空間が作られる。
「レイナ……」
(なんだ、この幸せ空間は。ここは天国か?)
お腹いっぱい美味しいご飯を食べさせてもらい、しかも大好きな少女に手作りケーキをあーんしてもらえる。
これが天国でなくてなんだと言うんだ。
だから剣也もレイナの意図を理解して口を開ける。
(あぁ、幸せだ。頑張ってきてよかった……)
ピンポーン。
しかし阻むように家に鳴り響く来訪者の音。
「ちっ! 邪魔しやがって! ちょっと出てくる」
悪態をつきながら駆け足で玄関に向かう剣也。
今は一刻も早くレイナのアーんを頂かなくてはならない!
新聞だったらうちは取りません、N〇Kだったらぶっ壊す!
しかしその玄関に立つのは。
「はーい、どちら……」
「今日はお疲れ、我が騎士剣也。せっかくなんで労いと大事な話がある。いれてくれるか?」
めちゃくちゃタイミングが悪い剣也の主君だった。
「お前……最低だな」
「え!? 私が何かしたか?」
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