第54話 告白

「いよいよ明日は聖騎士試験、ですね。お兄ちゃん」


「もうレイナもお兄ちゃんって呼ぶのに慣れてきたな」


 夕飯を一緒に食べる剣也とレイナ。

もう慣れたもんで、半年近くを一緒に過ごした。


「レイナ」

「はい」

「ありがと」


 食事の時は何も言わずに欲しているものを取ってくれる。

剣也が何を欲しているか、この食材にはなにをかけるかがレイナにはわかる。


 まるでカップルのようだと剣也は思ったが、こういったこと以外この同棲生活でむふふなことは一度たりとも起きなかった。


「ふぅ、美味しかった。ご馳走様でした」


「お兄ちゃんは、綺麗に食べてくれるから作り甲斐がありますね」


 皿を片付けていくレイナ。

それを見て剣也がふと思ったことを口に出した。


「ねぇ、レイナ。昔のことって全然覚えてないの?」


 剣也はレイナに尋ねる。

最近は調子が良くて、笑顔も増えた。

もしかしたら記憶が戻ってきているのかもしれない。


「断片的には。でもかみ合いません。ちゃんと思い出そうとするのは……まだ怖いです」


「ごめん! 無理にはしなくていいから!」


 レイナに聞くと、思い出そうとすると怖いらしい。

過去を知らない剣也には何もわからないが、無理に思い出そうとするのはよくない。

なんとなしに聞いてしまったことを後悔する。


「でも逃げてばかりではいけないのもわかっています。自分のことですし……」


「ゆっくりでいいと思うよ」


 するとレイナが下を向き、目だけをこちらに向けながら恐る恐る剣也に聞く。


「前から聞こうと思っていたのですが……おにいちゃん、いや剣也君はなんで私にこんなに良くしてくれるんですか?」


「え?」


「わからないんです。剣也君から感じる優しさの理由が……だって私はあなたに剣を向けた……それに日本人であるあなたに恨まれるべきアースガルズ人です。なのに」


 レイナの疑問。

初めて会った日から、剣也はレイナにしつこいぐらいに絡んでくる。

そういった男は正直多かった。

口だけの男達、でも彼は違う、思い出すのは戦場で初めて出会ったとき。


 あの日私は彼に剣を向けた。

敵意を、殺意を向けた、なのに彼は私を傷つけないようにできる限りのことはしてくれた。

かぐやのことを守ろうと、アースガルズ軍と命を懸けて戦っていたのに。


 なのに。


「なぜ私を助けようとしてくれるんですか?」


 なんで自分をこんなにも大事にしてくれるんだろう。


「レイナ……」


 剣也はその言葉に思い出す。


(違うんだ、レイナ。助けてくれたのは君なんだ……俺を、たった一人だった俺を助けてくれたのは、君なんだ)


 思い出すのは前の世界の出来事。


 中学で虐めにあった。

親が家におらず、一人で生きていっていることがばれて、親に捨てられた哀れな中学生は虐めにあった。

標的が決まればエスカレートしていく、守ってくれる人も誰もいない。


 家に変えればたった一人。


 次第に学校にいくことが苦痛になった。


 朝起きるのが苦痛になった。


 毎日のように死んだらどうなるんだろう。

死んだらあの虐めていた奴らも後悔するんだろうか、少しは心を痛めてくれるのだろうか。

そんなことばかりを考えていた。


 自らの命を捧げるぐらいしか反抗の方法が少年には思いつかなかった。


 そんなある日の帰り道。

巨大モニターに映るCMでKOGに出会った、一瞬で剣也はその世界に憧れた。

こことは違うどこかに行ける気がして、こんな自分でも自由になれる気がして。


 ロボットというものに心からロマンを感じて。


 だから親からの養育費を切り詰めて、一式を揃えた。

揃えたその日に、一目散にその世界へ飛び込んだ。


 そしてそこで。


(初めて君に出会った。一目ぼれだった)


 誰にだって平等で、誰にだって真っすぐで。

彼女の中にあるのはKOGという存在のみ。

親のいない自分のことなど一切気にしない、あなたはKOGが強いの? ただそれだけを彼女は見てくれた。


 所詮はバーチャル。

別に受け答えができるわけではない。

それでもうまく成っていくにつれて彼女が自分を見る目が変わっていく。

俺の成長に驚き、俺の成長を喜び、そして真っすぐとその目に俺を映してくれる。


 それが何よりもうれしかった。


 親にも愛されず、友人もできなかった自分を見てくれる人なんていなかったから。

でも君だけは、君とかぐやだけは違った、あの世界が仮想世界であることはわかっている。

作られた君達だってことぐらいは理解していた。


 それでも。


 それでもそのかっこよくて、気高い生き様に憧れた。


 誰も剣也を見てくれなかったあの世界で、俺の目標に君はなった。

君のように、他人の目など気にせず、自分の道を突き進む。

そんなかっこいい存在になりたいと思った。


「憧れたんだ……君に」


「私に? あなたほどの人が?」


「ふふ、俺も弱かったんだよ? ほんとに弱くて、泣き虫で、独りぼっちで……何もできなくてうずくまることしかできなかった」


「信じられません」


「君が支えてくれたんだ。勝手な思い込みだけどね。ずっと君を目標にしてきた、ずっと君に認められたくて、ずっと君を思って。そんな日々を続けて、気づけば俺は」


 剣也は真っすぐレイナを見た。

少し目は潤み、感傷的になっている。

過去の自分を思い出し、あの絶望を感じて世界にたった一人だと思っていた頃の自分を思い出す。


 そしてつい剣也は口が滑って


「君を好きになっていた」


 告白してしまった。


「え?」


「あ……」


 直後顔を真っ赤にする剣也とレイナ。

剣也は感傷的になり、毎日のように一緒に過ごして油断していたのか、つい本人に好きだと口走ってしまった。


「あ、あ! い、今のはな…し。……いや、今更だな。レイナ、好きなんだ。君が。この世界に来てこの気持ちが本物だと、今なら胸を張って言える」


 今更なかったことになどできるわけもなく。

勢いあまって告白してしまう剣也、固まるレイナ。


「あ! でも今はまずは聖騎士にならないとだし、帝国剣武祭もあるし! 今は忘れていいから!」


「……」


 レイナがうつむく、黙ったまま下を向いている。

震えているようにも見えるが、声を振り絞る。


「そう…です…ね」


 表情は剣也には見えない。

レイナが下を向いたまま剣也に背を向ける。


「すみません、今日は休みますね!」


「あ、あぁ。ごめん、困らせるようなこといって」


「い、いえ!」


 そしてレイナは部屋へ戻っていってしまった。

 

(やってしまったーー!!)


 剣也だけは頭を抱えて、恥ずかしさでくねくねしながらもだえる。


「き、嫌われなきゃいいけど……」


◇レイナ視点


「はぁはぁはぁ……」


 自室に戻り、ドアを閉める。

そのドアに背中を預けたかと思うと、必死に体重を支えていた震える足の力が抜ける。


 そのまま床に座り込み、もたれ掛かる。


「え、え? なに? これ……なんでこんなに」


 レイナはわからなかった。

その気持ちがなんなのか、だからその燃えるように熱い顔を両手でペタペタと触る。


 自分の顔が真っ赤であることを理解するレイナ。

今だ恋を知らない少女は、その気持ちの名前を知らなかった。


 それでも体だけは自覚して、心は動き出す。


「や、やだ。私……どうしちゃったんだろう」


 自然と口角が上がってしまい、にやけてしまう。


 心臓の音が聞こえる。

ドキドキして、鼓動が早まる。

恥ずかしくてどうにかなってしまいそう。


「胸が痛い、それにとても……熱い?」


 凍っていた少女の心を溶かすのは。


 真っすぐな少年の熱?

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