第53話 悪魔の子 ロード過去編3/3

「あとはわかるだろう、私が何をなしてEUがどうなったか」


「……そんなことが……でも、でもお母さんは! ロードの親は助かったんだろ?」


「……いや、死んだよ。私はね……何も、本当に何にもわかっていなかったんだ」


◇再度過去


「私が来なかったら死んでいたな、ジーク」


 巨大な車の指令室。

ここはEU大戦の最前線、ジークとロードが戦場で相まみえる。

すでにロードは、皇族としての風格が付き、ロードはジークを認めている。


 過去、叔父を殺したジークをかつては恨んだ。

しかし戦場にでて、恨むべきは戦争であり軍人ではないという事をロードは知る。

彼らは命令に従うことしかできないのだから。


 職業軍人というものを理解したロードは、ジークを恨んでいない。


 それにジークに助けられた恩もある。

母と自分はあの場で死んでいてもおかしくはない。


 だからロードはジークを恨んでいないし、ジークはロードを認めている。


「まさかEUにもあれほどの強者がいたとは……確かトールと言っていましたが、まんまと誘い込まれました。ロード様が来られなかったら死んでいたでしょう。ありがとうございます」


「武勇のみではいつか足元をすくわれるぞ。あちらも必死だ。命を懸けている。だがこれで……」


 ロードが最後の指示を出す。


「チェックだな」


 今日この日100回目の勝利を破竹の勢い重ねたロード。

長い道のりではあったが、皇帝から提案された認められるという条件を満たした。



「そうか、ついにか。いいだろう、会うがいい」


 一年ぶりに再会を認められたロードとスカーレット。

しかし感動の再開を夢見ていた少年の期待は裏切られる。


 別室に連れていかれたロード。

そしてその部屋で座る母。


「さぁ、スカーレット。お前の息子だ。そして」


 皇帝はにやりと笑って扉を閉める。


「お前の故郷を滅ぼしたな」


 ロードは真っすぐと母を見る。

二年ぶりの母は、面影はあるがひどく疲れているように見えた。

心配かけたのだろう、胸を痛めたロード。


「お母さん……」


 ゆっくりと母に近づいた。

抱きしめてほしかった、2年近く魂をすり減らし、母を助けるために頑張った。

褒めてほしかったし、偉かったと褒めてほしかった。

そして自分も思うだけ愛を返したかった。


 8歳の少年にとって、母は全てだった。

一年間母のために勉強した、一年間母のために勝ち続けた。


 きっと母も自分に会いたくて待っていてくれたはず。

優しく抱きしめてくれるはず、きっと褒めてくれるはず。

だから母の胸に飛び込もうとした。


 なのに。


バシッ。


「え?」


「うっうっ……私は…私は…」


 頬を強くはたかれたロード。

頬を抑えて、母を見ると泣きながら恨めしい顔でこちらを見る。


「お母さん…?」


「私が、私が間違っていた。あなたはあの時死ぬべきだった。そして私も!」


「何をいってるの? お母さん…」


 スカーレットは、聞かされていた。

毎日毎日、ロードがどこの地域を滅ぼしてどれだけのEUの兵士を倒したか。

皇帝によって、詳細に。


「お前は悪魔よ! どれだけの人を殺したの! 兄さんを殺したアースガルズに手を貸して!」


「だって……僕は……母さんを……」


「あぁ、ごめんなさい。父さん、母さん、兄さん。私は悪魔を生んでしまった。あの悪魔のような皇帝の! 悪魔の子を産んでしまった!!」


 その報告はスカーレットの心を壊した。

自分が助けた息子のせいで、故郷が、母国が次々と滅ぼされていく現実に。

一年近く、殺した人数を逐一報告され、どの地域を占領したかを報告され映像すらも。


 その過程でどれだけの人が奴隷となって、人生を奪われていったか。


 なんど、自害しようと思ったか。

自分が原因なのだとしたら悪魔を生んだのは自分のせいだというのなら。


 でもたった一つの思いで踏みとどまっていた。


 この時を待っていた。


 母の願いはただ一つ。


「ロード!! あなたは死なないといけない!」


 机の上にある果物ナイフをもってロードへと走る母。

ロードは動けなかった、何があったのか、何が起きているのか。


 その天才的な頭脳をもってしても理解できなかった。


 自分は母に褒めてもらいたかっただけなのに。

母を助けたかっただけなのに、なのになぜ、母は僕を。


「あなたを殺して! 私も死ぬ!!」


 殺そうとしているのか。


 しかしそのナイフが突き刺さることはなかった。

一人の軍人によって止められる。


「くっ! 離せ! 離せぇぇぇ!!」


 それはジークだった。

まるでこうなることがわかっていたかのように扉の近くで待機していたジーク。

皇帝の指示によって。

様子を隠れて見ていたジークは、スカーレットがナイフを持った瞬間に飛び出した。


「なんで、なんでお母さん……」


「ロード! 自害しなさい! あなたは生きててはいけないの!!」


 ジークをどけてそれでもロードを殺そうと暴れるスカーレット。

しかしその想いは達成できないことを悟った。


 そしてついに。


「私が……間違っていた。この悪魔……」


 自分の首にナイフを突き刺し母は自ら命を絶った。

鮮血が舞う、おぼろげな目で母の目に映るのは憎悪の炎。

そしてしっかりとロードが映る。


 母の血をその顔に受けたロード。


(これでよかったのですか……皇帝陛下…)


 それを見るジーク、こうなることを見込んで果物ナイフすら配置していた。

動かないロード、そしてジークはその部屋を出てしばらくロードを一人にした。


 この日ロードが何を思ったのか。

どう思ったのかは誰にもわからない。


 のちに自らを悪魔と呼び、世界から悪魔の頭脳と呼ばれた少年が母の死体の前で何を思ったのか。

愛していた母に、愛されていたはずの母に、必死で頑張って救おうとしていた母に。


 殺されそうになった少年が何を思ったのか。


 それは誰にもわからない。


 しかしすぐに世界は再びロード・アースガルズを思い出す。

EUの半分を奪い取った無敗の指揮官を。

その心の奥に潜むものは、本当に悪魔なのかは誰も知らない。


◇回想終わり


「母は死んだ。病気でね! 寿命だったんだよ。大往生だったんじゃないかな。こんなに出来の良い息子を持ってね!」


 しかし剣也にロードは事実を話さない。

無理に笑っているような顔をするロードの真意は剣也にはわからなかった。


 それでも母が亡くなったのだ。

それを無理に繕っているだけだろう、そう思っていた。


 ロードが剣也に話したことは二つだけ。

自分は皇帝とスカーレットのハーフであったこと。

かつてはEUのために闘ったが、母のため皇帝と契約し、EUと戦うことになったこと。

そして今は皇帝になって戦争を終わらそうとしていること。


 それ以上は語らなかった。

母がロードにしたことを知るのはジークと皇帝のみ。


「そうか……」


「だからな、剣也。私を皇帝にしてくれよ。こんな悲しい世界終わらせなきゃいけない。それに今日ジン君とリールベルト君を見てわかっただろ」


「……あぁ」


「それがこの国の教育の結果だ、彼らが悪いわけではない。だから……」


 しかしロードの言葉は続かない。

そしてまるで話を変えるかのように紡いだ言葉は。


「だから私が皇帝になるんだよ」


 ぶどうを頬張り、しばらく二人は沈黙する。


「ごめん、ロード。俺の身勝手な行動で……俺が言うのもなんだが、大丈夫なのか?」


「今日この惨状をか? はっきり言って最悪だな」


「うっ」


「ふっ。だがなぜだろうな、悪くない気分だよ。まぁ相当な不利を負うことになったが私が何とかしよう」


「ごめん……」


「次からはもう少し考えて行動するようにだな。とはいってもまた同じ場面が来たら君は同じ行動をするんだろう?」


「…あぁ」


「まったく……大変な騎士を選んでしまったかな…」


 その顔はどこか嬉しそうなロード。


 そういってすべてのぶどうを平らげた二人。

剣也はロードをKOGに乗せて軍事キャンプへと戻る。


 戻った先にはジン含めて多くのアースガルズ人たちが剣也を見る。

畏怖、恐怖、怒り。

あらゆる感情を剣也に向ける、敵として。


 するとロードが前に出て話し出す。


「今日のことだが……私が命令した。抵抗しないものを殺すなと」


「なぁ!?」


 その言葉に剣也はなにをとロードを見るが、黙っていろという雰囲気で睨まれるので黙ることにする。


「私が捕虜に対して行ってきた行動を知る者も多いはずだ。だから私の騎士には同じことを求めている。今回兄上の命令と異なってしまったがこれは私と兄上のミスだ。ソードは私の騎士として私に忠誠を誓った結果であり彼に非はない。どうか許してやって欲しい」


 すると軍人達が「なるほど」と得心が言ったと納得していく。

ロードが投降したものに対して寛容であることはアースガルズ中が知っている。

ならばその騎士のソードも同じような行動をとっても仕方ない。


 オーディンの命令では殺せとあったが、ロードも皇族でありロードの騎士というのならロードの命令を守るほうが自然だろう。

ならば今日の行動も理解できる内容だった。


 不幸な指揮系統のミスが起こした不慮の事故。

ならば仕方がないと無理やり納得させる。

幸いにもケガ人は0であり、すべての責任はロードが取るとまでいっているのだからこれ以上怒る理由もない。


 むしろ忠義に厚い男としての評価が上がる。


「そうか、ソード。そういうことだったんだな。すまない」


「ごめんよ、ソード君。そういう事情があったんだね」


 ジンとリールベルトも剣也に謝る。


「い、いえ。俺の説明不足でしたから。俺こそ剣を向けてすみませんでした!」


 剣也の頭を下げる。

これにて、この件はひとまずの決着を迎える。


(これでこの場はなんとかなる。しかし兄上がただで済ませるはずがない……帝国剣武祭に影響しなければいいが…いや。必ず切ってくるだろう、このカードを)


 ロードだけはこの先に起こる未来を、敵に言い逃れできない弱みを握られたことを理解していたが。



 報告を聞いたオーディンは高笑いする。


「これはいいカードが手に入ったな……なぁキャサリン。たったKOG20機ほどの損失でだ」


「はい、ロード様の弱みなどそう握れるものではございませんので、いつか必ず切り札として使えるでしょう。しかしあの子はいい仕事をしますね、二重スパイとして」


 オーディンに致命的な弱みを握られることになったロードとソード。

この一件が世界の運命を決めかねないとも知らずに。


 そしてその運命の日に向けて半年近くが過ぎてついに始まった。


 聖騎士試験が。

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