第52話 ロード・アースガルズ ロード過去編2/3

 燃える国境、死んでいく大人。

壊れたEUのKOGの残骸達。


 一切の抵抗を許さない力の塊が蹂躙した。

作戦などあったものではない、圧倒的物量と技術と力で電光石火で攻略される。

避難する間もなく、敵影が見えたと思ったら数時間で基地は落とされた。


「ここまでか……」


 既に囲まれている基地の作戦指令室でつぶやいたのはダニエル。

重苦しい空気が漂い、ロードも黙る。


 ロードは、今まで遊び感覚でここにいた。

戦うということを理解するにはまだ彼は幼過ぎた。

しかし今日今何が起きているかを真に理解し、戦争というものを徐々に理解していく。


「おじさん……」


「すまない、ロード。お前はよくやってくれた」


 だからみんなを救える方法はないか。

しかし考えても考えても戦略や戦い方でどうこうなる次元を超えている。


 せめてこちらにも半分の戦力があれば取れる手段もあっただろう。

しかしここは国境のはずれ、戦力差は10倍以上だった。


「すでにもう囲まれている…か。これほどの突破力、これが噂の聖騎士……こんなものどうやって止めれば」


 そして最高司令が重たい口を開き最後の命令を下す。


「……最後の命令を下す。愛する者の傍にいよ、皆と戦えたこと……誇りに思う」


 その最後の命令に全員が敬礼し、涙する。


 次々と指令室から出ていく軍人達。

中にはこの基地で愛する者と暮らしていた者も多い。

妻と、子供と、最後の時を一緒に過ごす。


 そしてダニエルも。



「スカーレット……最後の手段を使うときだ」


「…わかった」


「お母さん、最後の手段って?」


 するとスカーレットが、ロードに目線を合わせその胸にかけた指輪を握る。


「ロード、落ち着いて聞いてね。あなたは半分アースガルズ人なの、それも皇帝の血の」


「どういうこと!?」


「黙っていてごめんなさい。あなたのお父さんは……オルゴール・アースガルズ。今の皇帝なの」


 その事実は子供に伝える。

スカーレットは、かつて皇帝に見初められ子供を産んだ。

まだEUと帝国の国交が友好で、普通に行き来できた頃。

しかしスカーレットはアースガルズ人ではない、そのため多くの敵を生んだ。


 だが皇帝は弱い者を守ってはくれなかった。

ロードの命が危険だと感じたスカーレットはアースガルズ帝国から逃げた。

その時手引きしてくれたのが、兄のダニエルだった。


 そして国際情勢が悪化し、EUとアースガルズが決定的に亀裂を生み冷戦がはじまり国交は断絶。

そして今本当の戦争へと発展している。


 もう皇帝自体もスカーレット、ロードのことは忘れているかもしれない。


 しかし。


「だからあなたをアースガルズ帝国に渡します。殺されるかもしれない、でももうここにいても死ぬしかないの」


 だから皇族であることを明かしロードを引き渡す。

正直このままだとEUは悲惨な未来をたどるだろう、それがわかっていたからこその最後の手段。


 それにロードには卓越した能力がある。

きっと生きていける、それがスカーレットの見通しだった。


「……じゃあ今からアースガルズ帝国にいくの?」


「そうよ……」



「敵からの使者ですがどういたしますか?……」


「皆殺しせよとの皇帝陛下のご命令だ。従わねばならぬ、しかし話ぐらいは聞いてやれ。最後の慈悲というやつだ」


 皇帝の命令は絶対。

ジークはそれでもかつての友もいるEUの人々を殺すことにためらいを覚える。

しかし心を殺し、任務に没頭する。

 

 それが職業軍人というものだから。


 それでもジークの人柄が出てしまう。

殺されると分かっていて何かを告げようとしている男の話を聞くことにしたジーク。


 基地を包囲したKOGは一時停止。

既に反抗の意思は見られないためジークの一言で基地を攻め落とすことはいつでも可能の状態。


 そして捕らえられてジークの前に連れていかれる使者の名はダニエル。


「戦う意思はない! 私が殺されるのは、わかっている。しかしこの手紙だけでも読んでほしい」


 その命を捨てる覚悟をして何か使命を全うしようとした軍人に、敵ながら経緯を払ったジークはその手紙を読むことにした。


 そして自分だけがその内容を読み、内容に動揺を隠せない。


「まさか……これは本当か」


「あぁ、中にいる。証明するための指輪も。だから頼む、その二人だけでも……」


「……わかった。貴殿の覚悟に敬意を表しジーク・シルフィードの名において無事のまま皇帝陛下へ渡すと誓おう」


「……そうか、感謝する」


 そしてダニエルの頭に向けられる銃口。

背中を見せるジーク。


「……悪く思うな。私達は軍人だ」


「あぁ、理解している」



 スカーレットとロードは、ジークに保護されて輸送車へ入れられる。

多くの基地で生活していた人は捕らえられた。

二人以外がどうなったかをロードは知らない。


 しかし、鳴り響く銃声でなんとなくは理解した。

まだ8歳の少年にも、人が死ぬという事が、胸が引き裂かれそうな想いを。


 そして連れていかれるロード。

そして目の前には第99代皇帝 オルゴール・アースガルズ。


「スカーレット……久しいな。もう5年近くになるか」


「……はい」


「逃げだした理由はわかっておる、EUまで逃げておったとは…見つからんわけだ。だがもういい儂の興味はもうお前にはない。おい、こいつを牢に連れていけ」


「母さん!」


「待て」


 別室に連れていかれるスカーレット。

その手を掴もうとするロードは、ジークに捕まれる。

残されたのはジーク、そしてロードとオルゴール。


 そして皇帝は、幼い少年を見る。

どこか自分と似ているようなその少年を。


「ロード……儂がつけた名前だ。支配者になれという意味を込めて」


「くっ! あなたが私の本当の父なんですか? なら母さんを!」


「あぁ、そうだ。その前に聞きたい、本当にお前があの国境を守ったというのか」


「私は案を提案しただけです、それをみんなが本物の作戦にしてくれました。私一人の力ではありません、しかし立案したのは間違いなく私です」


 それを横で見ていたジークが感じるのは、畏怖と驚き。

まだ8歳の子供が目的をもって戦略を立てて、聖騎士の軍団を引き出すまでにアースガルズ帝国を苦しめた。


 そんな夢物語がありうるのかと懐疑的だった。


 それに今まさに母親を連れていかれて、それなのに動揺は一瞬。


(頭のいい子だ……本当に。それになんて精神力)


 皇帝陛下と真っすぐ目を見てしゃべるなど並みの軍人でもできることではない。


 ましてや彼は今捕虜として連れてこられている。

ならば普通の子供なら泣いて話にもならないはず。


 なのに、まっすぐと、立ち位置を理解して。

そして自分の価値すらアピールする。


 それを見た皇帝は笑う。

彼は強いものが好きだ、それが自分の血を分けた子供なのだからなおさら。


「ふっ。ジーク、現役の軍略家たちをこいつの教師にせよ。ロード、自分の価値を証明しろ。そうすれば殺さずにおいてやる。お前と、そして母親もな」


「それは……この子をお認めになるということですか!?」


「あぁ。だが一年だ、一年後には戦場にでれるようにしろ。そして勝ち続けろ。もしお前が私の望み通りの結果を出せたのなら母親は殺さないし解放してやる」


 それを聞いたロードは、涙を浮かべていたその目に意思の炎を宿す。


「……約束してください……必ず。母さんを助けると」


(なんて子だ、これが八歳の子ができる目なのか? これでまだ娘と同い年……)


「ははは! 良い目だ。約束は守る。そうだな、100だ。100回戦場で勝利しろ」


 皇帝が出した条件は二つ。

一年以内に戦場に出れるだけの知識を付けること。

そして勝ち続け、皇帝が認める結果をだすこと。


 その条件のもと母の命は助ける、しかしそれまで面会もさせない。

それがロードに突き付けられたオルゴールからの命令。


 その日からロードの戦いは始まった。



「お、お見事です」

「まだこれで8歳とは……さすがは皇族でございます」

「では次はロード様、この盤面で始めましょう」


 模擬戦で、並みいる戦略家のすべてをなぎ倒す。

教えてもらったことを全て吸収し、自ら過去の書を読み解き昇華させる。


  帝国中の大人たちが彼の教師に代わる代わる変わっていくが、そのすべてが半月と持たなかった。

頭のトレーニングとしてチェスもやった。

一年後には、アースガルズ帝国で優勝してしまうほどには極める。


 才能とは、神が与えたギフト。

努力する凡人をあざ笑うかのように、1の努力で100を知る。

しかしその凡人よりも、誰よりも努力する、ならば彼に敵う者などいるはずがない。


 努力する天才に、凡人は勝つことなどできないのだから。

ただし、努力する天才など奇跡でも起きなければ生まれない。


 凡人は、その能力ゆえに努力することを覚える。

天才は、その能力ゆえに努力することを放棄する。


 しかし稀に現れる時代が生んだ化物。

強大なうねりによって、努力することを義務付けられた天才。

ロード・アースガルズは間違いなくその類の存在だった。


 しかしその天才の、ロードの心の奥にあるのは優しき母の面影だけ。

自分が頑張ることで、母が助かるならと、その一心だけが、彼の原動力。


 血反吐を吐く思いもした、寝る間も惜しむとは文字通り。

毎日のように、すべてを吸収していった、狂気と呼べる努力を続ける。


 そして時は来た。

約束の一年、時代の寵児となったロード・アースガルズの初陣が始まった。


「母上。行ってまいります」


 EUを恐怖のどん底に陥れる悪魔の頭脳。

かつて守ろうとした国を、母のために滅ぼしかけた少年の戦いが始まった。

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