第51話 悪魔の頭脳 ロード過去編1/3

「将軍! 正気ですか!?」


「あぁ、だがこの作戦に穴があるか?」


 翌日の作戦会議でダニエルは、その作戦を発表する。

その狂気にまみれた悪魔の発想の作戦を。


「穴しかないでしょ! 国境を越えさせるなんて……だって……だって」


 しかし言葉が続かない。

他の作戦会議に出ている部隊を操る名将達も粗さがしに夢中になる。


「ないんだ、これには。このいかれた一見穴だらけの発想には無いんだよ、明確な穴が」


「しかし国境を通すなんて、危なすぎます! ここを超えられれば…」


「だが、あと三日ともたんぞ。守っていても死ぬだけだ」


「そ、それはそうですが……」


「ならばやるべきだ、死にゆく身体を必死に守ってどうする。死ぬとしても戦って死のうじゃないか。敵に背を向けて死にたいのか」


「……」


 そしてその場で最も権力を持つ最高司令の男が口を開いた。


「ダニエル。一応聞きたいが、これは誰の作戦なんだ?」


「……私の甥です。子供の発想力とは恐ろしいですね」


「なんですって? 子供の作戦に、EUの未来を託すのですか!?」


「もちろん、我々でできる限り精査し、より精密にせねばならん。しかし私は問題ないと考える」


 その最高司令はしばらく黙り思考を巡らせる。

そして顔を上げて、口を開く。


「わかった。ダニエル、この作戦でいくぞ」



「あれれ? 敵さん、国境の守り薄いよ? というかもう逃げちゃったかな! ははは! アースガルズ帝国に光あれ!」


 アースガルズ帝国軍は、抵抗が弱まった国境の守りを突破した。

国境から少し離れたところに拠点を置いて、その軍を預かる司令官がにやにやと笑い声をあげる。


 これで皇帝陛下から勲章を頂ける、出世街道まっしぐら。

自分の明るい未来を想像すると涎が止まらない、最高級の性奴隷を2,3人購入しよう。そうしよう。


「クズナ大佐! 基地から緊急連絡です!」


「なんだよ、いいところなのに」

 

 そして受話器を取るクズナ、その連絡に顔を青ざめる。


「はい、クズナですが、もう国境越えましたよ……え? そうなバカな! だって敵は敵は……まさか!」


 クズナが見るのは横にそびえる巨大な山脈。

敵がそこを超えてきたというのなら、索敵にひっかかることはない。


「ぜ、全軍退却!! すぐに基地を守れ!!」


(やばい、やばい、やばい。基地が落とされでもしたら私は責任をとらされて……最悪……斬首?)


「何をしてる! 全員だ! 国境を越えたやつも全員よびもどせ!! 隊列などどうでもいい、各自基地へ全力で戻れ!!」


 クズナの命令は最低のものだった。

司令官の命令としては下の下、それもそのはず彼はただの男爵家。

貴族という家柄のため部隊を任されているだけの司令官。


 もちろん軍事学校は卒業し、優秀な成績で卒業はした。

しかしマニュアル通りの指示しか出せない戦場の経験が薄い司令官だった。


 だから責任を取らされて斬首刑にされるのを想像し、慌てて陣形を崩して部隊を戻す。


 それがさらに最悪の結果を呼ぶというのに。



「ダニエルさん! 敵の基地を強襲に成功! このまま一時的に占拠可能です!」


「そ、それに国境を越えた部隊がまるで蜘蛛の子のように我先にと基地へと向かってますよ! 隊列もくそもない!」


 通信で作戦が成功していることを指令室で報告を受けるダニエル。


「よし! では、全軍突撃! このまま挟撃! 片っ端からとかげの尻尾を切りまくれ!」


 そして国境を守る部隊はすべて一転攻勢。

伸びきった隊列で逃げていく敵部隊後方を一つまた一つと数の差で殲滅していく。



「クズナ大佐! 後ろの部隊が攻撃を受けています!」


「か、かまわん! 全員基地に戻りさえすれば戦力はこちらの方が上なんだ! 立て直せる!」


 急いで基地へ向かうクズナ。

ほぼ全部の部隊を前線に出していたアースガルズの基地に戦力はほぼなかった。


 油断もしており、迎撃態勢も整っていない。

なんなら酒を煽っている軍人までいるその基地へ、EUのKOG部隊が奇襲をかける。


 基地のアースガルズ軍は瞬く間に壊滅し、KOGを起動する余裕さえ与えなかった。

しかし前線の部隊が戻ればすぐに取りかえせるだけの戦力差のはずだった。


「こ、これだけか? 前線から戻ったのは…なぜ? 100はいたはずだぞ」


 しかし背後から攻撃され続けた部隊は基地につく頃にはすでに半分近くを失っていた。


「クズナ大佐……あれは…」


 そして目の前には占拠された基地。

掲げられたEUの旗、そしてこちらへ銃口を向けるKOG。

そして背後からはEUの大部隊。


「あ、あ、あ……」


 マニュアル人間はマニュアル以外のことができなくなった。

この場面から立て直せる作戦など彼には思いつかなかった。


「皇帝陛下……申し訳ございません」


 そして彼の出世街道はここで幕を閉じる。

アースガルズに大打撃を与えて、その命すら。



「快勝だぁ!! よくやったロード!!」


 その日の夜。

作戦の成功を聞いたダニエルは久しぶりのワインを開けてロードとスカーレットと喜び抱き合う。


「勝ったの! おじさん!」


「あぁ、もう勝ったも勝った! あんな勝利は初めてだ! 愛してるぞ!!」


「おじさん、ひげ痛い!! お酒臭い!!」


「ちゅーしよ、ちゅー!! ははは!」


「もう、こんなに飲んで……でも本当によかった…」


「あぁ、本当によかった。ロードまた頼むな!」


「うん!」


 有頂天で、ロードの頭をなでてキスするダニエル。

スカーレットが作ったワインを浴びるように飲んで気分を良くする。


 その日は快勝で、これ以上のない勝利、命の危機だった国境は押し返し敵には大打撃。

この日からダニエルは、ロードを作戦会議に入れて話を聞かせる。


 藁にも縋る思いだった最高司令もあの作戦を提案したという少年ならと同席ぐらいは了承した。

しかしあの作戦は誰しもは子供が無邪気な発想で口にしただけの偶然の産物だと思っていた。


 だがその認識をすぐに改める。

なぜならロードが次々と提案してくる悪魔的発想はすべて、はっと思わせる素晴らしいものだったから。


 それをもとに、作戦を立案していくダニエル達。

まだまだ粗がある作戦ばかりだが、ベテランの軍人達が丁寧に整形することで非の打ちどころのない作戦へと昇華していく。

全戦全勝、勝利を重ねてEUの北部であるこの地域だけは一切の後退を許さず、むしろ押していた。


 この連日の戦いで、ロードの司令官としての、そして戦略家としての才能は開花していく。



「なぜ、そのエリアだけこれほど敗北が続くんだ!!」


 アースガルズ帝国代99代皇帝 オルゴール・アースガルズは苛立ちを抱えていた。

年はすでに60を超えている、アースガルズの最高権力者。

自分の意のままにならないことが何よりも嫌いな世界一我儘な人間。


「わ、わかりませんが、どれも奇抜な作戦で押し切られたと報告を受けております…」


 報告する文官は汗を流しながら敗戦の報告をする。

少しでも機嫌を損ねると自分の首が飛ぶことを理解しているから。

そのエリア以外は全戦全勝だというのに、なぜか敗北続きのエリアがある、その報告は皇帝の逆鱗に触れていた。


(優秀な司令官でもいるというのか……しかし作戦だけで…一体どんな傑物だと…)


「失礼します。ご報告に……失礼しました、出直します」


 すると一人の軍人が入ってくる。

年は20代後半の若かりし頃のジークだった。

他の軍人が報告中であったため、出直そうと部屋からでようとする。


「おぉ! ジークよ! よくぞ戻った。よいよい、こっちへこい! また基地を落としたそうだな。勲章がまた増えるぞ」


「皆の助力あってこそです。陛下、私一人の力では……」


 若手最強の名をほしいままにしていた若き日のジーク。

強いものが大好きの皇帝の大のお気に入りで、信頼も厚い。


「うんうん、もっとお前は傲慢でいいんだぞ、そこだけが欠点か。いやだからこその強さなのかもしれぬな。そうだ。ジークよ、お前の聖騎士部隊に頼みたいことがあるんだが」


「なんでしょう」


「聖騎士部隊を再編成し、向かってほしい場所がある。そうだな、聖騎士100名は集めよ」


「それは…国でも落とすのですか? 各戦場に出ている聖騎士ほぼすべて集めねばなりませんが……」


「かまわん。ちょっと抵抗が激しい地域があってな。地図でいうとこのあたりだ」


 地図を指さす皇帝、それに顔をしかめるジーク。

帝国中の聖騎士と言える100人の部隊が狙う場所としては明らかに小さすぎる。


「いささか過剰かと思われますが……陛下のご命令とあらば」


「力を見せねばならんのだよ。舐められてはいかんのだ。だから頼むぞ、ジーク」


「御意」


 そして編成された帝国の最強の部隊。

ジークをエースとし、さらに同程度の強者たちで編成された力の塊。


 世界最強の国の最強達を集めた無敵の軍団が出撃した。


「目標はEU北部の国境の守りだ! 全軍をもって!」


 たった一人の少年が守った場所を、守りたかった場所を。


「殲滅せよ!」


 奪うために。

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