第49話 反逆の騎士

「オーディン様、南部地方の町フィンでの紛争地帯のことでご相談があるのですが……」


「あぁ、まだ降伏しないのか」


「はい、いかがいたしましょう。私に任せていただければ…」


 オーディンは椅子にもたれて手を組む。

ここは、オーディンの執務室。

つまり軍事最高司令の部屋、その後ろから差し込む光を背に考え込むように手を組んだ第一王子。


「いや。父上が病に伏せてからレジスタンスの動きが活発すぎる。もう一度教えておかなくてはな……この世界の支配者は誰なのか、お前達はどういう立ち位置なのか」


 秘書の美しい女性から尋ねられたオーディンは思案する。

美しいのに、その見た目はどこか意地悪なイメージを感じさせる妖艶な美女。

名をキャサリンという。


「では…」


 そして出した結論は。



「『その地域にいるアースガルズ人以外すべて殺せ』との命令です」


「!?…なぜ! そんな必要はないでしょ!」


「いえ……命令ですので、私には真意はわかりませんが…」


 剣也がそのネズと専用回線で通話する。

このやり取りは隣にいるジンとリールベルトには聞こえていない。


 直後隣にいるリールベルト、ジンがKOGの銃を構えた。


 それを視界の端でとらえた剣也。

その銃口が狙う先を見る。


「おい……なにしてるんだ、二人とも」


 その先には、手を挙げて降伏しているレジスタンス、後ろには子供だって見える。

その目は恐怖に震え、身を寄せ合いこちらを見る。


 巨大な銃に指をかける二人のKOG。


 そしてゆっくりと力を入れる。


「やめろぉぉ!!」


「!?…ソード?」

「ソード君!?」


 剣也が二人の銃を叩き切る。


「二人とも何をしているんだ!」


「それはこちらのセリフだ、ソード。オーディン様からの命令があっただろ」

「そうだよ、ソード君。突然何をするんだ」


 何も悪びれるつもりも、葛藤も、感情すら感じない。

まるでお願いされたから打っただけだが、何か問題でも?


 そう言いたいような声だった。


「二人とも、どうして……今人を殺そうとしたんだぞ! 無抵抗な人を!」


 予備の銃を抜いた二人の前に剣也は立つ。

その背にはレジスタンスと思わしき人々。


「当たり前だろう、私達は軍人だよ? 命令に従う必要がある。そこをどけ、ソード。今のは命令違反で処分されても文句はいえんぞ」


「ソード君、なぜそこまで。彼らは劣等種だよ? 従わないんだから殺されて当然だよ。あまり気持ちいいものではないけどね」


「うそだろ……本気…なのか」


 ジンとリールベルトの言葉に剣也は言葉を失った。

いつも優しいリールベルトさんが、アースガルズ人以外を劣等種と呼び、殺すのは当然だという。

いつもかっこつけているジンさんが、それでも一本芯が通った強者のはずのジンさんが、命令だから殺すのは当然だという。


 明らかに温度差が違う、認識が違う。

二人の口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。


 剣也には理解できなかった。

あんなに仲良かった二人が、人格者だと思っていた二人が。

人種が違うというだけでこんなにも。


「彼らも同じ人間だ! 殺すな!」


 するとジンが剣也の傍まで寄ってきてKOGごしに肩を叩き、剣也に向けて通信する。


「疲れているんだ、今日は休め、ソード。あとは私達がやっておくから。今のは聞かなかったことにする。あとで私の権限で緘口令を引いておくから」


 そのまま動かない剣也を通り過ぎ、ジンが剣を振りかぶる。

その先は剣也の後ろで震えるレジスタンス。


 その剣は振り下ろされる。

しかし飛ぶのは鮮血ではなく、巨人の鉄の腕。


 誰が飛ばしたのかは、明白だった。


「ソードぉぉ!!」


 ジンが操作するKOGの腕が飛ぶ。

剣也が操作したKOGの一閃で。


 その光景は後ろにいる軍人も、通信しているネズも、リールベルトも。

その戦場にいる多くの軍人が目にしてしまった。


 つまり。


「ソード君! そ、それは反逆だぞ! オーディン様への!」


 決定的な軍機違反。

皇族の命令は絶対、軍においてそれは絶対遵守の鉄の掟。


「あぁ、そうですね、この半年そう学びました。でも無理です。俺には黙って見過ごせない」


 レジスタンスを背に、そして守るように。

周りのすべてのKOGを次々と戦闘不能にしていく剣也。

その迫力に歩兵含む多くのアースガルズ軍人が逃げ惑う。


「ソード!! やめろ! やめるんだぁ!!」


 ジンの懸命な訴えも、リールベルトの声も届かない。

 

 剣也にはそんな声は聞こえない、聞こえるのは助けてという声だけ。

あの日手を刺し伸ばされて、それでも握れなかったみんなの声。


 剣也の後ろで震えるみんなが、あの日のみんなに重なったから。


 あずさに、みどりに、抵抗できない一般人に、そしてレジスタンスのみんなに。

理不尽に殺されていったみんなに重なった。

世界のどこかでこういったことが起きていることなのは理解している。


 それでも。


「ごめん、ジンさん。リールベルトさん」


 見えてしまったからには、知ってしまったからには見捨てるなんてできなかった。


「本気なのか……ソード君」


 片手に銃を、もう片方には剣を。

そして背中には、避難していく人々を。


 そして正面には。


「その命令を聞くことはできません」


 世界最強の軍隊を。



「なんだと!? 反逆!? 誰が!」


 その一報はすぐさまオーディンへと連絡がいく。


「そ、それが……あのソード・シルフィードでして……」


 ネズ少佐が、通信ごしにオーディンへと報告する。


「ソード……ロードの騎士になる予定の男か! なぜ! 理由は!」


「いえ、明確にはわかっておりませんが。レジスタンスを殺すなと……」


「ふむ……そうか」


(あいつの騎士らしいな……しかし、それが意味することを理解せんわけではないだろうに)


「で? 自体は収集したのか? 強いとはいえ、たった一機だろ。数で押せばすぐに無力化できるはずだが…」


「そ、それが……」



「これが君の本気……なのか、ソード」


 ジンを含め、戦闘不能となった多くのKOGが鉄くずの山となっていく。

その動けなくなった機体の中で剣也を見るジン。

こちらは本気で、多少のケガは、最悪命すら仕方ないと全力で止めにいってるのに止められない。


 世界最強の軍隊、その練度は世界一。

レジスタンスの鎮圧用とはいえその戦力はたった一機に抑えられる量ではない。


 なのに、次々と戦闘不能になる、文字通り戦闘不能なだけで死んでいるわけではない。

つまり手加減されている、死なないように丁寧に無力化されている。

だから死者はいまだ0、剣也が反抗してから、敵味方合わせて。


 戦慄すら覚えるその異次元の操作技術と戦闘力で、レジスタンスを含む3級国民達も。


「ソード君! やめるんだ! これ以上は! これ以上はもう取り返しがつかないぞ!」


 戦闘不能のKOG、その中でそれでも懸命に説得を続けるリールベルト。


「すみません、リールベルトさん。それはできません」


 剣を構えて、真っすぐと言い放つ。


「引いてください、俺は戦う気のない人を傷つけない!」


 その巨人を止めることはアースガルズ軍にはできなかった。


 ただ一人、部下から連絡を受けて飛んできた。

その戦場へ降り立った一人の少年を除いて。



「はぁ、私の騎士は……いつも私の計画を狂わせるな……でも」


 その少年がにやりと笑うのは、彼の行動が少し嬉しいから?


「そこが気に入ってるんだけどね」

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