第47話 第一王子オーディン

「今日は悲しい知らせをしなければならない」


 オーディン・アースガルズが立つその演説台。

そしてそのよく通る声は不思議と安心感を与えていた。


 オーディンは、静観な顔立ちと鍛え上げられた肉体。

見ているだけで、好感を持ってしまう。

そういったカリスマ、オーラとでもいえるものを放っていた。


 支配者として自覚し、相応しい才覚を有し、それを為すだけの意思を持つ。


 そして彼の目の前には多くの軍人達。いわゆる桜という奴だろうか。

オーディンの一挙手一投足に歓声を上げて映像を盛りあげる。


(演説は支配者には必須の力だというけど……)


 前の世界では、ドイツの独裁者が演説の力で成り上がった歴史がある。

メディアが力を持つ世界において、心を震わせる演説とは支配者にとても重要な資質なのだろう。


「我が愛する妹、ユミル・アースガルズが討たれた、卑劣な罠によって彼女は民を守って命を落としたのだ」


「!?……これは…」


 剣也はロードの表情を見る。

するとロードは目をつぶってゆっくりと首を振った。

黙っていろという意味なのだろう。


 周りの様子を見ると、全員がその放送に驚き、リールベルトさんなんかは両手を組んで額の前に置きまるで神に祈るようなポーズをとる。


 末端まではユミルの悪行は知られていないのだろう。


「だから、まずは我が妹に皆の思いを捧げたい、彼女の健やかな眠りを願って。黙祷」


 そして全員が立ち上がり黙祷が始まった。

3分ほどの静寂がアースガルズ帝国を包む。


「ありがとう、これで妹も浮かばれるだろう。感謝する我が子達よ」


 優しく言い聞かせるような声。

しかし突然その声は力強く訴えるように声を上げる。


「私は絶対に許さない! 卑劣な行いをした我が国の敵に! そしてその敵はアジア連合だと分かっている!」


(アジア連合? ……そうか、アジア連合のせいにする気か)


 剣也は理解した、オーディンが何をしようとしているのかを。


「私は約束する。必ずあの連合国家を打倒することを。そして悔やませるのだ、我が妹を殺したことを。奴らの懺悔の声をもって妹の鎮魂歌とするために!」


(やっぱりか……つまり戦争の口実に使うのか、実の妹の死すら)


「今父上は、病に伏せておられる。もう皇帝として復帰することは難しいだろう。だからここはあえてはっきりと言おう! 皇帝が変わるときは近いと。新たな時代が幕を開けるのは目の前だと!

そしてここで私は皆に誓おう! 私が皇帝になったとき! 人類の歴史上まだ誰も、どの国も、成し遂げたことのない偉業が達成されると! 我がアースガルズ帝国こそ、唯一の国家として世界を統一するのだ!!」


「おぉぉぉ!!!!」


「アースガルズ帝国に光あれ!」


 大歓声のもと演説は終了した。


 周りを見渡せば全員が拍手をしている。

レイナ、ロード、剣也以外は。


 映像は終了して、日常が戻る。


「ユミル様が亡くなられた……皇族が亡くなるなど…初めてのことだ」


 スター大佐が信じられないと話し出す。

全員がため息のもとしばらく沈黙を保った。

口火を開くのはやはりスター大佐。


「また戦争が始まるか、EUとの闘いの次はアジア連合か……」


「あぁ、過去最大の戦いとなるだろうな。だからソード。早く聖騎士になって私の騎士になってくれよ?」


「わかりました……と言いたいところですが、そもそも聖騎士とはどうやってなるんですか?」


 その質問にスター大佐が答える。


「あぁ、半年に一度認定試験がある。ソードなら一発で合格だろうが、そのために実技試験など色々あるからな」


「……そうなんですか」


「当たり前だろ、強いだけではだめだ。きちんと軍人としての模範的行動ができなければな。制御できない力などただの暴力でしかない」


「わかりました。ではスター大佐明日からご指導お願いします」


「うむ、任せとけ!」


 そしてその日の授業は終了した。

といっても特Aクラスに操作に関する授業はない、たまに収集がかかったり戦地での実地訓練があったりだけだ。


 剣也とレイナは、ロードと別れてその日は家に帰る。


「では、おやすみなさい。剣也君」


「あぁ、おやすみ」


(こんなにドキドキしない同棲ってある?)


 ジークの家はとても広く、シャワーも二つある。

娘への配慮なのか知らないが、なぜ二つ作った! パパ!


 なので、返るや否やそれぞれの部屋に戻るだけ。


 とはいえ、毎日一緒にご飯は食べているし、剣也のしょうもない冗談にたまにレイナは笑ってくれる。


 とはいえ剣也としては、入浴を覗いたり、着替えている最中に部屋に入るなどそういったむふふな展開も少し期待していたというのに。


「かぐやのことはロードに頼んだし、なるようになるか……。聖騎士試験、そして帝国剣武祭までもう少し、そこですべて始まるんだな」


◇少しだけ時間は戻る。


「ロード、頼みがある」


「殿下か、様をつけろ。誰に聞かれるかわからんぞ」


 オーディンの演説の後、剣也はロードに頼みがあると連れ出していた。

ロードに警告されてトーンを落として小さな声で頼み込む。


「あぁ、ごめん。それでかぐやの居場所ってわからないかな? せめて生きていることぐらいは伝えたくて」


「かぐや……アジア連合へといったレジスタンスで君の思い人か? 惚れた男は弱いな」


 にやにやとロードが剣也を見る。


「べ、別にいいだろ、で? 方法はないか?」


「手段を選ばなければある。しかし国交は断絶しているし、敵の軍の情報とはそう簡単に得られるものじゃない。リスクが高いからな」


「そうか……やっぱ難しいか」


「……何か方法がないか探っておくよ。任せておけ。だから勝手な行動はするなよ」


「あ、あぁ! ありがと!」


 そして剣也は去っていく。

その後ろを眺めながらロードはつぶやく。


「すまない、剣也。でもいつか君達は出会うだろうな、戦場で。……だがそのとき彼女は」


 ロードも足を翻し剣也に背を向ける。


「君の味方とは限らないが」


 そしてただ月日は過ぎていく。

世界は仮初の平和を享受し、半年近くの月日が流れた。


 大きな戦争もなく、ただ日常が過ぎていく。

すべてが動き出す日はすぐそこまで来ているのに。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★

あとがき

話し進まないんであと一話更新します。

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