第39話 アースガルズ帝国へ
「一緒に!?」
「あぁ、レイナ君にはソードの護衛、そして同時に聖騎士も目指してもらう。そのため共に過ごしてもらいたい」
「わかりました」
「わかっちゃうの!? いいの!?」
「くっ! ロード様の命令でなければ!」
なぜかジークが悔しそうな顔をする。
くっころのおっさん騎士なんか見たくない。
先ほどジークが聞いてきた理由はこれかと剣也は理解する。
レイナは案外すんなり受け入れてくれている、心なしか少し嬉しそうにすら見える。
「とりあえず当面の目標を整理しようか。今日からソード、レイナはアースガルズ帝国へ向かえ。飛行船は手配した。ジークは、この国の軍部の代表として残る必要がある。田中君は建御雷神と共に海を渡れ。船はジーク、用意できるな?」
「了解しました。準備しましょう」
「私もわかりました。ジークさん、回収を手伝っていただけますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いいんですか? ジークさん、いやパパ」
「先ほど聞いただろう、お前の答えを。ならばもう親の私がこれ以上口出しすることではない」
なぜか涙目になっているジーク。
娘がいきなり家を出て、他の男と同棲するんだ。
娘ができたことはないが、これがNTRか。
「ソード……いや、剣也。レイナを頼むぞ」
「はい!」
剣也は真っすぐ大きな声でジークに返事を返した。
姿勢を正して真剣に、それが誠意だと剣也にもわかるから。
「では、これ以上特に決めることもない。飛行船は15時発だ。夜には本国にはつくだろう、もう出発するといい。私も向かうが皇族専用機があるのでね。また向こうで合おう」
そしてその日のニチア同盟の会議は終了した。
田中は準備のため研究資料を集めに自分の家に取りに行った。
危ないかと思ったが、まだ軍の中で田中一誠がレジスタンスということは広がっていない。
調べられればすぐにばれるのだろうが、あの日田中一誠の名前を聞いてもそれがだれかまで知っているものはジークを除いていなかった。
そして大したものもない剣也は準備を済ませる。
そもそも自分の家には何もないので、必要なものはアースガルズ帝国で買うことになっている。
レイナも事前にそうなることを想定していたそうで、荷造りは完了していた。
「じゃあ、パパ。いやジークさん、いってきます!」
「あぁ、レイナを頼む。といっても私もよく本国には帰るからすぐに会う事にはなるだろうが」
「そうなんですね、じゃあしばらく家に居候させてもらってます」
首都ヴァルハラにはジークの屋敷があるらしい。
そもそもそちらが本邸でこちらは別荘という位置づけらしい。
剣也とレイナはその本邸で住むことになる。
「しばし別れだ、レイナ」
「はい、パパ」
レイナとジークも挨拶を交わす。
親子の分かれというには、少し寂しい感じもするが今生の別れでもないのでこんなものだろう。
それに親バカに見えて養子だということは、関係は複雑なのかもしれない。
そして剣也とレイナは二人飛行船へと向かう。
同じ銀色の髪を持った仮初の兄弟として。
一見すると仲むつまじい兄妹として。
それを見送るロードとジーク。
その背中を見るロードが背中を見つめるジークに話しかける。
「ジーク、いつまで隠しているつもりだ? レイナ君に」
ロードはジークの過去を知っている。
その隠している理由すらも憶測だが把握している。
「そうですね……私に勇気がないばっかりに。この関係が壊れてしまうのが怖くていまだ決心がつきません」
「かつてEUを滅ぼしかけた男のセリフとは思えないな。怖いか本当のことを話すのが」
「……今あの子は10歳までの記憶を封印しています。むしろ思い出さないほうがいいのやもしれません、このままの方が二人とも幸せかもしれない」
戦争孤児としてジークに拾われたレイナ。
その時心を閉ざしていて、感情は死んでいた。
記憶を思い出すことを封印しているように、心を守るためになかったことにしようとしていた。
「しかしいつか記憶は戻るぞ、いいか悪いかわからないが、剣也の影響で」
「そうですな、それは私も感じております。彼が娘の心を少しずつ溶かしていることを」
剣也に会って、感情が震えて、氷が解ける。
止まっていた感情の起伏が激しくなり、徐々にレイナには表情が見えついには笑顔を見せた。
それ自体はとても喜ばしいことなのだろう。
しかしそれは同時にレイナが過去を思い出すことを意味していた。
「娘がすべて思い出し、向き合ったとき。私も話します」
「そうか……彼女は強い。きっと受け止めるさ」
「はい……その時本当の親子になれるか、はたまた拒絶されるか」
「ニチア同盟にヒビが入る。やめてくれよ? 仲違いは」
「それは私も望みません。そうですね、もし。もしレイナがすべてを知って。それでも私をパパと呼んでくれるなら……」
遠くに見えてもう背中も見えなくなったレイナの方角を見据えるジーク。
空を見上げてその目に涙を溜めながら決心する。
「妻の、そしてあの子の母親の咲子の墓に一緒に墓参りに行きます。血のつながった本当の父として」
…
「すごい、普通に海だ」
飛行船に乗ってアースガルズ帝国へ向かう剣也とレイナ。
「海は初めてですか?」
「いや、初めてではないけど……変わらないんだなって」
その剣也の発言の意味をよく理解できなかったレイナは?を浮かべる。
「ねぇレイナ。アジア連合ってどっち?」
「えー日本の南西なので、あっちですね。進行方向がアースガルズ帝国なので」
「世界地図は、そのまんま地球なのか。まぁゲームの世界だしな」
「ゲーム?」
「いや、こっちの話」
そして剣也は飛行船の窓からアジア連合の方角を見る。
もう一人のヒロイン、剣也が命を懸けて守った女の子。
あの時好きと言ってくれた、剣也も大好きな少女。
黒神かぐやに思いをはせて。
◇かぐや視点
「ついたか……。かぐやついたぞ」
海を渡り船で丸一日。
かぐや達はアジア連合の端、そしてアジア最大の国家。
アジア連合の長と言われる中武という国へと到着していた。
中武は、バラバラだった多くの国を時の皇帝がまとめ上げ一つの国家として成り立つ。
そして時代は流れ、今は君主制は廃止され民主主義国家となっている。
形態的にはEUとほぼ同じ形式をとっており、選挙で選ばれた国民の代表が指揮を執る。
そのため国民はみな法のもと平等。
しかし実態は、貧富の差が激しく富を持つものは富を持ち続けるという資本主義国家。
権利は平等、富は不平等。
富を平等にすることが良いこととは決して言えないが、間違いなくお金という権力が支配する国だった。
そういう政治と経済形態を持つ巨大国家、それが中武。
国単位でいうならアースガルズ帝国の次に大きい国となる。
「ようこそ、日本の民。そして我が同胞よ」
港でかぐや達を出迎えるのは、アジア連合の軍関係者。
胡散臭い見た目の文官が、大きな手を使って歓迎のポーズをとる。
今日一心達が来ることは知っている、そして次々と日本のレジスタンスが向かっていることも。
良い言い方をすればともに戦う仲間として。
悪い言い方をすれば使い捨てられる手駒として。
「日本人の受け入れ感謝します」
一心が固く握手を交わす。
「いいえ、私達も戦力の強化は急務ですから。アースガルズ帝国がいつまた牙をむくかわかったものじゃない。歓迎しますよ。私達は仲間だ。ともに戦いましょう」
(ふん、お前達が欲しいのは命を懸けて戦う手駒だろう、白々しい)
それでも一心達はそれを受け入れるしかない。
命令があれば死地へと向かわされることもわかっている。
EUが倒れそうな今、帝国に対抗できる唯一の国の集合体。
アジア連合に仲間入りすることが日本独立への唯一の道と信じている。
この日一心達レジスタンス「アマテラス」はアジア連合の中の日本軍として在籍することになる。
それを条件に衣食住を保証してもらうことになっている。
すると一人の少女が、その文官の前に出る。
ゆっくりと、しっかりと地面に足を付けて真っすぐ顔を上げる。
「初めまして。私は黒神かぐやです、お願いがあります」
「ん? どうしました? お嬢さん」
「私は命を懸けて戦います、死ぬ気で訓練して強くなります。だから……だから私に力を、戦う力をください。兄を、大切な人達を奪ったあの国を、そして剣也を奪ったあいつら帝国を私は」
真っ赤に泣きはらしたその目には、燃えるような復讐の炎が宿っていた。
「絶対に許さない」
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