第37話 今だ解けぬ氷
「レ、レイナ!?」
「パパから剣也君のお世話をしてあげてくれと頼まれています。背中流しますね」
混乱する剣也、目の前には先ほど裸体を妄想していた少女。
残念ながら軍服を着ているが、どうせならバスタオル一枚とかがよかった。
「ってちがーう!! レイナ!? どうして?」
「パパはいつも、疲れた時は背中を流してくれと頼みますよ? 昨日はお疲れだったので……」
(あのおっさん、高校生になる娘に何やらしてんだ)
とたんにジークがただのすけべ親父に思えてきた。
厳格な軍人だと思ったのに、なんて奴だ。全くうらやましい。
「じゃあ、背中を向けてください」
半ば強引に座らされる剣也。
抵抗できないのは、少し期待してしまっているからなのか。
好きな女の子に背中を流してもらえるなんて、男の夢、ただでさえ興奮しているのに。
これでは立ち上げることはできない! 理由は察してくれ。
そして剣也の背中にレイナが優しく触れる。
(あ♥)
好きな人に背中を流してもらう。
それはなんて幸せなことなんだろう、思わず変な声が出た。
優しくて綺麗な手、そして。
ゴリゴリベリベリ!!
(いってぇぇぇ!!)
ゴリゴリという音すら聞こえてきそうなほどの剛腕で背中をこするレイナ。
もうむしろベリベリという音と共に肌が裂けてないかと錯覚する。
「パパの背中は大きくて硬いんですけど、剣也君のは柔らかいですね」
(あんな筋肉マンと一緒にするな!! 皮が剥ける!!)
歴戦の戦士ジーク。
前握手したときに感じたがなんて分厚い皮膚と思った、戦う男の手。
きっと多くの血と汗と涙が滲んでとても頑丈な背中なのだろう。
体格だけでいうならプロレスラーと変わらない。
対して剣也。
こちらはただの引きこもり。
赤ちゃん肌、たまご肌、白い肌。
ぜい肉はないが、ゴリマッチョのターミネーターと比べれば可愛いものである。
肌の綺麗さだけには自信がある。
なぜかって? 日差しを浴びずに一生部屋でゲームしてたからね。
NOダメージだ、なんならレイナより肌が綺麗かもしれない。
見てくれこのきめ細かい肌を。
「どうですか? 剣也君」
「き˝、き˝も˝ち˝ぃぃ!」
しょうもないプライドで痛いと言えない剣也。
涙目でその場を耐え忍ぶ。
「じゃあ、私は外にでますから。あ、着替えここ置いておきます。軍服ですが。あとこれヘアーカラーリング。金と銀があります」
そしてレイナは染髪剤を置いてお風呂を後にした。
昨日ロードに言われた通り髪を染めることでアースガルズ人として偽装する。
アジアとのハーフも多いためちょっとアジア人の血が濃いな、ぐらいにしか思われないそうだ。
「やっと終わった。次からは意地を張らずに痛くしないでって言おう。これが勝手にシャンプーを使った罰ですか……」
興奮もどこかへ飛んでいき、用意された染髪剤で髪を染める。
銀髪にするなんてどこの不良だと思ったし、日本人が似合うのか。
ド金髪よりは、アッシュ気味の銀色のほうが日本人的には似合うだろうが。
金髪か銀髪かで迷ったが、どうせならレイナとお揃いの銀色にしよう。
その方がジークさんの子供っぽいし。
「でもなんでレイナって銀髪なんだろう……」
アースガルズ人は金髪が多い。
というかそれが普通。
ということはレイナはハーフな気がするが、どうなんだろうか。
あとでジークさんに聞いてみよう。
湯舟につかる剣也。
生傷にお湯が染みる、主に今できた背中の傷だが。
でもこれは逃げ傷ではない、むしろ逃げなかったこその傷。
背中の傷は剣士の優しさ!
…
「ありがとうございました。とても元気になりました!」
「でたか、御剣。うむ、なかなか似合うじゃないか。銀色も」
「そうですか? 少し恥ずかしいですね」
「アースガルズ人は銀色も多い。銀色はハーフが多いがな。アジア人とのハーフがよく銀色になる」
「あ、そうなんですか」
ということはレイナもアジア人とアースガルズ人のハーフなのかな?
お風呂からでた剣也は応接室へ。
変わるように田中さんもお風呂に入るようで交代した。
「お揃いですね、剣也君。同じ銀色です」
レイナが髪をくるくるさせて剣也の髪を見る。
「お、おう…」
その仕草があまりに可愛くてオタクみたいにどもる剣也。
いや、もともとオタクなのだが…、戦いで精神が成長したがこういった部分は変わらない。
「朝食はまだですよね? 用意します」
その背中を眺めるジークが、レイナが部屋を出るのをみて剣也に話しかける。
「レイナは本当に明るくなった……お前のおかげか。同年代の刺激とはとても強いものなのだな」
「そうなんですか?」
確かに出会ったときは触れるものすべてを傷つけるナイフのような少女だった。
中2病とかではなく、どこか心を閉ざしているかのよう。
でも剣也と出会ってKOGが自分よりも強い相手に出会って心が揺さぶられて氷が解けた。
今のレイナは少し塩対応の美少女といったところか。
氷姫というよりは、クールキャラって感じだ。
「御剣には話しておかないといけないか……」
ジークの真剣な顔に剣也もレイナの過去は気になっていたので話してもらえるなら聞きたい。
思えばレイナとジークの関係をあまり理解していない。
ジークさんは人格者でとてもいい父親のイメージだが、レイナはクールというよりどちらかというと心を閉ざしていたようにすら思える。
今は少し明るく感じるが、出会ったときなんか「興味ないから話しかけるな」だもの。
「レイナが養子であることは知っているか? これはまぁ結構有名なのだが」
「あ、そうなんですか……知りませんでした」
レイナが養子であることは、周知の事実らしい。
剣也は知らなかったが。アースガルズでは有名であの軍神が養子をとったと一瞬話題になったそうだ。
「だが、これはあまり知られていない。レイナを引き取ったのは10歳、ちょうど日本の戦争が終結しかけているころだ。今から6年近く前か」
戦争が完全に終結したのが5年ほど前。
なので6年前はほぼ終結しかけているといったところか。
「あぁ、実はレイナは……」
するとジークは何かを言いかけて止めた。
その表情はどこか悲しそうに。
「いや、すまない。レイナを拾ったのはこの国なんだ。戦争でひどく傷ついていてな、心を閉ざしていた。アースガルズ軍として来ていた私はあの子を引き取ることにした」
レイナは戦争孤児だったようだ。
昨日地獄を見た剣也ならわかる。
10歳の少女があんな地獄に投げ込まれたら心を閉ざすなんてレベルじゃない。
心を壊し、二度と普通に人のようには生きていけないのではないか。
しかも何年も続いたはずだ。
抗う力もなく、蹂躙されるだけの少女にとってどれほどの地獄だったのだろう。
きっと大切な人も多く失ったんだろう。
その時のレイナを想像すると胸が張り裂けそうだった。
「そうですか……戦争孤児だったんですね。でもなぜアースガルズ人が?」
「いや、それは普通によくあった。別に国交が断絶していたわけではないからな。日本に住んでいたアースガルズ人もいたんだ、避難できずにな」
「そうなんですか……」
田中を思い出す剣也。
確か田中さんもアースガルズ人と仲が良く一緒に研究していたと聞く。
国同士が仲が悪くても、人同士で仲がいいなどは日常だったのだろう。
それは前の世界でも同じことだと剣也もニュースなどで理解していた。
「あぁ、それから6年。やっと今の状態まで来た。君のおかげでもあるのだが、昨日笑っただろう?」
「はい、初めて見ました」
「あぁ、それは私もだ。6年一緒に暮らしてレイナの笑顔など私も初めて見たよ」
「すごい可愛かったです」
「お前親の前でよく……いや、確かに本当に可愛かったが」
二人してレイナの笑顔を想像してにやける。
ジークは養子だと言いながら親バカなのだろう、ターミネータが笑っている。
剣也は普通にガチ恋してる。
作中でもついぞ笑わなかったレイナの笑顔が見れたのだから。
「それでだな、ロード様が来る前に一つお前に確認しておきたいことがある」
「なんですか?」
ジークは剣也の目を真っすぐと見る。
まるで覚悟した男のような顔で。
「レイナが好きか?」
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