第34話 真夜中の対談

「ロ、ロード様!?」


「敵国の代表を様付けで呼んでいいのかい? 剣也君」


 まるで自然に、警戒心すら抱きづらい。

本来なら、すぐにでも銃を構えて、建御雷神に乗るべきところ。

なのに、あまりの自然な状況に剣也は動けなかった。


「大丈夫。戦う気はない。警戒を解いてくれ、信じられないだろうが」


「先ほどまで殺し合いをしていたのに信じろと?」


「君をもし殺す気なら、もうすでに打ち抜いているよ。スナイパーでも待機させてね。戦場での君はまさに無敵だと思ったが、今は生身なのだから」


 ロードが微笑む。

確かに不用意に降りてきた剣也を打ち抜くぐらいは簡単だったろう。

レイナにできるとは思えないが、お願いされればホイホイ降りてきたことが簡単に想像できる。

レイナにお願いされれば俺は死地にだって突っ込むぞ。


「ジーク、準備をしてくれるかい」


「はっ!」


 するとその軍用車から用意されるのは机と椅子。

簡易的だがまるでキャンプでもするかのように組み立てられていく。


「座り給え」


 剣也は、無言で用意された椅子に座る。

剣也、田中、ジーク、レイナ、そしてロード。

この戦いの主要人物が一同に机を囲む。


 しかし雰囲気は楽しい談笑などではなく。

この国の行く末すら決めかねない重要な話が始まった。


「色々話すことはあるけど……まずは、良くもやってくれたな」


「それはこっちのセリフだ」


 先ほどまで殺し合いをしていたアースガルズの代表、そしてすべてを切り伏せた日本の騎士。

剣也だって怒っている。

どれだけ血を流されたか。


「初めてだよ、あんな戦い。そして敗北も。しかし不思議と君なら、私の直感が選んだ君ならと納得している自分もいる。しかしまったく無茶をするもんだな」


 周りの残骸を見渡すロード。


「あぁそれと気になっていると思うが。姉上、ユミル・アースガルズだが」


「俺が逃がした皇女か……あいつにはいつか復讐しないと、こんな惨状を引き起こした…」


「いや、それは無理だよ。もう死んだ。私が殺した」


「な!?」「え!?」


 剣也とレイナ、そして田中がそんな馬鹿なと驚いた顔でロードを見る。

ロードは机の上の紅茶をどこ吹く風という様子ですする。


「あの女は、帝国でも問題が多くてね。特に植民地の人間を殺しすぎた、大した理由もなく自分の性癖でね」


 するとロードが戦場を見渡す。

KOGの残骸、スラムの残骸、そして人の死体。


「ひどいものだな、私はレジスタンス以外とは戦わないで欲しいと言ったんだが、まぁ無駄だとは思ったが」


 それを聞いた剣也があまりの出来事に忘れていた事実を思い出す。


 思い出したがすぐに、頭に血が昇り、怒りを思い出す。

そうだ、こいつは皇族だ。あずさを、みんなを、殺した奴なんだと。


 直後立ち上がり、ロードの襟を乱暴につかむ。


「お、お前達がやったんだろう!!」


「御剣!」


 ジークが剣也を引き離そうとするがロードが手を向けジークを制する。


「いい、ジーク。わかるよ、剣也君。憎いだろう、君の大切な人達を殺したのは間違いなくアースガルズ帝国で私達だ。だが今日起きたことが特別だと思わないことだ。今もどこかで起きている日常なのだから…」


「っぐ!」


 まるで見透かしたかのような目で真っすぐ剣也をみるロード。


「これだけは誓おう。私は無意味な殺傷はしないし、していない。今回でいくつかスラムをつぶしたが全員3級アースガルズ人として丁寧に扱っている。

ここの惨状も私は一切関与していない。戦う覚悟のないものを私は絶対に傷つけない」


 するとジークが合いの手を入れる。


「それは本当だ、御剣。ロード様が制した戦場では死人は出ていない。ここ以外はな」


「で、でも! あずさが! みんなが! お、お前なら! 皇族のお前なら助けれたはずだ! お前が指揮官なんだろう!」


 取り乱す剣也、ロードの胸倉を強くつかむ。

しかし、その手を強くロードが掴む、一瞬怯んだ剣也。


 そして恐ろしく低い声でロードが剣也に言い放つ。


「このままだと世界中で同じことが起きるぞ」


「な!?」


 剣也はそのロードの迫力に思わず掴んだ手を離した。


「私では助けられない。なぜならユミル・アースガルズは私よりも権力は上だからだ。私と姉上の命令なら軍は姉上の命令を聞くし、私があの女に命令することはできない。同じ皇族でも帝位継承権は私のほうが下だからだ」


「……」


 剣也はその迫力に押し黙る。

そのまま、まくしたてるようにロードは話し出す。


「そして私の兄。オーディン・アースガルズは今日起きたことを世界中で起こすことを一切厭わない人間だ。世界を本気で力のみで支配しようと考えている人間だ。姉上を殺したのは、個人的な好き嫌いなどではない。帝位争いで間違いなく兄上の方につくからだ」


 ロードがユミルを殺した理由。

それは帝位争いの邪魔になるからという理由。

それが意味することは。


「それって……」


「あぁ、私が皇帝になるために殺した。アースガルズ帝国の皇帝に。兄上を倒すために」


 その目的を聞いて、ジーク、レイナも剣也、田中と同じように声が出なかった。

本来であれば第一王子オーディン・アースガルズが帝位を継ぐことになる。


 しかしロードはそれに割って入ると言ってのけた。


「父上、つまり現皇帝が長くないのは知っているね?」


「それは知っている。そのせいで世界中のアースガルズ帝国の侵攻は一時停止していると」


 剣也はロードの問いに答える。

敵と認識してからは敬語もやめて砕けているが、友人という雰囲気ではないため口で会話する。


「あぁ、私も戦場に出ていたが戦争は一時中断。とはいえEUは私が言うのもなんだがもうすでに体力はない。アジア連合と手を組むのも時間の問題だろう」


 自らがEUを滅ぼしかけたロード、しかし皇帝の病により戦争は一時中断。

そして死に体のEUとアジア連合が手を結ぶのも時間の問題というのはロードの予想だった。


 元々仲が悪かった二つの連合国家。

しかし共通の巨大な敵の前では手を結ぶしかないだろうというロードの見立てだった。


「話を戻すと、現皇帝は死ぬ、近いうちにね。そして次に起きるのが帝位争いだ。はっきり言うとこのままだと兄上は皇帝になる」


「今権力の大部分を握るのはオーディン様ですから……私もそう思います」


「そう、だが私が皇帝になる」


「ロード様、それはつまりクーデターということですか!?」


「いや、違う。ここからが今日の本題だ。私が皇帝になるための計画を話す。これは父上に提案されたと言ってもいいが……。父上はそもそも私を皇帝にしようと考えている。しかし兄上の陣営は、それを見越し有力な貴族を取り込んで病で先がない父上では、分が悪いほどの権力を得ている」


 すでにオーディン・アースガルズは、皇帝の座につくための準備を始めているそうだ。

皇帝は、絶対権力者だがすでに先が長くなくオーディンの陣営につきだした貴族も現れていてコントロールが聞かない状況だそうだ。


「そんな方法……思いつきませんが」


「ジークもよく知っているはずだ。アースガルズ帝国には、数百年続く伝統の帝位継承の儀式がある。今では本当の意味も忘れ去られた伝統の戦い、決闘が」


「決闘?……まさか帝国剣武祭のことをおっしゃられているのですか? あれはすでにただの祭りごとですよ!?」


 すると黙って聞いていたジークが声を上げる。

剣也と田中は?を浮かべ、レイナもまさかという顔を見せる。


「そのだ。我が国の最大の武の祭典。今や本来の意味も失われてその年の最強のKOG騎士を決める大会」


「説明してくれ、ロード。ただの祭りがなぜ帝位継承と関係あるのか」


 話が全く見えてこない剣也はロードに問う。


「あぁ、説明しよう」


 帝国剣武祭とは、かつて兄弟で絶えることない殺し合いを行ってきた過去の皇帝が作った大会。

優秀な部下を戦わせ、時には自らも戦い勝った方が皇帝となり、それ以降一切の暗殺等は禁止するという決まりを作った。


 今や形を変えて、帝国の娯楽となり腕自慢が競う大会となっているのだが。


 皇帝とは最も強いものがなるべきだという帝国の理念を体現した戦い。


 皇帝の器とは、優秀な人を使い、優秀な部下を集め、そして勝つ。

それを体現するかのように、帝位を争った兄弟が無意味な血を流さなくて済むように勝った方が皇帝を継ぐ、そんな思いが生んだ祭。


「そこで兄上の陣営に勝利する。それを条件に父上は私を皇帝と宣言することを決めた。全国民に向けて私が次の皇帝だと。帝国が割れるのは父上もわかっている。

だからこそ宣言するには実績が必要なのだ、兄上に勝ったという実績が、それをもって初めて次の皇帝を私と宣言できる」


「そんなことが起きるのか? ただの決闘の結果で皇帝を決めるなんて……」


 剣也が疑問に思い、ロードに聞く。

所詮は昔の伝統、そんなもの結果がどうあれ無視してしまえばいいのではないかと感じてしまう。

無視して権力と力で皇帝と認めさせればいいのではないかと。


「いや、違う。御剣。もし運で勝利するようなことならばお前の言う通りだ。しかしロード様が勝者となれば話は違ってくる」


 すると驚いていたジークが、思案した結果を話し出す。


「ロード様の名は世界中で恐れられている。その頭脳と戦いの記録、結果によって……!?…まさかEUの大戦はそのためだったとでも言うのですか!?」


「あぁ、そうだ。結果がなければ誰もついてこないからね」


「その時あなたはまだ10歳だったはず……まさかあの日からなんですか。ロード様」


 そのジークの問いに無言で答える。

ジークとロードしか知りえない過去を思い出して。


「どういうことですか?」


 話についていけなくなったレイナが父に問う。


「帝国剣武祭は確かに伝統だが、そんな法的拘束力はない。そもそも皇帝を決める法などないのだから。しかしロード様が勝つということは意味が違ってくる」


「勝者は敗者よりも優秀な部下を持つこと、つまり力の証明、そしてロード様の卓越した指揮の力はかつてのEU大戦で世界中、アースガルズ中が知るところになる。

そして先ほどの話通りなら現皇帝陛下から次期皇帝を宣言される、つまりオーディン様こそ反抗すればクーデターになる。その条件がそろえばどうなるか、わかるな? レイナ」


「他の貴族達が寝返る……ですか?」


「そう、帝国を二分する戦いが起きるというならロード様につくという貴族も多く現れるはずだ。そのためのEUでの実績。全戦全勝、無敗の指揮官。

ロード様を敵に回すということを我々帝国は嫌というほどあの過去最大の大戦で知ったのだから。そして現皇帝の推薦という大義はこちらにある」


 ただクーデターで実権を握ればいいというものでもないらしい。

そういえば前の世界の歴史でも錦の御旗は、天皇の軍つまり官軍ということだった。

正義がどちらにあるかというのはとても大事なのだろう。


 そのために歴史では朝廷を取り込んだりもしていたぐらいだし。


 この場合はわかりやすく国民にとってロードが正義、悪はオーディンとなるということ。


「そう、正義の旗印のもと兄上と真っ向から戦うことができる。正規軍として。反逆する第一王子の軍と。だがこの計画を考えた時正直、夢物語だったんだよ。私自身無謀にもほどがあるとね」


 そのジークの説明を肯定するロード。

しかし同時に否定する、それは無理だったと。


 なぜなら。


「軍事において兄上は私よりも権力が高く、聖騎士、聖騎士長は全て押さえられている。まぁジークは騎士として引退しているので関係ないが、そもそもジークよりも強いものもいるだろう。

だから噂を聞いてまだ見習いで兄上の息がかかっていない白銀の氷姫ことレイナ君に期待してこの国に来た、それでも聖騎士長達相手に闘える実力ではないとはわかっていた。しかし…」


 そこでロードは、剣也をまっすぐと見据える。


「君を見つけた」

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