第33話 初めての微笑み

「すべてわかっています。剣也君。それを踏まえて私を信じてくれませんか?」


 レイナの話は要領を得なかった。

しかし今こちらへ向かっている。

どうか敵対せずに話を聞いてほしいとのことだった。


「そっか……ごめん。黙ってて、俺はレジスタンスとして活動していたんだ」


「いいえ、いいんです。でも私達は敵だったんですね。あなたとシュミレーターではなく、現実で戦うとは思いませんでしたが」


「…ごめん」


「あなたと話したいという方がいます。今パパとを含めて3人で向かっています」


「……」


「御剣か? 私だ。ジークだ」


「ジークさん……すみません、裏切るような形で」


「……そうか、安心したよ。君は君のままなんだな。性格まで偽られていたのかと思ったが……謝ることはない。君には君の目的があったんだろう。だから話をしよう。こちらに戦う意思はない、もしも信じられないならその機体の中で待ってくれても構わない」


 交渉の場にKOGで現れてもいいというのは、相当な譲歩だと剣也にもわかる。

もしも剣也に悪意があるなら丸腰の人間など数秒とかからずに殺せるのだから。


「田中さん……」


「ジークさんは……信じられる。あの人はアースガルズ帝国民だが、日本人の味方でもある」


「そうですか……それは俺もそう思いますが」


 田中が頷く。

ジークのことを良く知っている田中がジークの言葉を信じてもいいと。

なぜジークがここまで日本人に優しいのかは剣也は知らない。


 それでも彼の人柄には何度も触れてきた。

差別はなく、卑怯なことは絶対にしないと言い切れる。

そんな人だから。


「わかりました、じゃあ失礼だと思いますが建御雷神の中で待たせてもらいます」


「あぁ! ありがとう。御剣!」


 それでもすべて信じるなどバカのやることだ。

だから建御雷神の中で待つ。

その中からなら相手がどんな策を弄しても力で突破できる自信があったから。


 田中と建御雷神の中で待つ。

狭いが二人でも余裕はまだある。


 そして遠くから一台の軍用車がこちらへ向かってきた。


 どんな話をするつもりなのか、剣也には検討もつかない。


 目の前に止まる一台の車。

運転していたのはジークのようだ。

そして止まった車からレイナが一人おりてきた。


(レイナ…)


 どんな顔をして会えばいいのか。

手を抜いで無力化するのが目的とは言え、俺は彼女に剣を向けた。

シュミレーターではなく、本当に命を取れる武器を。


「剣也君……そこにいるんですよね?」


 レイナがゆっくり歩いてきて建御雷神に触れる。


「すごかったです。本当に。あんな戦いみたことがありません。やっぱり剣也君はすごいですね。それに本気で戦ったのに、やっぱり勝てませんでした、専用機まで用意したのに」


 その様子は震えていた。


「怖かったです、本当に死を感じました。さすがですね」


 その様子を見た剣也が立ち上がる。

落ち込むような、悲しい声のレイナを見て。


「田中さん、すみません!」

「ふっ。あぁ、いいとも。いってこい」


 コクピットを開き剣也は建御雷神から降りる。

バカなのだろう、でもこの様子を見て自分を殺しに来たなんて思えなかった。

その悲しそうな表情の少女にいてもたっても居られない。


 感情が剣也を動かした。


(本当に、こうみるとただの優しい少年だな)


 田中はコクピットを降りる背中を見る。

世界最強の帝国から勝利をもぎ取った少年には見えないその背中を。


「剣也君!?」


「レイナ、ごめん。君に俺は刃を向けた。殺そうとしたわけじゃないけど本気で。多少のケガは仕方ないと」


 コクピットから梯子を使って居りてくる剣也。

まさか降りてくるとは思ってなかったレイナは驚く。

目の前に現れてレイナに頭を下げた。


「そ、それを言うなら私こそ、本気であなたを」


「いや、君は知らなかったから。俺はレイナだと分かっていたよ。一瞬だが命すら考えてしまった。だから謝りたかった」


「そうですか……まさか謝るために降りてきたんですか? 殺されるかもしれないのに!?」


「うん……ごめんね? レイナ」


 まるで叱られる前の子供のような目でレイナを見る。


 レイナはさらに驚いた。

100人切りした最強のパイロットが、剣也よりはるかに弱い自分に怒られるのを怖がっているようにすら見えて。


 そして直後その氷のような表情が溶ける。


「ふふ。ほんとに…」


 剣也にとって初めて見る、レイナにとっても久しく記憶にない。

思わず笑顔で剣也に微笑みかえる。


「おかしな人ですね」


「……」


 剣也は声が出なかった。

始めてのレイナの笑顔を見て、口が開いたまま塞がらない。

前の世界でだって見たことがないその微笑みに、無邪気で屈託なく笑う笑顔に。


「じゃあ許します。あなたの誠意に免じて」


「あ、ありがとう! レイナ」


 すると、話がひと段落したところを見計らってジークが近づく。


「御剣、色々と話したことはあるが……」


「ジークさん」


「今は先に聞いてもらいたい話がある、この人から」


 するとジークさんが車の後部座席を開ける。

中から一人の少年が現れた。


「お、お前は……なぜここに!」


「やぁ剣也君。いや、あえていまはこう呼ぼうか?」


 金色の髪で、少し長め。

身体は小柄で、それでも確かな存在感を放つ。


「レジスタンス『アマテラス』のメンバー、そして初めて私に土を付けた」


 先ほどまで殺し合いをしていた敵の大将、世界の支配者。


「日本の侍と」


 ロード・アースガルズが立っていた。

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