第28話 死ぬ気で守る

「一心さん! 俺が何とかこじ開けます!」


 KOGに乗る剣也が一心に伝える。


 一点突破を試みた剣也達の前には30近いKOGが待機していた。

ここはロードのマップでいうところのポイントE。

30のKOGとは、戦局を覆す能力のある大部隊、一つの都市を落とすことすらできる戦力だった。



「私も出たほうがいいでしょうか」


「いや、お前は残れ、先ほどの戦闘で疲労しているだろう」


 ジークとレイナが画面越しに戦場を見る。

レイナは出撃できますとロードに進言するが、ジークに否定される。

横から見ても疲労で立っているのがやっとの状態。

それほどの死闘を行ったということ。


「そうだね、戦力的には十分すぎる。唯一の懸念は、ジリアンを倒して、君すら倒しかけたあのパイロットだが…」


 指令室の玉座に座るロード。

その一点だけが彼の頭に不確定要素として存在する。

しかしどれほど強いといっても100体近いKOGに勝利できるものなど存在しない。


 それはもう個人の力を超えている。


 なのに。


(なぜ、勝利を確信できない。何を見落としている? たった一体のエース級になぜここまで不安を感じる)


 ロードは得も知れない何かを感じていた。

今まで戦場では、常に勝利を確信してきた。

今回だって読み通りの場所にレジスタンスはいて、読み通りに一点突破を試みた。


 そして今も読み通りの場所を狙ってきて、戦力差に相手は絶望しているはず。


 なのに、なぜか不安を感じる。


 なぜこんなにも。


(ざわめくんだ、何が起きる…)



「俺が全力でこじ開けます。俺を捨てて逃げてください」


 剣也が提案する。

しかしその意味するところは、決死の突撃。

死を覚悟して、一人で30体近くいるKOGの大部隊に突っ込むと宣言する。


「だめ! 剣也! そんなのだめ!」


 地上でかぐやが叫びを上げる。

自殺にも等しい宣言をする剣也に。


「かぐや、ごめん。でも俺には君を生き残らせる方法がそれしか思いつかない…」


「だって……そんなの…嫌…」


 剣也の返しに、かぐやの目に涙が浮かぶ。

それしか方法がないのもかぐやにはわかっていた。

彼なら、彼の突破力なら包囲網も破ってくれる。


 でもそれは剣也の死を意味した。

しんがりとして敵を止めなければ私達は逃げられない。


 でもかぐやには他の方法がわからなかった。

どうすればいいか、どうやればこの窮地から抜けられるのか。

わからなくて、どうしよもなくて、涙しか出なかった。


(どうして私には力が無いの…。私が剣也ぐらい強かったら…みんな逃げれたかもしれないのに)


 後悔するのは、なぜもっと練習しなかったのか。

死ぬ気でもっとできたはず、ここにはまだKOGがある。

もっと自分が強かったら、剣也ぐらい強かったなら。

二人ならこの窮地だって抜けられたかもしれないのに。


「わかった。剣也君。お前の覚悟は無駄にしない。必ずかぐやは助ける」


 剣也の提案を受け入れる一心。

今は一分一秒が惜しい、判断する必要がある。

命の決断を。


 誰を殺して、誰を生き残らせるか。


「お父さん! だめ! 私も戦う!」


 すると一心がかぐやに平手打ちをする。


「ばかもの! 男の覚悟を踏みにじるようなことを言うな!」


 直後肩を抱き、かぐやに目線を合わせる。


「辛いのはわかっている。しかし生きるんだ。お前は。彼が命を懸けて守りたいといったお前は生きろ。それがお前の使命だ」


 その懸命な説得に内心ではそれしか方法がないのをわかっていたかぐやが泣きじゃくる。


「うっうっ……、ごめんね。ごめんね、剣也。ごめんね」


 思い出すのは、かつて自分を助けてくれた兄の最後。


 あの頃から強くなろうと心に決めて毎日訓練を行ってきたのに。


 また私が弱いせいで、大切な人が死ぬ。

自分を守るために大切な人がまた死ぬ。

その事実に泣きじゃくるしかできなかったかぐや。


 まだ16歳の少女は、力ない自分を責めて泣くことしかできなかった。


 するとKOGから剣也が下りてくる。

最後の時間を少しだけもらおうと。


「かぐや……ごめんね」


「なんで謝るのよ…。私だけいつもいつも守ってもらってばっかで……強くなろうって決めたのに……また私は何もできない…うっうっ」


 剣也はかぐやを抱きしめた。

その胸の中で泣きじゃくる小さな女の子。

抱きしめると分かる、身体は細い。

気が強いけどほんとは優しい少女は、本当にただの少女だということを。


 強がっているだけの普通の可愛い女の子だという事を。


「もっとかっこよく守ってあげたかったんだけど……」


「かっこいいよ、剣也はかっこいい」


「じゃあ命を懸けるご褒美を…!?」


 少しでも元気を出そうと冗談を言うつもりだった剣也。

しかし突如その口は封じられる、背伸びした少女に勢いよく塞がれる。


 かぐやのキスによって。


 その唇が離れたとき、涙で腫らした顔の少女が口を開く。


「好き、剣也……あなたが…好き」


「かぐや!?」


「ご褒美になった?」


 照れくさそうに、恥ずかしそうにかぐやが顔を真っ赤にして涙目で笑う。

これが最後かもしれないから、言わないと後悔しそうだと思った。


 今なら素直になれる。

いや、素直にならなければ一生後悔するから。


 伝えたい、この人に。

最初は変な人だと思った。

なぜあんなにも強くて、優しくて、そして……自分を、なぜか大好きと言ってくれた男の子。


 かぐやは剣也に惚れていた。

そのまっすぐで愚直でひたむきに自分を思ってくれる少年に惚れていた。


 過ごした時間はまだ一月もないけれど、かぐやの中で剣也の存在は大きく膨らみ毎日のように考えてしまう。


 そんな存在になっていた。


「そっか。ありがとう、かぐや。俺も君が大好きだ」


 剣也はもう一度かぐやを抱きしめる。


 これが最後になるかもしれない、だから目一杯抱きしめる。


 剣也の目にもまた涙が浮かんでいた。

死ぬのが怖くなかったわけじゃない。

むしろ怖くて足が震えてすらいた、今から死ぬという事が信じ切れずに。


 現代日本でぬくぬくと生きてきた少年が戦場で戦う。

死ぬときは痛いのか、死ぬときはどんな気持ちなのか。


 そんな不安に押しつぶされそうだった。


 でももうそんな気持ちは吹っ切れた。

このかぐやの告白でその恐れはどこかへ飛んで行く。


 絶対にこの子を守らないといけないと、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

ゆっくりとかぐやを離して最後の時間に終わりを告げる。


「……ありがとう、勇気がでた。そろそろ時間もないから…じゃあね、かぐや」


「うん、また………ううん、さようなら。剣也。大好き」


 かぐやも覚悟を決める。

これ以上は剣也を鈍らせるだけだと分かっているから。


 必死に我慢して涙をこらえて笑顔で見送る。


 その笑顔に頷いて背を向ける剣也。

そこに一心が近づく。


「剣也君。これを……使い方は…わかるな、使い時もだ」


 一心に渡される一丁の拳銃。

それが意味するところを知った剣也はゆっくりと頷いた。


 そしてKOGに乗り込んだ。


 後ろには脱出するために一塊になるかぐやをはじめとするレジスタンスの一員。

KOGも護衛用に数機待機している。


 それを一瞥し、準備が完了したのを確認する剣也。

そしてKOGを起動する。


「守る戦い……か、好きな女の子を守って死ぬなんて。前の世界の俺じゃ考えられなかったな」

 

 そんなゲームの中だけでしか起きないと思っていたできことを自分がすることになるなんて思わなかった。


 でもこのゲームの世界に来て、間違いなくこの世界で懸命に生きている人達を見て、一緒に暮らして。


 人として成長した気がする。

この世界に来て成長したのは、KOGの腕前だけではなかった。

その精神こそ、最も成長した部分かもしれない。


 命がけで生きるということを知ることができた。

ただ生きるだけでも辛いこの世界で、懸命に生きる日本人達を見て成長した。

日々を漠然と生きていた剣也にとって毎日が濃密で、生を感じ、そして自分の命が誰かにとって価値のある日々。


 かぐやにとって価値のある男になれたことが心から嬉しかった。


 そして剣也が敵中心に向かって飛び立った。

自分に言い聞かせるように、大きな声で宣言する。


 目の前の大部隊を移すその瞳には恐れなど微塵もなく。


「じゃあ、文字通り」


 にやりと笑って、熱く燃える。

 

「死ぬ気で守るか!」

 

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