第27話 戦略の天才
「ロード様、布陣はいかがいたしましょうか」
地図が移されたモニターを眺めるロードに軍人が聞く。
ロードの意思を全体に伝えるだけの形式上の指揮官である彼は名を『アルゴ』という。
年は40前後の立派な髭を生やした文官。
ロードの戦場には常に彼がロードの意思を全体に伝える。
それは彼が優秀な指揮官であることも意味するのだが、本人の強い希望あってのことだった。
彼は喜びで震えていた。
皇族に仕えることは帝国では最大級の名誉ある仕事と呼ばれる。
しかし彼はそんなに信心深くはない。
もちろん帝国への忠義はあるが、それよりも彼の心を動かすものはロードへの妄信とも呼べる信仰。
(あぁ、久しく見ることができなかったロード様の戦をまた見られる…最高だ、なんて幸せなんだ)
彼は興奮していた。
彼が初めてロードの戦を見たのはEUでの戦争。
すでに5年続いたその大戦は膠着状態に陥っていた。
そこに投入されたお飾りの皇族の軍師。
そう思っていた。
10歳の若造ともいえない、子供が指揮を執るなど、戦を舐めているとしか思えなかった。
手痛い敗北を経験し、指揮権を私にゆだねるだろう。
下手すると私のせいにすらされるのではないか。
そんな憂鬱な気分でロードと対面したアルゴ。
しかし認識はすぐに改められる。
◇回想 ロードの初陣
「アルファをポイントAー21に、ブラボーをAー32へ」
「!?……しかしそこには敵はおりませんが?」
「いるよ、そこに伏兵が。そうだな8……いや、10か」
地図に映された敵と味方。
味方はもちろんすべて情報がのっており、部隊名はアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコーと呼ばれる五部隊。
敵はわからず、見えているものだけが記録されている。
(ふん、皇族とはいえ10歳のガキに何がわかると言うんだ)
アルゴは、心の中で悪態をついていた。
自らが指揮を執るべき戦いを皇族という権力で横から奪われたことに少しばかり憤りを感じていた。
ロードは出自が特殊なため皇族としては軍人からの忠誠心が弱かった。
皇帝が、2級国民と産んだ子供、当初は認知すらされていなかったが皇帝の気が変わり認知されることとなった。
ぽっとでの皇族。
そのせいか、すぐに戦場へ送られることとなったロード。
アルゴはあわよくば戦場で死ぬことを期待された皇族なのだろうと勝手に思っていた。
「わかりました、各部隊指示通りに!」
とりあえず指揮権はこの少年にある。
だから従うことにした、その少年の妄想に。
どうせ後で泣きついてくるか、私は悪くないと泣きわめくのだろう。
そんな気持ちと共にため息をついて。
「こちらアルファ! 敵影確認! 交戦します!」
「なんだと!?」
しかしその妄想は現実となる。
「こちらブラボー! アルファが交戦中のため援護します! これなら背後がとれそうです!」
「そ、そうか……」
ものの数分で、10体編成のEU製KOG部隊は壊滅した。
伏兵として潜んでいたのに、突如戦闘が始まり、加えて背後から倍の戦力をぶつけられて、一瞬で壊滅した。
「お、おみごとです……」
(偶然? そんな馬鹿な。なぜ? 敵の情報を知っている?)
そんな憶測のもとロードの指示を次々聞くアルゴ。
そのすべての指示が迅速で、完璧で、完勝だった。
「あ、ありえない……」
いつしか戦線は崩壊し、目の前には敵の拠点。
すべての部隊に囲まれた敵軍はあっさりと降伏した。
「こちら、デルタ! 敵の本陣を占拠しました! 敵は降伏いたしました。どういたしますか?」
「丁重に捕虜として扱うように伝えてくれ。アルゴ」
「は、はい!」
一月膠着していた戦線が、丸一日で勝利に終わる。
連戦連勝、全戦全勝。
まるで敵の位置が。敵の意図が。
戦場のすべてわかっているかのようなロードの指示。
この戦いですべて的中した妄想は、のちに未来視と呼ばれる確定の未来と呼ばれる。
ロードの見た確定した勝利の未来を変えることはついぞEUにはできなかった。
この戦いが始まりだった。
のちにEU大戦と呼ばれる10年続いた大戦の勝者を確定させた悪魔の頭脳。
世界で最も恐れられた皇族ロード・アースガルズの始まりの戦。
「私は少し休むよ、後は頼むよ、アルゴ」
「はっ!」
真っすぐと敬礼したアルゴ。
いつの間にかロードへの怒りなど一切持たない自分に気づく。
心からの尊敬と畏怖を込めてまるで皇帝を見るかのごとき丁寧な敬礼をした。
このときアルゴはロードの戦いに震えた。
指揮官が目指すべき美しすぎる頂点を見た気がする。
それに捕虜に対する扱いも丁重に扱う姿に紳士的すら感じた。
人としても尊敬できるとすら感じたのは、若干10歳の少年。
自分の子供と同じほどの一回りも二回りも違う少年だった。
「では、各部隊被害状況を報告!」
アルゴは戦後処理を行う。
占拠した基地をこれから守らなくてはいけないので各部隊の状況を聞こうと思ったから。
「こちら、アルファ! 被害状況は……無しです! 弾薬とKOGのエネルギーさえ補充すれば継続戦闘も問題ありません!」
「そうか! よくやった優秀だな」
(これほどの戦いで被害がなかった部隊がいるとは、素晴らしい)
多少の傷や弾薬の補充は必要だが被害は皆無という素晴らしい戦果だった。
これは部隊長に褒美を取らせるべきだとアルゴは考えていた。
部隊が優秀だったのだと考えていたアルゴは、次の報告で青ざめる。
「こちら、ブラボー……こちらも被害はなしです!」
「なんだと!?」
「こちら、デルタ…こちらも…被害はありません…」
「はぁ!?」
「こ、こちらチャーリー! 被害ゼロです!」
「まさか……」
「エコーも被害なしで…す…」
次々と被害状況を報告する各部隊。
しかしすべての部隊において被害はなし、死人はなし。
こんなことアルゴが見てきた戦場では起こりえなかったし、起こるはずはなかった。
チェスで一齣も取られずに勝つようなこと。
狙わなければできないし、その難易度はアルゴには想像もできない。
プロと素人がチェスで戦うようなレベル差がなければ無理だということはわかる。
しかし相手の指揮官も今まで一月耐えた素人ではない熟練の指揮官のはず。
つまり、ロードの実力はそのレベルだということ。
アルゴは震えた。
十分すごいと思っていたロードが、自分などが計り知れる存在ではないことに。
その時からだろう。
まるで熱狂的なファンのように、教祖を妄信する信者のように。
ロードをまるで神のように崇拝するようになったのは。
◇
「そうだね、ゆっくり包囲しようか。ポイントBからCだけは開けておくように。その分はポイントEへ集めろ」
「意図をお聞きしても?」
「私は快楽殺人鬼じゃないからね。一般人には逃げる隙間ぐらいあげるよ。レジスタンスとの戦闘が終われば3級国民にはなってもらうけどね」
「は! その慈悲深いご判断感服いたします!」
ロードの意思をアルゴが伝える。
一定のエリアを開ける意味はロードの慈悲、戦場から逃がすための。
ユミルを殺した罪を擦り付けるレジスタンスは殲滅する必要はあるが、ただの一般人を殺すつもりはロードにはない。
しかし本当の意味は別にある。
そして真綿で締め付けるような、ゆっくりとそして確実な敗北が剣也達を包み込んだ。
…
「一心さん! もう…スラムのすべて囲まれてます…」
「避難は!」
「避難は……順調? わかりませんが避難は進んでいるようです!」
避難誘導している軍人からの無線連絡で避難は問題なく進んでいる連絡を受ける。
「そうか…」
(罠? しかし第二王子は人格者と聞いている、わざと…なのか。しかし皇女を殺した? 剣也君は逃げたといっていたが、ええい! 全くわからん! しかし)
「なら全戦力を使って一点突破だ。避難は多分問題ない!」
(ロードとかいう皇族が噂通りなら…避難は問題ない)
「了解しました!」
一心の指示は的確だった。
彼もまた優秀な指揮官であり、幾度も死線を乗り越えてきた日本軍きっての猛将。
この場で最善の指示を出す、全方位を囲むように敵は配置されている。
ならば、一点突破によって活路を開くのみ。
剣也達は指示のもと一点突破を試みる。
最善で、迅速な判断だった。
しかし、最善だからこそ。
「なぜ…ここだけ敵が多いんだ…」
ロードの未来視からは逃げられない。
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