第25話 守りたい敵

「あれは父親ゆずりなのかな?」


 命令する前に飛んで行ってしまったレイナを見てロードは乾いた笑いでジークを見る。

思い出すのはかつてEU大戦でともに戦ったジークの姿。


「お、お恥ずかしい限りです。すぐに呼び戻します!」


「あぁ、別にかまわないよ。新しい機体を試したいんだろうし、彼女は自由に動いていいと言っている。しかし……」


(ジリアンが敗れた? 一体何が起きている。敵のパイロットは聖騎士クラス? しかし姉上は今一人……)


「ジーク、こちらへ」


「?…はっ!」


 玉座のような指令室の椅子に座るロードがジークを近くに呼ぶ。


「他の者には秘密で頼みたい。姉上を見つけ出し保護したら私だけに連絡し、あの山で待機しろ」


「?…了解しました」


 そしてジークもKOGに乗って飛び立つ。

ロードからの依頼を受け、戦闘不能となり、スラムを徘徊するユミルを救出するために。



 KOGから脱出し、背を向けて逃げる皇女。

その間にはレイナが入り、剣也にユミルを追わせない。


「聞こえているのでしょう、あなたは誰ですか。ただのレジスタンスとは思えない」


 オープンチャットでレイナが通信で連絡を入れてくる。


(どうして、レイナが戦場に……いや。彼女はアースガルズ軍人、実力的には何もおかしくないか)


「返事はなしですか……」


(正体を明かすべきか? いや、今はまだ駄目だ。まだアースガルズ軍人としての地位は捨てられない)


「いいでしょう。話したくないならかまいません。ならば」


 レイナが構えた剣のまま剣也へと突撃する。


「力ずくで、その姿! 暴いてみせます!」 


 振り下ろされるその剣には、明確な敵意と殺意。


(はやい! シュミレーターのときよりも。銀と桜色でこの美しい機体やはりこれは……レイナの専用機! アフロディーテ!)


 KOGの世界には専用機と呼ばれるエース級が乗れる機体がある。

この時代ではまだないのかと思っていたが、建御雷神といい新型のKOGが現れたことで剣也は認識を改める。

通常の機体よりも高価で性能は段違い。


 特にレイナの機体アフロディーテはとてもバランスがいいタイプ。

剣也の近接特化とは対照的に、攻守全てにおいて高水準。

マスター帯では、一番使用頻度が高い機体だったはず。


 同じ機体で同じスペックのシュミレータでは剣也がレイナに後れを取ることはない。

しかし相手は最近めきめきと実力を上げ、さらには最新鋭の専用機。


 手を抜いて簡単にあしらえる相手ではなかった。


「くっ!」


 剣を受け、のけ反る剣也。

額に汗をかき、このままではやられるという焦燥感を感じる。

それほどの本気の殺意。


(これが戦場の君か…)


 しかし。


(レイナを倒すわけにはいかない……じゃないと俺が戦う意味がなくなる)


「さっきからのらりくらりと! 戦いなさい!」


 防戦一方、攻撃をかわし受け続ける剣也。

しかしそれだけではいつか追いつかれる。

それほどに彼女は強く、剣也の見立てではすでに聖騎士のレベルは超えていてジリアンよりも確かに強かった。


(わかったよ、レイナ。ケガさせたらごめん)


 直後剣也は反転する。


「!?」


 剣也は切り返す。

本気の一撃、シュミレーターでもレイナには見せたことがない本当の本気。


 狙いは無力化、しかし傷つけないなどの芸当ができる相手ではない。


 レイナを信用しているからこその全力だった。

達人同士が真剣で切り結ぶ鍛錬ように、相手の力を信用していなければ殺してしまいかねない一撃。


 たとえ自分が死ぬとしても、レイナを殺すなんてことは絶対にしたくない。

それでもレイナならきっと受けられる。


 だから本気で無力化する。


 猛攻を繰り返しレイナの機体を傷つける剣也。

銃撃と剣戟を嵐のような連続攻撃でレイナの機体の手足を狙う。


「ぐっ!」


(強い! さっきまでは手を抜いていたようですね……悔しいですが、私よりもこの相手は…強い!)


 一度距離をとったレイナ。

コクピットの中では息を切らせて汗を流す。

少しの攻防だけで気力も体力も持っていかれて肩で息をするレイナ。


 命を懸けるプレッシャーは想像以上の体力を使った。


「はぁはぁ、この連撃。まるで剣也君ですね……」


 その時レイナに通信が入る。


「レイナ君聞こえるかい?」


「ロード様? はい、聞こえます」


 連絡があったのはアースガルズ・ロード。

後方で指令室兼用の巨大な戦車と共に戦場についた。


「至急離脱するように、君では勝てない。聖騎士長のジリアンを倒した相手だ。逃げに徹してこちらまで逃げろ」


「……了解しました」


 レイナの苦戦する通信からロードは瞬時に相手がジリアンを倒した相手であることを理解する。

しかし簡単には逃げられないとも理解していたし、自分では勝てないことも理解した。


 だから逃げる。


 しかし安易に背後を見せれば一瞬のうちに貫かれるだろう。


(この敵から逃げることすら…私では難しい)


 一歩ゆっくり距離を取ったレイナ。

しかし目の前のKOGは動かない。

罠かと思ったが、明らかに自分より格上の相手がそんな小細工をする必要はない。


(どうして……)


 一歩また一歩距離を取りついには空を飛び逃げても全くそのKOGは動かなかった。

こちらを真っすぐと見つめながら。


「わかりません。しかし……助かったのですね。あのまま戦っていたら間違いなく私は死んでいた」


 ロードが待つ母船ともいうべき巨大な車型の軍事拠点へと戻るレイナ。

コクピットから降りて地面に立った瞬間膝に力が入らず地面に膝をつく。


「こ、こんなに消耗しているなんて……」


 死すら覚悟した少女の疲労は、想像を絶するほど体力を消耗していた。 

しばらく休み補給を済ませて指令室へと戻る、いまだ膝が笑っているがある程度の回復はできた。


「ロード様は?」


 指令室に入るレイナは、近くの軍人に問う。


「少し席を外すから様子を見るようにと」


「そうですか……一体どこへ」


 しばらく待機していたあとロードとジークが指令室に入ってくる。


「戻ったか、おかえり、レイナ君。良かったよ、無事で」


「はい、退避命令ありがとうございます。ユミル様はご無事ですか?」


「……いや、それが姉上は。レジスタンスに打たれて亡くなった」


「!?……そうですか、申し訳ございません」


(護衛して送り届けるべきだった、いや、あの相手の前ではそれは私では……)


「いや、君に非はない。良く戦ってくれた。相手はジリアンを倒した相手だ。なぁジーク」


「は、はい! よく戻ったレイナ」


 ジークも指令室に戻っており、ロードから突如名前を呼ばれ驚く。

なぜかその様子はいつもと違っているように見えたが久しぶりの戦場で父も緊張しているのかとレイナは特に気にしなかった。


(恐ろしい方だ、まさか…あんなことを)


◇少し前


「ロード様、ユミル様を確保いたしました。今は一旦近くの山でおやすみいただいております。疲労の色が濃いようですので」


「はぁはぁ、早くあいつを殺せ、ジーク。あの無礼者を私の前に連れて来い! 死ぬより辛い目に合わせてやる。四肢をもいで目をつぶし自殺できないようにして一生飼ってやる!」


 疲れ切ったユミルを座らせ、その場で待機するジーク。

ジリアンのことは同じ聖騎士長としては知っている。

最近選ばれた若手ではあるのだが、それでも聖騎士長だ、簡単に負けることはない。


 なのに結果はどうだ。


 一刀のもと切り伏せられたKOG。

まるで圧倒的強者によって。


(聖騎士長のレベルも落ちたのか? ジリアンは確かに聖騎士の上位クラスだが……ここ最近苦戦するような戦はなかったのも原因か)


 騎士は戦争で成長する。

命を懸けた戦いに勝利してこそ成長する。

それをジークは嫌というほど実感している、しかし最近は戦といえるものは少なかった。


 ジークが考え込んでいると空から一機のKOGが下りてくる。

そのKOGは皇族専用機、ユミルのKOGと同じように装飾が施された機体だった。


「ロード様」


 そのKOGが跪き、中から操縦者が下りてくる。


「ロード! 来てくれたのね!」


 その一見すると優しそうな金髪の少年を見てユミルが嬉しそうに顔を上げる。


「ジーク、誰かに見られたか?」


「いえ、ユミル様の親衛隊は全員レジスタンスと交戦中でして、私のみです」


「そう、それはよかった」


 眼下で繰り広げられる銃撃戦。

ユミルの親衛隊は全員一心率いるレジスタンスと交戦し手が離せない状態だった。


「何がよかったの? ロード。 私にもわかるように話しなさいよ」


「いえ、必要ないでしょう。これから死ぬ人には」


「え?」


パーン


 銃声が響く、眼下で繰り広げられる戦闘の音にかき消されて乾いた音が野山に響いた。


 ロードが胸から出した銃によって、ユミルの胸は貫かれた。


「どうして……ロー…」


「さようなら、姉上。あなたのこと」


 その鮮血を飛び散らせ、ユミルは力なくその場で倒れた。


「心から軽蔑してました」

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