第23話 怒りの騎士

「はぁはぁはぁ」


 剣也とかぐやがスラムの端に到着した。


「うそ…うそ!!」


 かぐやの目に映るのは血みどろの死体達。

瓦礫に押しつぶされた人だったもの。

原型をとどめていないものも多い。


 その光景をみた剣也は立ち尽くして声が出なかった。


「なんだよ、これ」


 こんな光景見たことがない。

死体はネットでモザイクがかかったものぐらいは見たことがあるがそれでも気持ち悪かった。


 でも今目の前にある光景は、あまりに鮮明で。

あまりに赤く、あまりにリアルで。


「オェェェ!」


 火薬の匂い、硝煙の匂い。

その鼻孔を貫く死の匂いに剣也は吐いた。


 今まで陽気に笑ってくれたおばさん、強面なのに毎日おはようといってくれるおじさん。

遊ぼ! と剣也を兄のように慕ってくれた子供達。


 全員が等しくそこで死んでいた。


「なんだよ、なんでこんなこと……」


 そして銃声がまた鳴った。

汚れた口を吹いて顔を上げる、その方向を見た時剣也は青ざめる。


「あっちは……孤児院!」


 毎日のように寝泊まりし、一緒に遊んだ子供達がいる。


 剣也は震える足を必死に叩き前に進もうとする。

かぐやも目に涙を一杯溜めて、今やるべきことを理解し足を動かす。


 孤児院に走った。

まるで心と身体が乖離してしまったようにうまく動かない。

孤児院はつぶれていた。

そしてその前に並ばされている震える子供達と子供達を抱きかかえるおばさん。


 その前には2機のKOG。


「レジスタンスに告げまーす。全員投降してくださーい。じゃないとここにいる子供達全員死んじゃいますよー」


 巨大な拡声器で聞こえるのは女性の声。

ユミル・アースガルズ。帝国の皇女の一人。


 息を切らして剣也はそれを見た。

一瞬何が起きているか理解できなかった、でもその声を聞いて何が起きようとしているのか理解した。


「やめろ……おい、やめろ」


 息を切らせた声で剣也はその光景を見て理解した。

KOGの肩の機関銃が子供達を向いたから。


 そして始まる。


「3,2,1」


 死のカウントダウン。


「やめろよ、やめてくれ!!」


 剣也の叫び声が、その声を聞いた子供達が剣也を見た。


 剣也に遊んでと毎日しつこかった実は寂しがり屋のたけるも。

剣也の膝の上でご飯を食べていた甘えたのみどりも。


 そして剣也の手を握ってパパと呼んだ。

毎日泣いていた少女のあずさも。


 助けを求めるように、こちらへ手を伸ばして。


「0。 さよならー」


 銃声の音と共に、鉛の弾に貫かれた。


「うわぁぁぁ!!!」


「だめ、剣也! だめ!!


 子供達に駆け寄ろうとした剣也をかぐやが抱きしめて止める。


「みんなが! かぐや! 離して!」


「だめなの、剣也。お願い。駄目なの……今は逃げないと」


 剣也の視線の先には打たれた子供達。

まだ息がある者もいる。


「お兄ちゃん……」


 その手がこちらへと伸びている。

今手当すれば助けられるかもしれない。

みんながこっちへ手を伸ばしている。


 助けてほしいと手が伸びている。

早くつかまないと、早く握って安心させてあげないと。


「まるでゴキブリね、しぶといんだから。しっかり駆除しないと」


 しかしその手は動かなくなった。

もう一度鳴り響く銃声で。


「あ、あ…あぁぁ!!」


「剣也!」


「んーん!!」


 その場で絶叫する剣也の口を必死に抑えるかぐや。

必死で剣也を引っ張りゆっくりとその場から逃げた。


 二人の目には涙が、まるで血がにじんでいるかのごとく目は真っ赤で。

少女はそれでも真っすぐと歩く、少年は、放心するかのように、体を震わせていた。


 二人を分けたのは覚悟の差と、経験の差。

片方はすでに地獄を経験していて、もう一人は平和を享受してきた。


 わかっていた。


 わかっていた気がしていた。

この世界は地獄だと、でもまだ理解していなかった。

こんなにもあっさりと命が失われるなんて。


 昨日まで享受していたのはか細い糸の上の仮初の平和なのだと。


「なんかいた気がしたけど……まぁいいわ、いくわよ、ジリアン」


「はっ!」



「お父さん!」


「きたか!」


 倉庫で待機していた一心達。

そこへかぐやと剣也が到着する。


 一心はかぐやを抱きしめる。

かぐやは父の無事に安堵したが、すぐに離れて状況を聞く。


「一心さん。KOGを貸してください。あいつらを……殺します」


「剣也君……」


 状況の説明が終わるや否や剣也が一心に頼む。

その意味は自分が戦うということ。


「僕はまだ理解できていませんでした。この世界のことを。戦争のことを」


 その拳は強く握られ、震えていた。

しかし剣也は自分でも信じられないぐらい冷静だった。

放心し、なんでと自問自答を繰り返した。


 至った結論は、ただ一つ。


「人を殺すことはよくないことと思ってました。でも今僕はあいつらを殺したいという気持ちしか感じない」


 怒りに支配されている剣也。

平和な世界で復讐はいけないこと、やり返すことはいけないことだと学んだ。


 学んだはずだった。


 でも。


 今でも目を閉じれば脳裏に映るあの時剣也に伸ばされた掴めなかった手。

子供達の悲鳴と、血、光を失っていく瞳。

だからあいつらを殺してやりたい、その衝動に剣也は操られていた。


「もう抑えられません、あいつらの死を持ってしか。死んでいったみんなに……あずさに……俺は顔向けできない」


「剣也……」


 かぐやが剣也の手を握る。

痛いぐらいに握りしめられた手を。


「……わかった。いけ。剣也君」


「お父さん!」


「その怒りをぶつけて来い。復讐はいけない? そんなことを本気でいうやつはこの国には……日本人にはいない!」


 一心の強い言葉。

それに周りを見渡すと同じように軍人達も剣也を熱い目で見る。

俺達も同じ気持ちだと伝えるように。


「我々は奪われてきた。国を、家族を、大切な人を。そして今もまだ取り返せていない……だから、いけ! 剣也君」


「はい」


 剣也が震える足でKOGへと向かおうとした時だった。


 一心が近づき剣也の肩を強く両手で叩き、顔を近づける。


「でもな、一つだけ忘れるな」


 一心は剣也の胸を強く叩く、思い出せと強く叩いた。

あの時と同じ、初めて剣也がKOGに乗って人を殺した日の夜と同じように。


「お前の中にあるものはなんだ、思い出せ」


 毎日のようにここへ通っていた剣也。

かぐやを守るだけじゃなくて、ここにいる人たちも守りたい。

いつしかそんな思いを漠然と抱くようになっていた。


 情が移った? その通りだ。


 一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて、一緒に笑い合って、一緒に寝て。

そんな日々を一緒に過ごして、まるで家族のように扱ってくれたみんな。

 

 心地よかった。

 

 仲がいい家族って、こんな感じなのだろうかと。

自分をお兄ちゃんと慕ってくれる子供達を弟や妹のように感じ。

そして世話を焼いてくれるおじさんやおばさんを母や父に重ね。


 ちょっとしたことで笑い合ってくれるみんな。

家族ってこんな感じなのだろう、こんなに暖かいものなのだろう。


 そう感じていた。


 だから守りたかった。


 だからあいつらが殺したいほど憎い。


「これは、殺すための戦いじゃない。守るための戦いだ。お前が守りたいものはなんだ! まだ生きているものはなんだ!」


 復讐の炎を目に宿していた剣也。

でもその言葉で、その炎が揺らぐ。


 その視線の先には、剣也の手を強く握り震える少女。

 

 ずっと剣也を心配そうに見つめている泣きはらした真っ赤な目の少女。


 それを見た剣也が思い出す。

なぜこの世界に来たのか、なにがこの世界で剣也の目的だったのか。


(かぐや……)


 思い出した剣也。

自分の中に一本あるものを。 


「呼吸を整えろ。大きく息を吸って、頭を回せ!」


「……はい」


 怒りでどうにかなってしまいそうだった頭に血がめぐる。

血液が酸素を全身に巡らせ、剣也の心を落ち着ける。


 そうだ、思い出せ。

なんで俺はこの世界に来て、この世界で戦おうと思ったのか。


「すみません、一心さん。少し落ち着きました、それと思い出しました。俺がこの世界に来たのは……守るためです! みんなを、そして」


 かぐやを見つめる剣也。

その目をまっすぐに見ながら言葉を続ける。


「君を」


 それを見た一心が頷いた。

もう大丈夫だ、この少年は怒りに支配されていない。


 しっかりとコントロールしている。

怒りのエネルギーを力に変えることができると。

心に一本大切なものが自分を支えていることを思い出せたならもう大丈夫だ。


「いけ、剣也君。整備は済んでいる」


 そして剣也はKOGへ乗り込んだ。


 操縦桿を強く握って、怒りを静かにため込んだ。


 今から行くのは間違いなく戦場。


 命の危険もある、死んでもおかしくない。


 ただの高校生だった剣也、平和な国で、引きこもり。

でも今はちがう、この力の意味を理解して自覚した。


 もしも。


 もしもこの世界に来た理由があるなら多分それは。


 『戦うため』なんだ。


 理不尽に抗うためなんだ。

その目には怒りの炎が宿っている。


「行ってきます。一心さん、みんな。そしてかぐや」


 その熱く燃える瞳には微塵の恐れも映さない。


「KOG起動!」

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