第20話 白い機体

「建御雷神? なにをいってるんだい?」


「え!? あぁ、すみません! なんでもありません」


 田中が訝しげに剣也を見るが、慌てて訂正する剣也。

ついぽろっと前の世界の名前で呼んでしまったが、この世界も同じ名前なのだろうか。


「…まぁいいか。まだこの機体の名前はなくてね、というか動作確認もまだなんだ。それで優秀なエース級のパイロットをと思ったんだがそのレベルのパイロットは簡単には捕まらなくてね」


「少なくとも聖騎士クラス、レイナ並みには使えなくてはこの特別機は使いこなせないスペックだ」


 田中とジークの話では、高スペックの特別機を作ろうとあらゆる最新技術を入れに入れた結果。

余りに早く動くため立つだけでも苦労するピーキーな性能になってしまったようだ。


 格闘ゲームでいうと、操作技術と比例して勝率が上がっていくキャラクターのようなもの。


 操作できないとめちゃくちゃ弱いが、うまくなるにつれて通常の機体よりも強くなっていく、そういう機体。


 前の世界では、ピーキーすぎてキャリーORフィード、チームの足を引っ張るのがデフォルト。

そんな立ち位置の機体だった、その最たる理由が一切の遠距離武器の排除。


 両手の剣のみで戦うという男らしすぎる機体であることも要因の一つだった。


「今日はまだ調整が済んでいないけど、少しだけだが動かしてみるかい? 立てるかどうかも不安だが」


「いいんですか!?」


「もちろん」


 そして剣也は白いKOGに乗り込んだ。


「コクピットは……変わらないな」


 操作方法は基本的には変わらない。


「じゃあ、立って歩いてみようか! 無理はしなくていいからね!」


(立てれば御の字かな。ジークさんですら立つのに少し苦労したぐらいだ)


「はい!」


(なんか、嬉しいな。またお前に乗れるなんて……)


 そして剣也は起動する。

無機質な起動音が流れ白い巨人は、立ち上がる。


(うん、さすが建御雷神。反応速度がすごい)


 正座のような形で座っているKOG。

立つという行為は、人なら何も意識せずに立てるだろうが、KOGはそうはいかない。


 想像してほしい、正座から立ち上がるときどうするか。

 

 まずは右足ーもしくは左足だがーを前に出す。

片足に力をいれて体重を移動し、その時手で体を支えながら立ち上がるだろう。

細部を説明すればもっと過程は多い。


 KOGは操作の自由度が高い。

だからボタン一つで立ち上がることなどできないし、立つことですら今の過程を正しく行う必要がある。


 だからこそ技術差が現れてエース級と見習いでは隔絶の差が存在するのだが。


 そしてこの建御雷神は、操縦桿からの反応が異常に強い。

例えるなら感度最大にしたマウスでゲームするようなもの。

完璧に扱えるならとても速い動きができるだろうが、その分難易度は爆上がり。


 だから簡単な操作だけでも難しかった。


「立ち上がった?……1回目で?…そんな馬鹿な」


「ほう、さすがに最初は苦労すると思ったが……」


 驚く二人にオープンチャットで剣也の声が聞こえる。


「歩くぐらいはいいですか?」


「…え? あ、あぁ。 それは構わないが…」


 田中の前には一歩を踏み出す白い巨人。

まるで人間のように、スムーズに。


(立つだけでなく、歩けるか……あれほど簡単に)


「ジークさん。彼は一体なんなんですか……」


「私にもよくわからない。だが最初にいっただろ、彼は私よりも強いと」



「じゃあ、これからも頼むよ。剣也君」


「はい! いつでも呼んでください! 操作したいです!」


 その日は簡単な操作のみ試しテストパイロットを終了した。

田中さんのお眼鏡にはかなったようで、テストパイロットてして採用されることになる。


 解散し、寮へと帰った剣也。


「建御雷神……どうにかして俺の機体にならないかなー」


 しかし現状テストパイロットとしては採用されたがあの機体をもらうことはできないだろう。

なんせ剣也は帝国で言う下級国民の2級なのだから。


「といっても、これからどうしようか……帝国に潜入? はは、秒で殺されるな」


 ソファに寝転がりながら剣也は今後の展開を考えていた。


 世界侵略を止めたい剣也、そもそも原因もわからないが今は皇帝が病に伏せて進行が止まっている。

仮に次の皇帝が決まったら始まるのだろうか。


 それにかぐやのために、可能なら日本を取り戻すこともしてあげたい。


 でも自分はKOGがうまいだけのパイロット。

そんな自分ができることなんて限られている。


「でも助けたいな」


 かぐやを守りたい、最初はその気持ちだけだった。

でも今は一心さんをはじめとする虐げられている日本人達も救ってあげたい。


 偽善? かもしれない。

自分はこの世界の人間じゃない、日本人とはいえ面識もなければ戦争も経験していない。

なのに、あのときあの子に握られた手の感覚をまだ覚えている。


 親を失った少女の涙も。


「といっても俺にできることはKOGだけ」


 別に政治力があるわけでも戦略に長けているわけでもない。

前の世界の知識だって何も意味をなさない。

剣也はただの一般人。


 この世界で剣也ができることはただ一つ。


 KOGが強い、それだけ。


「何ができるんだろうな、俺に」


 天井に空を掴むように手を掲げる。

見えない明日をどう生きていくか、考えたって何もわからない。


 そんな思いと共にその日は寝床につくことにする。


 だが剣也はまだ本当の意味で理解していなかった。

この世界のことを、戦うという本当の意味を。


 それから剣也は学校では建御雷神のテストパイロット。

放課後は、かぐや達との練習。

そしてアマテラスの本拠地でKOGの実機を動かし訓練するというKOG漬けの生活を送っていた。


 あずさをはじめとする子供達と楽しい家族ごっこを行いながら。



◇数日後


「きたか…」


 ジークのもとに一本の電話が鳴る。

要人の到着を連絡する電話であり、その相手はわかっている。



「まだレジスタンスがいるなんてね。さっさと皆殺しか、奴隷にすればいいのに」


 太陽が昇ると当時に飛行船から一人の女性が降り立った。


 金色の髪、美しく輝きお姫様というにふさわしい美しい女性。


「ユミル様……お待ちしておりました」


 ジークが頭を下げて出迎える。

周りにはアースガルズ帝国軍が何人も頭を下げ出迎える。

KOG含め護衛も多い。


「私が来たからには安心ね、このエリアの反乱分子は私が抑えてあげる」


「出撃されるのですか!?」


「そ、2級にも、ましてや3級にも成れない豚なんてさ」


 笑顔でジークに笑いかける。

しかしその顔に気品はかけらも存在しない。

美しいはずなのに、醜悪な顔が見え隠れする。


「皆殺しでしょ? あ、何人か若いオスは残しておかないと。楽しむために」


 舌なめずりをする皇女。

美しい顔は醜悪に歪む、まるで虫を殺すかのように人を殺す皇女。

拷問姫の異名を持ち、彼女に捕まるぐらいなら死んだ方がましとすら言われているサイコパス。


 アースガルズ・ユミル。

この世界の支配者の一角だった。

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